第7話・盗難バイクを取り戻せ

7-1・美穂の捜査~紅葉買出~バイクの叫びと火車

―土曜日(優麗祭まで、あと14日)―


 2B模擬店のミーティングは順調に進んでいる。ライブについては、ケガの治らない紅葉は何も出来ていないが、ドラムを担当する美穂は、毎日30分間の軽音部での練習と、自宅でのドラムパッドの練習を、ピアノを担当する亜美は自宅での練習を、それぞれでこなして日数が経過した。


 美穂が自宅アパートの万年床で眠っていたら窓を叩く音がする。


「・・・・・・・・・ん?窓???」


 異変を感じた美穂が飛び起きる。ここは2階だ。2階の窓を叩ける知人なんて一人しかいない。美穂は慌てて窓のロックを開ける。ちなみに、自室なので、下は短パン、上はブラトップ、凄まじくラフな格好をしている。


「やっぱりバルミィだったか。おすっ!」

「美穂、こんちはばるっ!まだ寝てたばるか?」

「ありゃ?もう昼前か。」


 バルミィに指摘をされた美穂が、今の時刻を確認する。


「ところで・・・ここに来たって事は、そう言う事なのか?」

「うんっ!そう言う事ばるっ!」


 美穂は、「ちょっと待ってて」と言って、布団を畳んでスペースを作り、部屋にバルミィを招き入れた。この部屋に美穂以外が存在するのは、いつ以来だろうか?姉が亡くなって以来ではなかろうか?「そこに座って」と言って、バルミィを卓袱台の前に座らせ、冷蔵庫からオレンジジュースを2本出して、卓袱台の上に置き、美穂も腰を降ろす。


「見付けたのか?」

「うんっ!昨日、見たばるっ!

 間違いないばるっ!美穂に見せてもらった画像のばいくと同じだったばる!」

「何処に帰ったかも解るか?」

「ばるっ!羽里野山の近くにあるオンボロな建物に置いてあるばるよっ!

 乗ってたヤツは、そこから自転車で、別の場所に帰ったばるっ!」

「盗難車だから、家には持ち帰れないって事か!

 でかしたっ!早速、連れて行ってくれ!」

「紅葉も呼ぶばるかっ!?」

「その事なんだけどさ、バルカン人の科学力で、紅葉のケガを治せないかな?」

「ん~~・・・・・出来てたら、とっくにやってるばる。」

「・・・やっぱ、ダメなのかあ。」

「ボク達って、コアさえ有れば、どんなケガでも直ぐに治っちゃうばる。

 だから、地球で言う≪医療≫って概念が無いばる。」

「そっか。なら、バイクの所は、あたしとバルたんだけで行く!」


 紅葉には「バイク=火車なら、トドメは任せる」と言ってあるが、可能なら妖怪に遭遇せずにバイクを取り返して、紅葉を戦わせたくない。依り代(バイク)の意思が「帰りたい」なら、田村家に戻せば、念願が叶うはず。美穂の着替えを待ち、サマナーホルダ(変身アイテム)を持った美穂を背中に乗せたバルミィが、アパートの窓から飛び出していく。




―業務用スーパー―


 午後から学校の調理実習室を借りて、2Bの調理班が集まって、味噌ダレ焼きそばの試作品を作る事になっており、紅葉と亜美は、駅の西にある業務スーパーに買い出しに来ていた。学校から近いスーパーあやかと、川東のショッピングモールと、業務スーパーを価格調査をした結果、安く大量に買いたい時は、駅裏の業務スーパーが有利と決まって今日に至る。

 亜美が買い物かごを乗せたカートを押して歩き、紅葉がスマホのメモを見ながら「蒸し麺」「豚挽肉」「もやし」と買う物を読み上げながら、品物をカートに入れる。買い物かごは、たちまち満載になった。


「ちょっと待ってよクレハっ!調理実習と試食で、こんなに要らないでしょっ!?」

「だって、ぉ昼ごはんも兼ねてるぢゃん。これくらぃぁっても良くね?」


 調理担当は紅葉と亜美の他に10人。どう考えても多い。


「ァタシが食べるもんっ!」

「今日のは、経費じゃなくてワリカンなんだから、多い分は、クレハの自腹ね!」

「ぇぇぇぇぇ~~~~~~・・・・」

「嫌なら減らしなさい。昼食じゃなくて、味見程度でいいの!」


 亜美の正論には逆らえず、紅葉は渋々と過剰な食材を別の買い物カゴに移して、所定の置き場に戻しに行く。数分後、丁度良い分量になった材料をレジへ運び、支払いを済ませて、レシートをキチンと財布に保管して外へ出る。

