1-3・新斗と雲外鏡~ゲンジ出動

-2年D組-


 窓際で後ろから3番目の席で授業を受けながら、尾名新斗という男子生徒が不貞腐れていた。


(源川紅葉・・・・ちょっと可愛いからって、チヤホヤされやがって!!)


 学力は普通だが、体力は学校全体でも最底辺で帰宅部。ルックスは並だが、色白で、覇気がある表情とは言いがたい。口は妙に達者だけど、社交性は低く、クラス内での発言力はゼロに等しい。それでいて肝心の本人は「悪いのは、人を見る目が無い他の奴等」「俺まだ本気出してないだけ。いつか必ず大物になる」と、根拠のない自信に溢れてる。

 紅葉への妬みも、前に勇気を出してラブレター渡したけど呆気なく玉砕したからである。ただまあ、紅葉が「愛しの60番様との再会」を夢見る思春期真っ盛り乙女。もしくは厨二病こじれすぎ娘だから、相手が誰でも振ってしまう。病院の内科部長の息子、部活動のエース、超絶にギターが巧いイケメン、そんな一握りのエリートから、新斗のような凡人まで、軽く見積もっても20人ちょいの男子が見事に玉砕してしまった。


(諦めないぞ・・・・・いつか必ず・・・・)


 授業も上の空で、脳内恋人の紅葉との妄想に耽りだす新斗。その足元に、不気味な装飾が施された手鏡が転がっていた。どの女生徒の私物でもない。こんなにも目立つ物が転がってるのに、誰1人、その存在に気付いていない。


≪ォォォォォォ・・・ンンンン・・・・・≫


 手鏡が不気味な唸り声を発したら、新斗の全身から湧き出た‘誰にも見えない闇’が鏡面に吸い込まれていく。


(ん?・・・声?)


 新斗だけに唸り声が聞こえ、足元を見たら手鏡が転がっていた。周りを見廻してから拾おうとして再度見たら、手鏡は無くなっていた。窓から差し込んだ光と見間違えた?新斗は小さく首を傾げてから、板書に視線を戻す。



-2年B組-


「・・・んぇっ?」


 ノート筆記中の紅葉のアホ毛がピクンと揺れた。何かを感じ取ったので、露骨にならない範囲で周囲を見廻すが特に変わったことは無い。違和感は一瞬だけで、もう何も感じないので、ノート筆記を再開する。




―その日の夜―


 親に言われて嫌々ながら通ってる学習塾から解放された新斗が、力ない足取りで堤防道を歩いてた。


「よぉ、金庫その1~っ!!」


 不意に後ろから声をかけてきたのは、優麗高の3年生。他校にも悪名を轟かせている座古園一(ざこ そのかず)と園次(そのつぐ)と言う双子の不良だった。

 去年の春、この兄弟は新入生の紅葉に目を付け、力尽くで関係を迫ろうとしたが、結果は散々だった。ブチ切れた紅葉から反撃され、逃げようとして高いところから墜落して重傷を負い、完治に数ヶ月を要した。それで留年をして、2回目の3年生である。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・」


 新斗は、出会っただけで顔が引きつり、手足が小刻みに震えてしまう。そんな新斗に近寄った園一が、いやらしい笑顔を浮かべながら肩に手を回す。それなり鍛えて腕力あるので、新斗の痩せた身体がフラフラ揺れた。


「こ・・・こんばんは・・・・」

「あのさあ、俺等パチンコでスっちまって文無しなんだよねえ。」

「憐れな俺達に、お小遣いくれたら感謝しちゃうなあ~っ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いくら?」

「無理は言わねえよ。有り金全部」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 尾名新斗は小金持ちの息子で、小遣いには不自由してない。その所為で兄弟に目を付けられて、「金庫その1」なんて有り難くない渾名で呼ばれ、かなり頻繁にカツアゲされていた。口ごたえをしても殴る蹴るの暴行を受けるだけ。無駄に高いプライドが災いして、誰にも相談できない。新斗は渋々と財布を取り出して数枚の万札を渡した。


「ありがとよっ!じゃあな~っ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 嬉々として去って行く兄弟の後姿を、引きつった笑顔で眺める新斗。脱力してガックリ膝をつき座り込んでしまう。


「・・・くそ・・・くそっ!憶えてろ・・・何時か必ず・・・・・」


 口では言うものの、「何時か」なんて来ないことを、度胸の無い新斗は知っている。様々な負の感情が心を吹き荒れ、朝の教室で湧いて出ていた‘闇’が全身を包む。しかも、これまでにない量であった。足元で何かが反射をして、新斗の顔を照らす。


