1-2・美穂&真奈と風紀検査~麻由と朝礼アイドル

-生徒玄関前-


 紅葉と亜美が駐輪をして寄って行くと、風紀委員が抜き打ちの服装&持ち物チェックをしていた。スマホは、授業中の使用は禁止されているが、校内への持ち込みは許可されているので、紅葉&亜美がスマホを持ってきたことに問題は無い。服装は規則通りだし、所持品も注意をされたり没収される物は何も持ってきていない。風紀チェックは何事も無く通過できるだろうけど、「もしかしたら想定外の物がチェックを受けてしまうのでは?」と少し緊張をしてしまう。


「ふざけんなっ!なんで、あたしが風紀チェックでアウトになるんだよ!?」

「髪の毛は茶色いし、スカートの丈は長いし、

 それに、明らかに所持品がおかしいでしょ!

 大金が入った高級財布に、変なカードケース・・・」

「髪の色は生まれつき!スカートはズリ下がっただけ!

 カードは趣味!財布に金が入ってるのは生活費!それの何が悪い!?」

「な、何から何まで怪しいです!!」


 風紀員に盾突いているのは2年C組(紅葉と亜美は2年B組)の女生徒だった。隣で紅葉の風紀チェックをしていた2年A組の少女が、口論を見て「相手が悪すぎる」と判断して慌てて止めに入る。


「まぁ~まぁ~、2人とも落ち着いて!

 髪の毛はチョット茶色いけど、茶髪ってほど色は抜けてないし、

 少し‘怪しい’かもしれないけど、違反になるものは無いんだから許可にしようよ。」

「おぉっ!オマエ、話わかるじゃん。」

「熊谷さんは、風紀委員じゃなくて助っ人なんだから、口を挟まないで下さい。」


 仲裁に入った女生徒の名は【熊谷真奈】。無関係なはずの様々なイベントに率先して参加をするので、同学年では比較的顔が広い。スクールカーストで位置付けるなら、トップではないが、上位層と仲が良くて、2軍以下を引っ張るタイプ。カースト制度の外側にいて「スクールカーストってなに?」って認識の紅葉からすれば、「熊谷さんはチョット目立つ子」って印象になる。


「それは言いっこ無しだってば!

 人手不足を見かねて手伝ってあげている私に免じて、許可してあげてよ。」

「許可で良いんだろ?時間を取らせるな!」

「わ、解りました。

 次回からは高校生に相応しくない物は持ってこないでください!」

「・・・フン!うっせーよ、バ~カ!!」


 ガラの悪い女生徒は、楯突いた風紀員には目もくれずに校内に入ろうとして、隣で風紀チェックを受けながら状況を眺めていた紅葉&亜美と目が合う。


「世間知らずの優等生共が、珍獣を見るような眼で見てんじゃね~よ!

 見せもんじゃね~んだよ!!」

「・・・ちんじゅう?ァタシ、ゆうとーせい?」


 紅葉はキョトンとした表情で首を傾げる。ガラの悪い女生徒は、「フン!」と声を出して2人を軽く威嚇すると、それ以上は何も喋らずに、校舎の中に入っていった。


「こ、怖かったね、クレハ」

「そう?ァタシゎチョット格好良ぃと思っちゃった。」

「ど、どこが?」

「ん~~~~・・・色んなところっ!」

「この学校には、クレハ以上にがさつな女の子が居たんだね」

「アタシ、がさつぢゃなぃもん!」


 ガラの悪い女生徒の名は【桐藤美穂】。学業の成績は下の下。紅葉や亜美と同学年だが、クラスが違う為、あまり話したことが無い。

 ルックスは校内トップ20圏内レベルなんだけど、言葉や行動が乱暴で、短気で喧嘩っ早いので、校内では孤立をしている。噂によると、「幼児体型」と口を滑らせた教諭を殴ったり、「貧乳」とからかった男子を蹴飛ばしたり、「まな板」と罵った他校の生徒を病院送りにする等、そのたびに停学処分を受けているので、高校2年生は、今年で3回目の強者なのだ。