 普段は人が集まるアウトモール型の複合商施設なのだが、どの店も全体的に空いてる。言うまでもなく‘炎を纏った未知の物体=火車’の影響だ。




―渡帝辺工業高校の近所のバラック小屋―


 破損した扉が開けられ、盗難されたドリームCB750FOURが格納されているスペースに、ガラの悪い少年が入って来る。彼は、渡帝辺工業高校の蔓手走三(つるて そうぞう)、仲間達からは「つるんで はしるぞう」という渾名で呼ばれている。


「にっひっひっひっひ・・・今日も派手に走ろうぜ、ドリームちゃん!」


 走三は歪んだ笑みを浮かべながら、バイクを押してバラック小屋の外へ出る。小屋の前では、走三と同レベルの雰囲気のガラの悪い少年達が、バイクに跨がって待機をしていた。


《嫌ダ・・・触ルナ・・・失セロ・・・・・一緒ニ走リタイノハ オマエデハナイ》


 ドリームCB750FOURが悲痛な声を上げて闇を纏うが、走三は気付かずに、エンジンを始動させる。


「今日はどっち方面を走る?」

「街の方に行ってみようぜ!」

「それはマズくね?明閃大橋の事故のせいで、街は警察が彷徨いてるぜ。」

「なら、今日も羽里野山だな!」


 リーダーで渡帝辺卒業生の東浜潤(ひがしはま じゅん)は、舎弟達からは「とうひん うる」の愛称で呼ばれている。この集団のチーム名は≪刃禍魔琉堕死(ばかまるだし)≫!リーダーの掛け声を合図にして、刃禍魔琉堕死(バカ丸出し)が、進路を羽里野山に向け、一斉にバイクをスタートさせて、幹線道路を我が物顔で爆走する!


《街ヲ走レバ・・・警察ガ・・・保護ヲシテクレル?》 

《・・・帰リタイ》 《俺ノ背ニ乗セタイノハ オマエデハナイ》


 声と闇を上げているのは、走三のバイクだけではなかった。チーム内の8割のバイクが盗難品。それぞれのバイクから闇が上がり、走三が駆るドリームCB750FOURの影に吸い込まれていく。刃禍魔琉堕死は、丁字の交差点を羽里野山方面に向けて直進する。走三も、皆に続いてバイクを直進させようとしたが、ここで異変が起きた。


《俺は・・・街ヲ走ル・・・警察ニ・・・保護サレル》


 ドリームCB750FOURのハンドルが勝手に動いて、丁字路を曲がって東へ進路を向ける!


「な、何だ!?どうなってんだ!?」


 走三が進路を戻そうとするが、バイクが言う事を聞かない!慌ててブレーキをかけるが、バイクは止まらない!搭乗者の意思を完全に無視して、市街地に向けてスピードを上げていく!最初は、「はしるぞうのヤツ、何やってんだ?」なんて思ってた刃禍魔琉堕死のメンバー達だが、どうも様子がおかしいと気付き、進路を変えて走三を追う!




-数分後-


 美穂とバルミィがバラック小屋に到着。警戒をしながら中を覗き込むが、もぬけの殻である。念の為に小屋の中を隅々まで見て廻ったが、バイクらしい物は何処にも無い。


「あれぇ~・・・見間違い?それとも別の小屋と勘違いしちゃったばるかな~?」


 バルミィが申し訳無さそうだが、美穂は確信を得た表情で、小屋の周りの地面を観察している。


「いや・・・多分ここで正解だ!見てみろ!」

「ばるっ?」


 小屋の周りの土の地面に、タイヤの跡がいくつも残っている。そして、土の地面からアスファルトに変わるところに、土を引っ張ったタイヤの筋が、いくつも残っている。


「盗難バイクの確証は無いけど、ここにバイクが在ったってのは確実って事だ。」

「出掛けちゃったって事ばるか?また羽里野山?行ってみるばるか?」

「うんっ!頼むっ!」


 美穂がバルミィの背に飛び乗り、バルミィが羽里野山側の空に向かって飛び上がる!




-西の国道(明閃大橋から5キロほど西)-


 走三を乗せたドリームCB750FOURが、東に向かって爆走する!潤や仲間達が、走三を囲んで走り、「止まれ!」と声を掛ける!3台ほどのバイクが、走三の前を走って妨害をする!だが‘自動操縦’のドリームは、前を走る3台を器用に擦り抜けて暴走を続ける!走三は、青ざめた表情で、足で思い通りに走ってくれないバイクを蹴って、懸命に抵抗している!


「ひぃぃっっ!止まれ!止まれ!止まれってばっ、このクソバイク!!」


《邪魔ヲ スルナ・・・汚ナイ足デ 俺ニ触ルナ・・・何奴モ此奴モ目障リダ!》


 走三を囲んでいる様々なバイクから闇が上がり、ドリームCB750FOURの影に、次々と吸い込まれていく!影が渦のように変化!途端にドリームCB750FOURは急停止をして、今度はウンともスンとも動かなくなる!


