第2話・白鳥の騎士

2-1・正体ばれてない?~朝礼の新斗

 随分とおかしな夢を見た。真っ暗な闇の中に、池で飼われた鯉のように、上に向けてポカンと大きく口を開けた紅葉が浮かんでいる。下には、血の池だの、針の山等々、『如何にも地獄』な世界が広がっているが、紅葉は其所には行きたくない。遥か上空には銀色の光が浮かんでいて、紅葉は、其所に行きたくて、一生懸命に手を伸ばす。




-翌朝・紅葉のマンション-


「やっべぇ~!寝坊したぁ~~~~っ!!」


 寝癖だらけの紅葉が、慌ててベッドから飛び起きて、いつものように脱衣室の洗面台で髪型を整え、自室でブレザーに着替えて、母親が居るキッチンに顔を出す。


「ぉはょ!行ってくるっ!」

「ちゃんと起きなさい。アラームはセットしたの?」

「ぅん!セットした!でも鳴らなかった!」

「鳴らなかったんじゃなくて、鳴っても気付かなかったんでしょ?」


 紅葉は、カップに入った豆乳をグビグビと飲み干すと、手の甲で口元を拭いて、呆れ顔の母親に見送られながら、玄関から駆け出していく。人目の無い夜ならば5階から地上まで飛び降りるのだが、さすがに今の時間帯にそんな目立つ事は出来ない。エレベーターを待とうとするが、今は1階にあるので、待ちきれずに階段を駆け下りる。


 昨日は、「早い時間帯に風呂も宿題も済ませて、予定通りの時間にちゃんと寝て、寝坊にならない時間に目覚める」予定だった。しかし、妖怪が出現した所為で出動しなきゃならなくて、寝るのが遅くなった。オマケに、ワケの解らない夢を見て、最悪の寝起きだった。


「全部、タヌキが悪いんだっ!もうっ!!」


 自転車に跨がり、亜美との待ち合わせ場所の公園入り口に向かって突っ走る。ちゃんと測定したわけでは無いが、多分、時速30キロ以上は出ているだろう。原チャの場合は、道路標識に関係なく、最高速度は時速30キロしか出せないが、自転車の場合は特別な規制は無いらしい。つまり、道路標識に表示された速度を超えなければ、スピード違反にはならない。


「遅れてごめぇ~~んっ!!アミっ!!」


 鎮守の森公園の入り口では、亜美が、いつものように、スマホをいじりながら、紅葉を待っていてくれる。


「あぁ・・・おはよ、クレハ」


 いつもならば、大声で「遅い!」と怒鳴りながら笑顔を見せる亜美だが、今日の表情は浮かない。


「・・・ねぇ、クレハ?昨日の夜、変な格好して、私のバイト先に来たよね?」

「え!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・き、き、来てなぃょ」

「ふぅ~~ん・・そっか。来てないんだ。解った。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ、ぅん」


 朝っぱらから青ざめてしまった。さすがは頭の良い亜美だ。妖幻ファイターゲンジ=源川紅葉って事がバレそうになったが、咄嗟に誤魔化した。


「昨日は、ありがとね!」

「ぅんっ!!」


 亜美は紅葉の眼を見て微笑む。さっきまでの元気の無い顔ではなく、いつもの可愛らしい亜美の表情に戻った。紅葉も亜美に微笑みを返して、2人は、いつものように、少し急いで、学校に向かう。




-優麗高校-


 学校に着くと、桐藤美穂が正門にもたれ掛かっている。無愛想な表情で、何かを待っているようだ。


「あっ!キリフジさんだっ!

 昨日、ぁの人と話した時、なんかに似てるな~って思ってたけど、思ぃ出した!

 キリフジさんて‘扁平足’にソックリだよね!?」

「はぁ?・・・扁平足!?」

「ぅん!扁平足!足の裏がペッタンコのことだょ!」

「扁平足の説明なんてされなくても解るって!

