第3話・河川敷の大乱闘

3-1・美穂の回想~朝の挨拶

 人間に害を為す謎の生物は、妖怪だけではない。鏡の中の潜んで人間を脅かし、人間から悪魔や怪物と呼ばれる存在がある。そして、未知の力を与えられ、怪物の討伐を生業とする戦士も存在をしている。




-インバージョンワールド-


 左右が反転した世界の公園で、アナザービースト(異獣)=ゴブリンと、白鳥の意匠を持つソシアルナイト=異獣サマナーネメシスが対峙をしていた。

 薄気味悪い笑みを浮かべて、ネメシスに向かって突進をするゴブリン!そこへ、白鳥型モンスター=キグナスターが飛来して割り込み、体当たりでゴブリンを弾き飛ばす!更に、標準装備のレイピアを持ったネメシスが、問答無用で踏み込んできて、ゴブリンに、突きの連打を浴びせる!ゴブリンは堪らずに、大きく後退!ネメシスは、カードを翳し、薙刀=ネメシスハルバードを装備して、すかさず追撃に踏み込む!鋭い袈裟斬りがゴブリンに炸裂!


「トドメだっ!!」


 ネメシスは、弱ったゴブリンに対して距離を空け、白鳥型モンスター=キグナスターが描かれたカードを翳す!全身が発光して、更に空が歪んで、同じように発光したキグナスターが飛び出してくる!

 奥義・ノーザンクロススラッシュ発動!キグナスターが、ゴブリンの足下を掬うようにして空中に弾き飛ばし、その後も、何度も体当たりをしながら空へ押し上げていく!一方、ネメシスは、ネメシスハルバードを構えてゴブリンを睨み付ける!


「はぁっっ!!」


 ネメシスが、頃合いを見計らって、ゴブリン目掛けて飛び上がった!一時的にネメシスの背に、キグナスターと同じ羽が出現して跳躍を加速させる!


「うおぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」


 空中で自由に動けないゴブリンに対して、ネメシスのネメシスハルバードが直撃!ネメシスが着地した背後の空中で、ゴブリンが爆発四散!討伐を確認したネメシスが、その場から立ち去っていく。




―十数分後・美穂の部屋―


 鎮守の森公園の北、紅葉達の中学校とは別の学区で、DOCOS(ファミレス)から徒歩数分の浜丹生(ひんにゅう)町に、築数十年が経過したアパート=鶴辺田(つるぺた)荘がある。その2階の手前側の部屋で、桐藤美穂は独り暮らしをしていた。

 タンス、本棚、鏡台、勉強机を兼ねた卓袱台。ほぼ空っぽの冷蔵庫と最低限の調理道具しか置いてないキッチン。他の年頃の娘とは違い、アイドルのポスターとか可愛らしい小物の類いは置かれてない。教科書とノートは学校指定のバッグと共に、部屋の片隅に散乱している。そんな殺風景な部屋だが、本人は気に入ってるらしい。独り暮らしの気楽さか、美穂はラフな格好で万年床に寝転がって天井を眺めてた。


「あたしと似たような事してるなんて、ちょっと面白そうな奴じゃん」


 美穂は異獣サマナーネメシスとして、文架市をアナザービースト(異獣)の脅威から護っている。ただし紅葉と違って、戦う理由は正義感ではない。身寄りのない美穂が、他人を頼らず生きる金を稼ぐ為に、アナザービースト(異獣)と戦い続ける。それが結果的に人助けになっている。それだけの話だ。



~~美穂の回想~~


2年前に遡る・・・


 早くに両親を亡くした美穂は、たった1人の身内である姉の恵里と暮らしていた。 姉の安月給では生活が苦しいので、決して褒められた手段とは言えなかったが美穂なりに稼ぎ、家計を支え、姉妹は小さなアパートで仲良く慎ましく暮らしていた。