「ん?・・・・・手鏡?」


 何時の間にか、不気味な装飾の手鏡が足元に転がっていた。授業中に一瞬だけ見た鏡と同じ物のよう思えるが、朝より二廻りも大きく感じる。


≪恨ミ、聞キ入レタリ・・・・≫


 声が聞こえたので周囲を見廻すが誰も居ない。再び鏡を見つめた新斗は、鏡から声が発せられていることに気付く。


「ええっ!?」


 地獄の住人にとって、人間の発する負の念は、香ばしい臭いを放つ食事。強い負の念に引き寄せられ、地獄の住人は出現をして、食事の供給元に取り憑き乗っ取る。それは、人間界では‘妖怪’と呼ばれている。

 鏡は、ここ数日ずっと新斗に付きまとって湧き出る負の感情を吸い続けて成長していた。そしてエネルギーが満タンになり、新斗を依り代に実体化しようとしているのだ。


≪暴レロ・・・・・発散シロ・・・・怒リノママニ・・・・≫

「何だ、これ?・・・・・・ううっ・・・」

≪ゲッゲッゲッゲッ・・・・・実ニ美味イ憎シミダ

 サア・・・俺ヲ手ニシロ≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 新斗の目と表情が催眠術にかかったかのように虚ろになり、手を伸ばして手鏡を持つ。その途端、不気味な笑い声が新斗の口から漏れ、手鏡を片手に力強く立ち上がり、夜空を仰いで絶叫をした。


「おおお・・・うおおおおおおおお!!!!」


 異変に気がつく事なく、まんまと小遣いをゲットした座古兄弟は、堤防道を歩いていた。すると、行く手に立ち塞がるかのように‘金庫その1’が突っ立っているではないか。


「どうした!?何か用か!?」

「まさかとは思うけど、金を返せとか言うつもりじゃないよな?」

「そのつもりなら構わないけど、

 これを機にシッカリと躾をして、お小遣いの値上げを要求することになるぜ。」

「まぁ、コイツにそんな度胸なんてあるとは思えないけどさ。

 ・・・・・・あれ?ちょっと待て。」


 新斗を小馬鹿にしていた座古兄弟が違和感に気付く。何時の間に追い抜かれた?


「良いモノ持ってたんだ。分けてあげる。」

「良いモノ?」

「・・・・・・・・・・・・クククククク」

「あん?何だコイツ?」

≪ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ・・・・

 甘美ナ絶望ノ叫ビ・・・・・焼ケテ爛レタ肉・・・・ゲゲッ、ゲッ≫

「・・・・・・・なに言ってんだ?」


 首を傾げるDQN兄弟。その目前で、新斗が一際甲高くて不気味な雄叫びを上げたかと思うと、身体が闇に包まれて変貌を開始した!

 丸くてつぶらな瞳、丸い耳、獣じみた顔、服が千切れ飛び、顔にも全身にも茶色い毛が生える!腹が突き出る!頭に巨大な編み笠が被さる!手には大きな酒徳利!そして最後に、宙に浮かんだ手鏡が腹に埋め込まれた!新斗の姿が妖怪・雲外鏡(うんがいきょう)へと変貌を遂げる!!


「何だ、こいつっ!?」

「ひぃぃっ!バケモノだっ!!」


 双子DQNは来た方へ向きを変えて走りだした!その様を目を細めて眺めてた雲外鏡は、見た目に合わぬスピードで追いかける!2人の傍らを一陣の風が過ぎ、瞬間移動にも等しい速さで前方に回り込んで立ち塞がった!


「くそっ・・・・死ねコラァっ!!!」

≪ゲッゲッゲッゲッゲッゲッ≫


 園一が、常に隠し持ってるスタンガンを取り出した!慣れた手つきでスイッチを入れ、絶叫を上げながら殴りかかって、雲外鏡の胸に渾身の一撃を叩き付ける!だが、精一杯の反撃は無駄に終わった。並の人間なら感電で脱力してしまうが、雲外鏡は蚊に刺されたほどにしか感じてないらしくてケロっとしている。そして片手で軽~く突いたら、園一は悲鳴を上げながら2mばかり吹っ飛ばされてアスファルトを転がった。隣にいた園次は、その場で腰を抜かしてしまう。

 雲外鏡が不気味な笑い声を上げて、戦意を喪失させた座古兄弟に襲いかかる!