「あの・・・ァタシ達ゎ行ってイイの?」

「あっ!ごめんなさい、チェックの途中だったね。

 所持品に問題無し。2人とも合格だよ。」


 熊谷真奈から後回しにされていた紅葉と亜美は、風紀チェックの催促をして合格をもらい、生徒玄関に入る。




-2年B組-


 教室に到着した紅葉は、「本日の日直だった」って事に気付いた。日直は、教務室の副担任のところに学級日誌を取りに行かなければならない。日誌には「本日の出来事」を書く欄があるのだが、書き込むことの自由度は高くて、「本日の出来事」以外でも、「今、気になっていること」や、「世間の話題に対する自分なりの解釈」を書いても良い。真面目に書き込む日直もいれば、ネタや突拍子も無いことを書く日直もいる。

 高校1年生の時、紅葉は2学期の日誌に、「桃太郎に倒された鬼の正当性と桃太郎の罪」ってタイトルで、2ページ(翌日のページも使って)に渡って壮大な独自解釈を書き連ねて、「視点が面白い」「考え方が特殊」とクラス中の話題になったが、日誌に書くべき内容を豪快に逸脱していた。

 2年生になってからは、毎回、亜美が最終チェックを入れて、「視点が一般的」な文章になるまで、何度も書き直しをさせている。・・・ていうか、最近では、亜美の言う文章を、そのまま日誌に書いている。


「日誌を取りに行かなきゃ!

 ゆーこセンセー、苦手なんだよな~!アミ、一緒に付いてきてっ!」

「そのくらい、一人で行けるでしょ!」

「ちぇっ!アミのぃぢわるっ!」

「時間が無いから、サッサと取ってきなよ!遅れると、三波先生に怒られるよ!」


 紅葉は、亜美に促されて、渋々と学級日誌を取りに行く。




-教務室-


 紅葉が到着して扉を開けようとしたら、内側から扉が開いて、紅葉は後光に照らされたとような錯覚を感じた。ラスボスのような風格を漂わせた後光の主は、紅葉と目を合わせると微笑んで会釈をして、踵を返して教務室側にも会釈をして、紅葉と入れ違うようにして廊下に出た。すれ違い際に、フワリと美しい長髪がなびき、まるで、「たった今、洗髪をしたのではないか」ってくらいのシャンプーの良い香りがする。


「おはようございます。2年B組の源川さんですよね。」

「ぇ!?ァタシを知っているの!?」

「人望有り、行動力有り、学力は・・・まぁ、そこそこ。

 今は、文化祭実行委員・・・

 以前から、来年度の生徒会に入って欲しいと思っていました。

 後日、正式にリクルートに行くので、頭の片隅にでも入れておいてくださいね。」

「ァタシが生徒会?なんかメンドウくさそう。」


 優等生の名は【葛城麻由】。学業の成績は学年トップ。自分がトップになるだけでは収まらず、所属する2年A組を鼓舞して、定期テストの平均点を、学年でダントツのトップに引っ張り上げるカリスマと統率力の持ち主。高校2年生でありながら、3年生の先輩方を差し置いて生徒会長をしている。ルックスはS級美少女の紅葉と同等で、間違いなく校内トップ3に入る。スリーサイズは紅葉と同じくらいだが、身長は亜美と同じくらい。男子からの人気はかなり高いが、お高く止まったイメージがあるので、告白をされた経験は紅葉よりも少ない。


「ひゃ~~~・・・同性のァタシから見ても、いつも素敵な人だなぁ~。

 でも、なんでかヮカラナイけど、チョット苦手なタイプかなぁ?」


 これはあくまでも噂の域を出ないのだが、水戸英治郎校長と西村光圀教頭は麻由の飼い犬とか、他の60代後半の教諭も麻由の言うなりとか、ジジイキラーとか、教務室の隣に時代錯誤な宿直室があって校長のポケットマネーでスィートルーム並に豪華だとか、宿直室の鍵は麻由が管理をしているとか、資産家の理由は跡継ぎの無い金持ちのが麻由の色気に溺れて全財産を相続させたとか・・・まぁ、どれもこれも、容姿端麗・品行方正・優等生・資産家で、何一つ欠点の無い麻由を妬んだ、根も葉もない噂だろう。