 ある日、姉妹は近所の『¥999で45分間、全メニュー食べ放題』に出かけ、目一杯腹に詰め込んだ。


「うええっ・・・・吐きそう・・・・」

「ダメよ美穂っ!吐いたら勿体ないでしょっ!」

「う、うん・・・・・・うぷっ」


 リターンを必死で堪えつつ、姉妹は河川敷の道を歩く。給料日前で金が無かった。美穂は美穂で、金を増やそうと競馬へ行ったが悉く外して財布の中は空っぽ。あと数日は白飯と味噌汁だけで暮らすことになる。食べ放題は、粗末な食事に備えた最後の栄養補給だった。


キキキキキキィ~~~~~~~~~~~ッ!!

 車やバイクは進入禁止の道なのに、何故か軽自動車が突っ走ってきた。姉が咄嗟に「美穂、危ないっ!」と抱きかかえて飛び退き、一緒に土手を転がり落ちる。美穂は途中で止まったが、姉は止まりきれずに川へ落ちてしまった。溺れたりせずちゃんと泳いで岸に辿り着いたが、満腹だったのに激しい運動をした所為で気分悪くなって、岸に上がるなり、リターンをしてしまう。

 なけなしの金で食べた物を吐いてしまった事を苦にした姉は、事件の2日後に自ら命を絶ってしまった。



 数日後、荼毘に付した姉と一緒に帰宅した美穂は、キッチンで水をガブ飲みしてから部屋へ入り、しばし茫然と座り込んでいた。やがて自然と涙が溢れ、突っ伏して「お姉ちゃんのバカ」と叫びながら号泣をした。

 しばらくして、泣き声収まりかけた頃、ふと、室内に人の気配を感じて視線を向けたら、いつの間にか、見たことの無い色白な男が立っていた。いや、色白と言うより、青白いと言うべきか?だが、美穂の違和感は、顔色の悪さよりも、その奇抜な格好だった。ファンタジー世界の魔法使いが着るようなローブを着ている。姉の知人か?


「なっ・・・・・何よ、アンタっ!?」

「オマエに‘これ’をくれてやる。」


 ローブの男は、無言で平たいケースをを投げてよこす。受け取って眺める美穂。「羽の生えた女神」を模したらしい絵が描かれ、中には数枚のカードが収納されていた。


「なんだこれ?あたしに、カードバトルでもしろっていうの?悪いけどパス。

 カードゲームには詳しくないし、

 何よりも、下らない遊びをしている気分じゃ無い。」

「ゲームではない。実戦だ。」

「・・・はぁ?」

「異獣サマナーとして戦え」

「いじゅう・・・なにそれ??何と戦うのよ?」

「アナザービースト・・・人間社会に潜む魔物・・・

 おまえ等が悪魔と呼ぶ存在を倒せ。」

「はぁ?なんで、あたしが!?」

「おまえが適していると判断したからだ。」

「あたしが適している?

 家族が居ないあたしなら、戦いに敗れて野垂れ死んでも、

 誰も心配をしないってこと!?」

「どうとでも好きに解釈しろ。魔物を倒せば、相応の報酬はくれてやる!

 独り身となり、日々の生活もままならないのだろう?」

「ふんっ!足元を見やがって!解ったよ!やってやるよっ!」

「契約成立だな。」


 姉を亡くし、頼れる親戚も居ない今、生活費やアパートの家賃すら工面できないのは事実だ。美穂は、男の提案全てを信じることは出来なかったが、「どうせ閉ざされた未来」「どうなっても構わない」と考え、受け入れることにした。

 ローブの男は去り、残された美穂は、カードの入ったケース=サマナーホルダを眺める。


~~回想終了~~




-優麗高-


 いつもと同じ朝。紅葉が遅れ気味に、亜美との待ち合わせ場所に来て、2人で自転車を並べて、堤防道路を通って登校をする。


「ぁれぇ~?・・・学校、まだ直ってなぃねぇ?」

「当たり前でしょ!たった3日で直るわけ無いじゃん!」


 雲外鏡事件から3日が経過して、休校が解除されたのだが、言うまでもなく崩壊をした校舎は直っていない。グラウンドにはプレハブ小屋が幾つも建っていて、今日からしばらくは、その仮設小屋が教室代わりになる。