―紅葉の部屋―


 紅葉は、晩ごはんの後に風呂を済ませ、スエット姿で宿題を適当に攻略している最中なのだが、なかなか集中が続かなくて、少しばかり休憩をする事にした。ベッドに寝転がってスマホをいじり、動画サイトでギャグアニメを観る。


「ぁひゃっ・・・・ぁっひゃっひゃっひゃっ!!は、腹ぃてぇ~~~~~!!!」

「何時だと思ってんの!?静かにしなさい!宿題は終わったの!?」

「は~~~ぃっ・・・・・・ぷくくく・・・ぁっひゃっひゃっひゃっ・・・・・」


 笑い声が大きすぎて、母親から苦情を貰ってしまった。紅葉は、必死で笑いを堪えつつ観賞をする。主題歌が気に入ったので、「今度、カラオケで挑戦しよう」と決め、ググって歌詞とメロディーを頭に叩き込む。

 それにしても不思議だ。勉強は大変だし忘れちゃうのに、こ~ゆ~事は乾いた砂が水を吸うように脳へインプットされる。しかも忘れない。何でだろう?・・・などと思ってた最中、不意にアホ毛がピクンと震えた。続いて不気味な獣が人を襲うビジョンが頭に飛び込んでくる。


「んぁっ?ヨーカイっ!?」


 スマホを握り締めたまま、サッシを開けてベランダに飛び出して精神を集中した。場所は河川敷の道で、妖怪は雲外鏡のようだ。

 タイミングが悪いヤツだ。あとちょっとアニメ鑑賞を楽しんでから、集中して宿題をしようと思ってたのに、妖怪の所為で宿題が後回しになってしまった。


「ふぃ~・・・でも、任務!やらなきゃっ!」


 紅葉は小さく溜息しつつ、腹を据えて出動する事にした。人知れず妖怪の脅威から人々を護る文架市の守護神。親にも亜美にも内緒にしてる、紅葉の裏の顔だ。


「緊急出動だぁっ!!」


 スエット姿で出動するのはチョット恥ずかしいが、私服のコーディネイトは面倒なので、学校のブレザーに着替える。親を気にしつつ玄関へ行って、靴を持って来る。スマホをポケットに入れて準備完了!身支度を整えた紅葉は、足音を忍ばせてベランダへ出て靴を履いた。マンションの5階だけど、彼女には関係ない。


「とぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~っ!!」


 全く躊躇せず、柵を乗り越えて飛び降りる!迫るアスファルト!途中でクルクルっと回転し、着地寸前に気合いを発すると、淡いオーラを全身から発して減速!音もなく着地を決め、一目散に駐輪場の自転車へ向かう!そして自転車に跨ってから辺りを見回して誰も居ないのを確認してから、スマホ画面に指を滑らせて画面に『ベルト』と書き込んだ!

 そのスマホは、市販のスマホと同じ形をした【YOUKAIスマホ(以後、Yスマホ)】と呼ばれる全くの別物だ!


 紅葉の腰がピンク色に発光。それが実体化してバックルが和船を模した【和船ベルト】になる。同時に【紅】と書かれたメダルがYスマホの画面に浮かんで実体化して真上に飛んだ。頭上で煌々と照ってる月の明かりを反射しながらを落ちてきた紅メダルを受け止め、ベルトの帆の部分に嵌めこむ。


「げ~んそうっっっ(幻装)!!」


☆ぽわ~ん キラキラ きらきらりぃ~ん☆ 

 背景がピンク色になり、虹が現れ、お星さまが飛び交い、派手なエフェクトが発生。紅葉の全身が眩しい光を発して、クマとかウサギとかゾウとかネコとか、ぬいぐるみの動物達が何処からともなく現れ、色とりどりの紙吹雪を掴んでは撒き散らし、それが渦のように舞いながら紅葉の全身を包み込んだ。

 中から、メインカラーがピンクで【(中世日本の鎧武者+女忍者)÷2】のプロテクターとマスクで覆われた異形の戦士が出現!Yスマホを左手甲のホルダーに収納!妖幻ファイターゲンジに変身完了!

 同時に自転車も眩しく輝いて、ホンダのモトコンポがベースの【☆マシン綺羅綺羅☆(命名者、紅葉)】に変形した!


「妖幻ファイターゲンジ、☆マシン綺羅綺羅☆!!行きまぁ~すっ!!」


 駐輪場から道路へ延びる通路を静かに進んで一時停止。歩行者と車が来ないのを確認してから走りだす。


「んん?やばっ!雲外鏡が動ぃてるっ!河川敷から町中に移動してる?

 確か、そっちの方向にゎ!・・・急がなぃとヤバぃ!」


 ゲンジは妖怪の居場所を感知する事が出来る。河川敷で発生した雲外鏡が町中に移動中=人が多いところで食事をする(被害者を出す)つもりだ。

 【☆マシン綺羅綺羅☆】は形的にはホンダのモトコンポだが、中身はカラッポで、エンジンもガソリンも積んでいない。中身を明確にイメージできないものは、それなりにしか召喚できないのだ。したがって、ゲンジの妖力で動いている。

要は、乗り物は、ローラースケートでも、円盤でも、ロボットでも、竹馬でも、雲でも、ゲンジが‘動くイメージ’をして、自前の妖力で動かせれば何でも良いんだけど、「なんとな~く、ヒーローはバイクが定番かな?」って理由で、モトコンポをチョイスしたのだ。ちなみに、オートバイと原チャの違いは、「大きさと形が違う」以外は解っていない。

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