 ペッタンコ関連は、桐藤さんには言っちゃダメな渾名・・・かな」


 美穂は、紅葉と亜美の到着に気付くと、足早に近付いてきた。最初は紅葉の方を見て、後に亜美の方に視線を向ける。もちろん、たった今、紅葉から「扁平足」って渾名を付けられた事などは知らない。


「・・・ねぇ、そこの、ホルスタイン!」

「・・・ほるすたいん?ァタシのこと!?」

「チゲーよ、ちび!アンタの何処がホルスタインなんだよ!?

 アンタだよ!平山って言ったっけ?」

「・・え?あっ・・・はいっ!」

「あのあと、なんかあった?」

「え?‘何か’って一体?」

「変な格好のヤツが、アンタにだけは正体を見せた・・・とかさ。

 アイツの癪に障る人懐っこさって、

 アンタの身近にいるヤツに、妙に重なるんだよな!」

「なぃょ!なぃょ!

 ・・・アミに、正体とか、そ~ゆ~のゎ、見せてなぃ!何で、そんなの聞くの?」

「確かに正体は見せてないけど、クレハがそれを答えるのはオカシイでしょ!」

「ふぅ~ん・・・あっそう。」


 美穂は、紅葉をしばらく眺めたあと、萎縮気味の亜美を、やや強引に抱き寄せて紅葉に背を向け、紅葉に聞こえないように亜美に話しかける。紅葉は「アレ?この2人、いつの間に仲良くなったの?」と思いながら、2人の背中を見つめている。


「本人にバラす気が無いのは解ったわ。

 ・・・で、どうなの?アンタは気付いてるの?」

「え?何を・・・ですか?」

「昨日、ファミレスで見た変なヤツの正体!」

「いや・・・あの・・・その・・・ちょっと、そういうのは・・・」

「あ~もう、ハッキリしないねぇ。言いたい事があったらちゃんと言えよ。

 なら質問を変える。気付いていて良いの?気付いてちゃダメなの?

 どっちの方針だ?」

「え~~っと・・・本人が隠してるっぽいから、

 どっちかと言えば、気付いてちゃダメ・・・ですかね。」

「そう、解ったわ。なら、あたしも、今は気付いてない事にする。」

「は、はい・・・ありがとうございます。」


 話はまとまった。美穂自身、皆に内緒にしている事があるので、他人の秘密を強引に詮索する気は無い。本人が秘密にしている(つもり)なら、正体は解らないって事にする。

 美穂は、亜美の肩をポンポンと軽く叩き、「相方が‘知恵遅れ’だと大変だな」と激励をして、それ以上は何も言わず、話しかけにくいツンとした表情に戻って、校内に入って行った。




-2年D組・朝礼-


 本日の日直は尾名新斗。誰も、彼が面白い事をするなんて期待していない。新斗のスピーチは「校内生徒のアイドル化」についての、新斗なりの意見だった。昨日のお祭り騒ぎは想定していなかったが、このたびのスピーチは、新斗が前々から準備をしていた自信作である。

 校内人気トップ3のうち、2年生に2人、【養殖系清楚娘】と【天然系元気娘】を分析する。明確な名前は出さないが、前者は葛城麻由、後者は源川紅葉である。


「・・・で、2年生で一番のアイドルは?と言う問題になりますが、

 リサーチの結果、【養殖系清楚娘】派閥と【天然系元気娘】派閥に分裂をします。」


 事前に同校生徒からリサーチした【養殖系清楚娘】と【天然系元気娘】の良いイメージと悪いイメージ、【養殖系清楚娘】を好いている側から見た【天然系元気娘】のイメージ、反対に【天然系元気娘】を好いている側から見た【養殖系清楚娘】のイメージ等々を発表していく。


「がさつ、騒がしい、空気を読めない等々・・・・」


 最初は温和しく聞いていたクラスメイト達だったが、次第にざわつき始める。新斗は「校内リサーチ」と言っていたが、クラス内にリサーチをされた者などいない。新斗みたいな受動的なヤツに、そんなリサーチが出来るのか?サラッと簡単に説明するくらいなら良いが、クドクドと説明されると、なんかキモい(女生徒談)。そもそも何様のつもりで、校内トップ人気の女生徒2人を比較しているのか?

