最後のドライブデート

烏川 ハル

最後のドライブデート

   

 真夏の太陽に照らされて。

 私たち二人を乗せた青い車は、今日も海沿いの道路を走っていた。


 お互い平日は仕事が忙しくて疲れ切った毎日だが、休日は違う。たとえ肉体的には疲労が残っていても、精神的には元気だ。

 だから私たちは毎週末ドライブデートで、この海沿いの道路が恒例のコースとなっていた。


 左側は山肌で、右側が海。

 助手席の窓からでは景色が良くないけれど、むしろ私は、この配置が気に入っていた。

 運転する彼の姿を眺めるのは好きだし、特にキラキラ輝く海面を背景にすると、いっそう彼が素敵に見えるからだ。


 最初の頃は「視線がくすぐったい」とか「運転するのに気が散る」とか言っていた彼も、私に見つめられながらの運転に慣れたのか、全く嫌がらなくなった。

 いや最初の頃も、別に嫌がってはおらず、単なる照れ隠しだったに違いない。言葉とは裏腹に、表情はニヤニヤしていたのだから。


 そんなわけで。

 私たち二人にとって、週末のドライブデートは、幸福な一時ひとときだったはずだが……。

 なんだか今日は雰囲気が違う。「最近、仕事の調子はどう?」と軽い雑談を振っても返事してくれないし、単純な作業みたいな感じで運転している。

 私がそう思ってしまうのは、彼の表情のせいもあるのだろうか。

 明るさなんて全くなく、むしろ悲しみの色。

 まるで別れ話を切り出そうとするかのような……。


 でも。

 彼が私を振るなんて、そんなはずはない。

 思い当たる原因も理由も、私には何もないのだから。

 私たちはラブラブな恋人同士なのだ!

 お互いの両親への顔合わせはまだだけれど、そろそろそんな雰囲気。いつプロポーズされてもおかしくない、と思っていたほどなのに……。


 そんなことを私が考えていると、彼が語り始める。

「そこで君が聞いてくれているのか、あるいは聞いていないのか。僕にはわからないが、それでも言っておくけど……」

 私とは目を合わせずに、前を向いたまま。なかば独り言のような口調だった。

「……ほら、そろそろ見えてきただろう? 大きな交差点があって、その先の緩やかなカーブのところだ。あそこだよ、タイヤが破裂したのは」

   

 タイヤが破裂。

 それは酷く恐ろしい言葉に聞こえた。

「車の運転は慣れているつもりだったが、タイヤバーストは初めてだったからね。すっかり僕はパニックに陥ってしまった。だからハンドルを切り損なって……」

 彼がチラリと、助手席の方へと視線を向ける。しかしその目の焦点は、私には合っていなかった。

「ああ、今でも信じられない。こうして僕は無事だったのに、どうして君だけが……!」


 この時ようやく私は理解した。

 彼が生者であるのに対して、私が死者であることを。

 彼は生者として、死者と別れたがっているのだと。

 このドライブデートも、そのための作業。成仏できない魂を成仏させるにはこの方法しかない、とお寺か何処どこかで教わってきたのだろう。


 衝撃的な真実だったが、不思議とパニックにもならず、私は冷静に受け止めることが出来て……。

「うん、わかった」

 私の口からこぼれたのは、もはや彼には聞こえないはずの一言。

 その瞬間、それまで車の中だった私の視界が、外から見下ろす格好に変わる。

 同時に、おのれの魂が天へと昇っていくのを、自分でも感じるのだった。




(「最後のドライブデート」完)

   

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最後のドライブデート 烏川 ハル @haru_karasugawa

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