 校舎の損壊した部分には、雨除けの為にブルーシートで覆われているが、まだ、本格的な復旧工事すら始まっていない。壊れ方や、目に見えない部分の損傷チェックやら、直す方法など、先ずは設計段階を踏んで、施工方法を決めて、工事の受注業者を決めて・・・まぁ、1ヶ月や2ヶ月では直らないだろう。


 紅葉と亜美が校舎を眺めていたら、美穂が脇を通過する。いつもと同じ「誰も寄ってくるな」オーラを出しながら、ムスッとした表情をしている。ここまでは、いつもと同じなんだけど・・・。


「あ!ミホだ!・・・ぉはょ!ミホ!!」


 紅葉が美穂に元気よく挨拶をする。学園でアイドル扱いをされてる生徒が、皆から「不良」と煙たがられる留年の生徒に声をかける。それは‘いつも’と比べると、かなり珍しい光景だ。たまたま近くに居た熊谷真奈や、周りの生徒達は、「何があった?」と紅葉を眺める。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 美穂は振り返りもせず、挨拶も返さずに、いつもの‘クール’を作ったまま、プレハブの教室に歩いて行く。


「んぉ?ァタシに気付かなかったのかな?」


 紅葉は、足早に美穂を追っかけて、敬礼っぽく手を翳しながら、もう一度「おはよっ!」と声をかけた。しかし、美穂は、紅葉を見る事も、挨拶を返す事も無く、歩いて行く。


「老眼であたしが見えない?難聴であたしの挨拶が聞こえない?」


 紅葉は今度は、美穂の前に回り込んで、ニィッと笑って、精一杯息を吸い込んで、大きな声で「ミホ、おはよっ!」と挨拶をした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 美穂は、挨拶も返さず、目も合わせずに、紅葉を避けて歩いて行く。先日の戦いでは成り行きで共闘をして会話をしたし、紅葉には一定の興味を持っているが、周りの印象を覆して、馴れ合いの‘お友達ごっこ’をするつもりは無い。


「ん~~~、寝ぼけていて、ァタシがが見えないのかな?

 そ~言えば、ミホゎ、ァタシの事をチビ扱いしてぃた!

 ちっこいから見ぇなぃんだ!!」


 紅葉は、諦めずに美穂を追っかける。

 見えてなかったら、避けない。美穂は、あきらかに紅葉をシカトしているのだが、紅葉は配慮が出来ないのだ。

 イライラした紅葉は、美穂の髪を引っ張って無理矢理に足を止め、耳元に顔を近付けて、これでもかってくらいの元気な声で「おはよっ~~~!!!」と挨拶をした。

 美穂の耳の中で「きぃ~~~ん」と耳鳴りがする。美穂は、鞄を地面に放り落とし、肩を怒らせて、紅葉を睨み付ける・・・が、紅葉は屈託の無い笑顔と敬礼っぽい仕草で、改めて「ミホ!おはよっ!」と挨拶をする。


(・・・あ~~~・・・コイツに何を言ってもダメなんだな~。)


 根負けをした美穂は、溜息交じりに紅葉を見つめ、小さな声で抑揚無く「おはよ」と、ようやく挨拶をする。朝っぱらからペースを乱されてしまった。


(ど~だ、これで満足か?満足したなら、しばらく黙って引っ込んでろ。)


 紅葉は、再度「おはよっ!」と挨拶を返すが、美穂は紅葉から視線を逸らし、クールで近寄りにくい雰囲気を作りなおして、その場から立ち去っていく。


「おはよっ、源川さん。

 朝から、桐藤先輩に喧嘩を売ってるのかと思ってドキドキしちゃった。」

「んぇ?ケンカ?」


 離れて成り行きを見守っていた熊谷真奈が、紅葉のところに寄ってくる。紅葉が所属するB組と、真奈のA組は、合同体育で一緒に成るので、仲良しとは言えないが一定の面識はある。


「おはよ、熊谷さん。なんでケンカ?ミホにご挨拶してただけだよ。」

「挨拶?そうだったの?そんなに仲が良いの?・・・仲良しには見えないけど。」

「ぅん!仲良しっ!」

「クラスが違うのに、いつの間に?