-数分後-


「じゃ、これ(学級日誌)、お願いね。」

「あっ!・・・は~ぃ!ヮカリマシタぁ~。」


 副担任の裕子先生から日誌を受け取った紅葉は、途端に青ざめて挙動不審になる。スッカリ忘れていたのだが、1年生の時とは違って、2年生になってからは、葛城生徒会長の提案で、日直は朝礼の司会をして、5分程度のスピーチをしなければならない。たいていの生徒は、世間を賑わせている政治経済関連や芸能ニュースや国際問題についての自分なりの解釈を発表する。他のクラスや他の学年にリサーチをして、クラスの良い点や改善点を発表する生徒もいる。たまに、漫談や手品などを披露する強者もいるが、スベりまくって失笑をされるのが毎度のパターンだ。


「やっべぇ~!朝礼で何を話すか、全然決めてなかったっ!」


 教室に戻った紅葉は、亜美に相談をするが、さすがに朝礼開始まで5分も無い状況では、亜美には満足なアドバイスをする余裕も無い。


「中東のテロについて話せば?」

「テロゎダメな事って言えば良いかな?」

「宗教問題や国際情勢が絡んでるから、それだけで終わらせちゃダメ!

 キチンと話せば5分じゃ足りないスピーチになるのに、

 紅葉が話すと2秒で終わっちゃうね!

 sdgsやチャットGPTのことは・・・?」

「SDってスーパーデフォルメだっけ?ちゃんとPTAってなに?」

「こりゃダメだ!

 紅葉がチャットGPTを知ってたら、

 きっとスピーチに内容を全部作らせちゃってるね。

 何でも良いから知ってることを話しなよ!」

「ぅん、ならそ~するっ!」

「どうせ、誰もちゃんと聞いてないだろうからさ!」

「ぇ?・・・誰も聞ぃてなぃんだ?」

「そりゃそうでしょ!

 みんな、大したこと話せないんだから、興味を持って聞く人なんて殆どいないよ。

 皆をキチンと聞き入らせる話術を持った人なんて、

 2年生では、A組の葛城生徒会長くらいしかいないんじゃない?」

「そ~言えばそうかもね。セートカイチョー、話すの上手ぃもんね。」


 担任の北村星司先生と副担任の三波裕子先生が教室に入ってきて、日直の紅葉が司会をして朝礼が始まる。先ずは点呼を取り、続けて日直のスピーチになる。

 結局、何を話すかは決まっていない。何を話しても、誰もちゃんと聞いてくれないんじゃツマラナイ。だったら何をすれば面白くなる?


 紅葉は、教壇の上に立ったまま、目を閉じて数秒ほど思案をして、何かを閃いて目を開け笑顔になった。

 ポケットから取り出したスマフォ画面をタッチして、何かを選んでから、ボリュームをMAXに上げ、足でリズムを取り、口の前で右手を握ってエアーマイクをイメージする。しばらくして、スマフォから皆が聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。 紅葉が、カラオケに行った時に十八番にしている‘3人組テクノポップユニットの曲’だ。


「面白ぃスピーチが思ぃつかなぃので、代わりに得意な歌を歌ぃま~すっ!」


♪~~~


 今まで、朝礼時に歌を披露する日直はいなかった。北村先生と三波先生は目を点にして呆気に取られ、亜美は親友の暴挙(?)に赤面をして俯く。


「歌・・・?まぁ、禁止ではないけど、こう来るとは思わなかったわね。」

「だけど、結構、上手いな!」

「クレハのバカァ~~・・・なんで、そうなっちゃうのよ?」


 クラスメイト達は、最初は呆然と眺めていたが、歌い手の上手さに惹かれて、徐々に聞き入り、曲に合わせて手拍子と体でリズムを取り始める。校内トップクラスの美少女がアイドルになりきって、聞き馴染みのある曲を一定以上の歌唱力で披露しているのだ。これに乗らない理由は無い。中には歓声を上げる者もいる。一方の紅葉は、クラスメイトがノってきた事に煽られ、調子付いて、歌に合わせて身振り手振りを加え始めた。


♪~~~


 2年A組、及び、2年C組の先生や生徒が、「朝礼の時間に何事か?」と興味津々にB組を覗き込む。野次馬の中には、2年A組の葛城麻由や熊谷真奈、2年C組の桐藤美穂の姿もある。


♪~~~


「な、何で、朝礼中に歌?