「ひぃぃっ!うわぁぁぁぁっっっっ!!!」


 盗難バイクから飛び降りて、慌てて離れる走三!CB750FOURの前輪が外れて、闇を纏ったまま浮上!刃禍魔琉堕死メンバーが、「これはヤバいんじゃね?」と気付いた時には全てが遅かった!前輪が炎を振り撒いて、走三や刃禍魔琉堕死メンバーを弾き飛ばした!バイクごと吹っ飛ばされて、アスファルト面を転がる刃禍魔琉堕死メンバー達!

 浮遊するタイヤの影に‘渦’が発生して、火車が出現!姿は以前と変わらないが、身長が10mくらいある!


≪コココォォ―――――――――――――ンッ!!!!≫


 空を仰いで空気を震わせるような咆哮を上げ、鋭い眼で足元に転がっている刃禍魔琉堕死を睨み付けた!通過しようとした車が大慌てで急ハンドル&急ブレーキ!ガードレールに衝突したり、前の車に突っ込んだり、たちまち大パニックになる!


「先日、明閃大橋で破壊活動を行った‘炎を纏った未知の物体’が出現しました!

 場所は○○町、国道○号線です!・・・繰り返します!」


 珍走バイク集団の通報を受けて追っていた白バイ隊員が「炎を纏った未知の物体」を発見して、直ぐに文架署への連絡を入れた!




―業務スーパー―


「・・・・・・んっ!?」


 荷物を抱えて自転車置き場まで来ていた紅葉が、動きを止めて振り向いた。亜美が心配そうに見つめる。


「火車がでたっ!」

「えっ!?この前の、火の妖怪!?」

「んっ!・・・ちょっとヤバいっ!こっちに向かってるっ!

 ごめんっアミ!ちょっと行ってくるっ!

 みんなにゎ、調理実習は中止って言っといてっ!」


 紅葉は、購入した荷物を亜美に預けて、自分の自転車を引っ張り出して跨がった。急げば、15分くらいで妖怪と接触できそう。まだ怪我は治ってはいないけど、腕を吊ったままでは、全力で自転車を漕げない。若干の痛みを堪えて、左腕を吊ってる三角巾を外すと、妖怪の出現した南西方面へと向けて、自転車を漕ぎ始めた。


「・・・クレハ」


 亜美には変身して戦っていることは秘密(のつもり)なのに、紅葉は、当たり前のように告げて行ってしまった。だけど亜美には、ツッコミを入れようとは思わなかった。「それくらい余裕が無いのだ」と把握して、心配そうに紅葉を見送る。




-羽里野山上空-


「げっ!マジで!?」

〈うん、やっぱり、クレハから連絡行ってないんだね?〉

「うん、連絡来てない。」

〈美穂ちゃんには関係無いんだろうけど、余計な事を教えちゃってゴメンね。

 でもクレハ、この前の戦いで、腕にケガをしたって聞いてるから心配で・・・。〉

「教えてくれてサンキューな!何処に出現したのか解るか!?」

〈ゴメンね。そこまではちょっと聞いてない。〉

「いちいち謝るな!悪いのは、単独で動いてる紅葉だ!

 とりあえず、市街地の方に向かってみるよ!」


 通話を切り、スマホで、文架市情報板を検索する美穂。しかし、まだ「怪獣出現」に毛が生えた程度の感想が出回ってるだけで、位置が明確に解る情報は無い。


「くそっ!しくじった!火車が出たっ!」

「ばるっ!?」

「紅葉のバカ、あれほど釘を刺したのに、単独で動いてやがる!」

「あのケガじゃ、無理できないばるっ!」


 美穂は、悔しさで、スマホを握りしめた手を震わせる。口では「紅葉が悪い」「紅葉のバカ」なんて言ってるけど、内心では「自分のミス」って解っている。捜索から紅葉を外した結果、妖気の移動を追えず、自分は大きく出遅れて、紅葉は単独で動いてしまった。これは、美穂の判断ミスが招いた結果である。


「バルミィ!悪いけど、大至急、街に戻ってくれ!」

「了解ばるっ!」


 しばらく飛んで、遠目に文架市街地が見えてきた頃になると、バルミィが困惑した表情になり、戸惑って僅かに飛行速度を落とした。バルミィの体の硬直が、背に乗ってる美穂にも伝わる。街のあちこちで、パトカーの赤色灯が点滅しているのが見える。


「・・・そっか。バルミィは、存在を公にしたくないんだっけ。

 警察との遭遇はマズいよな。」

「ゴメンばるっ!」

「いいよ!近くまで行ったら、あたしを降ろしてくれ!」

「ばるっ!ギリギリまで近付いて美穂を降ろしたら、離脱させてもらうばるっ!」


 バルミィ抜きで戦うのは厳しいが、バルミィの気持ちは解る。美穂だって、異獣サマナーの姿を公にはしたくないから、存在そのものが地球人ではないバルミィなら尚更だろう。

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