 この学校で、桐藤先輩に話し掛ける人、久しぶりに見たよ。」

「一緒に、尾名くんを救出した時からっ!」

「あぁ、火災の時ね。」

「熊谷さん、おはよう。この子(紅葉)、チョット思い込みが激しくて・・・」

「平山さん、おはよう。あぁ、なるほど。」


 真奈には、どう見ても‘紅葉と美穂が仲良し’には見えなかった。寄ってきて苦笑いをする亜美を見て、「仲良しではなく、紅葉が一方的に絡んでいただけ」と察する。


「でも、なんでミホを‘先輩’って呼ぶの?」

「私、宗平良中学の出身でね。

 私が中1の時、桐藤さんは同じ部活動の3年生だったの。」

「へぇ~・・・ミホと熊谷さんって、ムネタイラなんだ?おうち、近いんだね。

 ァタシと亜美は東中だよ。」

「あ・・・あの・・・聞いてる人が勘違いすると悪いから、

 ‘中学’を省略したり、平仮名や片仮名で表現するの、やめてもらえない?」


 普通に接していると忘れがちだが、桐藤美穂は2年の留年をした2歳年上。真奈に言われて、改めて思い出す。

 3人は、グラウンドに並んだプレハブ小屋の中から自分達の教室を探し、2-Aと書かれた小屋の前で真奈と別れ、紅葉と亜美は、隣に並んだ小屋に2-Bと書かれているのを見て、「あったあった!」と急拵えの教室に向かって歩いて行く。


「・・・桐藤美穂さんと・・・源川紅葉さん」


 その光景を、教務室用の、教室用より2サイズ大きな2階建てのプレハブ小屋の2階(校長室)の窓から、葛城麻由が眺めていた。表面的には『生徒達への、事件が与えた精神的影響』の調査報告書を校長に提出する為だが、実際の目的は校長との朝の優雅なコーヒータイムである。

 他の生徒達は先ほどの正門での騒ぎを「喧嘩か?」と見ていたが、麻由だけは正確に見抜いていた。

 2-Cの桐藤美穂は、麻由が‘理想とする優麗高’には不釣り合いな問題児だ。皆、留年2回目の彼女を腫れ物扱いしている。麻由自身、彼女のような素行不良を相手にするつもりは無い。退学をして欲しいが、2回目の留年以降は派手な事件を起こさず、風紀や試験でも落第の一歩手前をクリアしているので、教員達は彼女を露骨に切り捨てる事は出来ない。

 美穂は、優麗高に在籍はしているが、誰からも相手にされない見捨てられた生徒のハズだ。だが、今の騒ぎは美穂が原因の騒ぎではなかった。2-Bの源川紅葉が、一方的に桐藤美穂に絡んでいた。そして、驚いた事に、美穂がペースを乱され、根負けをしていた。最終的に、腫れ物の方が歩み寄ったのである。


「なに、あの娘(紅葉)?なんで、あんな落ちこぼれ(美穂)を飼い慣らせるの?」


 源川紅葉は、本人に目立つ気が無くても、勝手に注目が集まる要注意人物だ。麻由は、紅葉の才能を一定評価しており、次期の生徒会役員に引き入れて、自分の指揮下に置こうと考えていた。

 自分が手を出せない(相手にしない)分野に首を突っ込んで、強引に馴染ませようとする・・・容易く、それをやってしまう源川紅葉が、少しだけ腹立たしく思える。

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