 比較と言いながら、内容的には【天然系元気娘】の悪口が多い。【養殖系清楚娘】にはファンが多い反面、「作っている」「媚びている」「裏表がある」と陰口を叩くアンチも多い。しかし、【天然系元気娘】の場合は「色気はこれから」「女子力低め」「ちび」とネタ扱いはされても、悪く言う者は殆どいない。彼女を悪く言う者は、たいていは、彼女に告白をして、こっぴどくフラれた者なのである。

 誰からともなく「あ、コイツ(新斗)もフラれたんだ」「コイツが成功するわけないじゃん」と感じ始め、シラケムードが漂い始める。


「いい加減にしろ!」 「適当な事を言うな!」


 新斗は空気を読めずに熱弁を振るうが、やがて、クラスメイトから罵声が飛ぶ。


「これは、僕の意見では無くてリサーチ結果の発表です。」


 しかし、誰も信用をしてくれない。次第に声が小さくなり、最後は前席しか聞き取れないくらいの小声で「これで終わります」と締めて、赤面をしたまま自分の席に戻った。

 素材の目の付け所は悪くない。しかし、調理方法を間違えてしまうと、誰一人受け入れてくれないという典型的なパターンなのだろう。




-休み時間・2年B組-


 2年D組のスピーチは、巡り巡って亜美の耳にも届いていた。


「え?D組の男子が、皆の前で、ァタシのことディスってたの?

 でも、ァタシの名前じゃ無くて、【天然系元気娘】って言ってたんでしょ?

 だったら、ァタシぢゃないぢゃん!」

「話の流れからして、どう考えてもクレハの事なんだけど・・・」

「ァタシ、天然ぢゃなぃもん!!」

「その天然は、天然ボケの天然って意味じゃなくて、

 作っていないのに可愛いいって意味でね・・・

 あぁ、でも、クレハは天然ボケだから、それはそれで合っているのかな?」

「可愛さって作れるの?ならァタシも、亜美みたぃに可愛くなりたぃっ!」

「ランク外の私を持ち出すな!なんかもう、説明するのが面倒くさい!

 【天然系元気娘】は紅葉とは別の人・・・これで良いんでしょ?」

「ぅん!」


 紅葉は、自分がディスられていたって認識すらしていない。自分がモテるって自覚が無いので、【天然系元気娘】なんて称号が自分に与えられた物だと考えていない。 新斗的には結構頑張ってスピーチをしたんだろうけど、結果は、本人にはまるで伝わらず、新斗が白い目で見られただけになってしまった。



-2年D組-


(くそっ・・・くそっ・・・くそっ・・・)


 新斗が休み時間に孤独なのはいつもと同じなのだが、今日ばかりは、いつも以上に孤立しているように感じる。 クラス中の皆が、新斗を白い目で見て、陰口を叩いて笑っているような気がする。 


 実際には、朝礼直後はともかく、今は、誰も、新斗の悪口など言っていない。あえて冷めた表現をするなら、新斗の悪口で盛り上がれるほど暇ではない。友人同士で話したい話題は、いくらでもある。新斗が、「皆から悪口を言われている」気になっているだけなのだ。


(源川紅葉・・・全部アイツが悪いっ!

 僕の内面を知ろうともせずに、アッサリとフリやがって!