 相変わらず、目立っているというか、むしろ、怖い物知らずというか・・・

 私が源川さんに感じた将来性は、こんな方向じゃないのですが・・・。」


 葛城麻由は、紅葉を眺めて、先生方と同様に呆気に取られている。優等生の麻由にしてみれば、有り得ない光景なのだ。紅葉を見ているうちに、徐々に怒りがこみ上げてくる。穏やかな優等生顔が引きつり、拳は握りしめられて小さく震えている。

 今まで、朝礼時に歌った生徒はいなかったが、手品や漫談をやってスベりまくった生徒は何人かいた。朝礼に一芸は失敗をする。当然、歌も失敗をするに決まっている。そんな先入観があった。だが、どうだろう?スベると思っていた歌がウケている。歌もスベるという先入観が間違えていたのか、それとも、紅葉の魅力がウケさせているのか?どちらにせよ、紅葉に出し抜かれたという気持ちでいっぱいになる。


♪~~~


「禁止はされていないけど、チョット度が過ぎているというか・・・。

 葛城さん、どう思う?」


 熊谷真奈は、困惑をした表情で葛城麻由に感想を求める。内心では面白いと思っているが、こんな軽挙妄動を、「朝のスピーチタイム発起人」の麻由が求めているわけが無いことも知っている。麻由の険しい表情を見た真奈は、「これは、後々荒れそうだな」と察して口を噤み、紅葉のミニライブを眺める。


♪~~~


「アイツ、さっき見た時は、クソの付く優等生かと思ったけど、違ったみたいだな。

 面白いヤツじゃん。チョット、気に入っちゃった・・・かな。」


 桐藤美穂は久しぶりに目を輝かせて笑っていた。周囲とは距離を置いていた美穂は、最近は冷めた作り笑顔を見せる事はあっても、温かい笑顔を見せる事など無かった。歌唱中の紅葉を見て楽しそうに笑い、慌てて「この表情は私のイメージではない」と、しかめっ面を取り繕う。留年2回で、3度目の高校2年生。小中学時代の同級生も、入学時の仲間達も、もういない。今更、新しい仲間なんて作るつもりは無かった。だが、源川紅葉という存在には、少し興味が湧いてきた。紅葉と居れば、面白くも何ともない学園生活が、再び面白くなるかもしれない。美穂は、そんな想いに駆られる。


♪~~~


 モーニング・ミニミニライブを終えた紅葉が廊下を見たら、いつの間にか野次馬が集まっていた。


「皆、ぁりがとぅっ!」


 紅葉は少し驚いたが、教室内と廊下に愛想良く挨拶したら、拍手が鳴り響く。少数だが、悪ノリをして無責任に「アンコール」を要求する生徒もいる。

 北村先生と三波先生どころか他の教室の担任まで集まって「静かにしなさい」と声を張り上げて沈静化させ、生徒達は、それぞれの教室に戻るのであった。

 ‘祭り’の余韻が残るB組の教室では、北村先生&三波先生が、騒ぎの元凶となって、すっかり御機嫌な紅葉を注意する。


「なあ源川、おまえに歌唱力と、人を乗せる才能があるのは解ったけど・・・」

「場所をわきまえないとダメよ。こ~ゆ~事は、文化祭やカラオケでやるの。」

「はぁ~~~~ぃっ!!」


 どうにか言い聞かせ、北村先生の「それじゃ授業を始めるぞ~!」の一声で、2年B組の教室に静寂が戻った。




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