 いつか必ず、後悔させてやる!あの女をメチャクチャに・・・・)


 潤沢な負の感情が、鏡の中に吸い込まれていく。鏡は、ドス黒い感情や、腐った思考ほど、喜んで吸収する。

 負の感情は負の感情を呼び、鏡に負の感情が蓄積する事で、持ち主は更なる負の感情に捕らわれ、魂は漆黒の中に沈んでいく。

 昨日の戦闘直後から、今に至るまでの、闇の内封量は、昨日の雲外鏡が実体化した時を遙かに超えようとしていた。



-休み時間・2年C組-


 机に伏して仮眠をしていた美穂が、ビクンと体を揺らせて起き上がる。「血の匂いがする直前の、平常が壊れようとしている緊張感」を感じる。何度経験しても慣れる事のない、反吐を吐きたくなるような気持ちの悪い感覚だ。


「学校内で!?ちょっとヤバくないか!?」


 こんなに人が多いところで事件が発生したらどうなるのだろうか?美穂は、緊張した面持ちで、周囲を観察する。




―グラウンド―


 2年D組の2時間目は体育だった。男子はハードルだ。石灰で書かれた直線コースに、ハードルが等間隔で並んでおり、出席番号順で2列に並んで、前の走者がゴールすると次が走りだす。

 やがて新斗の番になった。ただでさえ体育は苦手なのに、昨夜の疲れが残って辛い。それに加えて朝礼で滑りまくって、精神的にも参ってる。心底ウンザリした表情で渋々と立ち上がり、体育教師の「スタート!」って号令でダッシュをする。やがて最初のハードルに対して、距離を目測してジャンプ。しかし、折り曲げて後ろに回した足先がバーに引っ掛かって、ハードルを倒しながら転倒してしまう。


「・・・・いってぇ~~~っ・・・・」

「おい、大丈夫か!?」


 体育教師が声をかけ、返事をしながら立ち上がる。膝小僧に擦り傷が出来ていた。走り終えた奴や順番待ちの奴は「あ、またか」と特に気に留めてない。


「しょうがないな。傷口洗って、保健室行ってこい!」

「痛てて・・・・・はい」


 体育の授業で周りから冷笑されるなんて、今に始まったことではない。だけど、1年生の時だけは、少し状況が違った。女子との合同の時に限り、周りの失笑とは対照的に、何度か保健室まで付き添ってくれたり、心配をして声を掛けてくれる女子がいた。しかも、クラスでトップの美少女だ。新斗は「情けない」と思うと同時に、孤立気味だった自分に優しく接してくれる女子に対して「もしかして僕のことを好きなのでは?」と意識してしまった。

 その女子こそが源川紅葉。勝手に気持ちが盛り上がって告白をして、呆気なく玉砕。新斗にとっては、高校生活の汚点となってしまった。


「・・・・・痛てててて・・・・」


 血が滲んでる膝小僧の擦り傷を掌で押さえて水道へ向かう。誰も気にしていないのだが、新斗には、クラスメイト共が指をさして嘲笑ってるように感じられる。

 小さく悲鳴を上げながら水道で傷口の泥を洗い、次に保健室へ行って、消毒液を塗られ、大きな絆創膏を貼られて終了。


「ありがとうございました」


 治療を終え、消え入りそうな声で恥ずかしそうに会釈して、保健室を後にした。

 色々と嫌な事が重なり過ぎだ。朝礼では理解力の無いバカ共からヤジを浴び(自業自得)、体育で恥をかき(誰も何とも思ってない)、膝小僧の傷がヒリヒリ痛い(自業自得)。

 しかも3時間目は数学だ。昨夜に変な奴(ゲンジ)から酷い目に遭わされた所為で力尽きてしまい、宿題をやってない。数学教師から小言を言われて、また皆の前で恥をかく。ふと目前の窓ガラスに目を向けたら、余りにも情けない自分が映ってる。


「くそっ!」


 溜まりに溜まった負の感情が、今までにない勢いで噴出した!もはや闇を通り越して、まるで黒炎のように新斗の全身を覆っている!それを傍らで浮かんでた手鏡が、グングンと吸い込んでいく!

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