第18話

「アイリーン様ですか?」


現れた人は絵で見た以上に美しい人だった。


「ああ。そうだ。そなたに聞きたいことがあって会いにきた」


優しい声に丁寧な口調で話すのに威厳がある。


これが英雄と言われる人物なのかと圧倒される。


「何でしょうか」


私は目を逸らすことなく真っ直ぐと初代を見る。


そんな私の態度に初代は自分に物怖じしない者は中々いないと感心し、目を細める。


「そなたは何故、椿の花を手の上に置いた?」


この質問は想定内だったので予め用意していた答えを言う。


「この帝国では椿の花は人と例えられます。特に椿の花を家紋の紋章としているカメリア家なら尚更のことです。それなのにアイリーン様の銅像の足元に椿の花があるのはおかしいと思い、手にのせました。カメリア家は決して落ちた花も見捨てない。それがカメリア家のあるべき姿です」


「だから、花を手にのせたのか」


「はい」


「そうか。もう一つ聞いていいか」


最初に比べて初代の顔が柔らかくなる。


「はい」


さすがにもう一つ聞かれるとは思わず驚くも、顔には出さずに返事をする。


「もし白い椿を手にしたらどうする」


その質問に私は「手にできたらどうする」ではないのだなと思う。


私の答え次第で渡すか、渡さないかを決めるつもりなのだろう。


嘘を吐くのは逆効果。


私の目的は復讐だが、そのためにすることは間違いなくカメリア家のためになることなので、復讐ということは伏せて話す。


「カメリア家をあるべき姿に戻します。自らの欲のために弱き者を傷つけることは許されません。それ相応の罰を与えます。そして、これ以上誤った歴史が繰り返されないよう私の代でカメリア家を終わらせます」


「終わらせる……私の前でよくその言葉が言えたな」


初代の表情から何も読み取れず何を考えているかわからない。


初代を敵に回すかもしれないが、それでもやめるわけにはいかない。


公爵達にとって一番嫌なことはカメリア家が滅びること。


復讐を誓った以上、この計画を失敗させるわけにはいかない。


私は覚悟を決め初代に向かってこう言った。


「無礼を承知で申し上げます。アイリーン様は立派ですが、正直その子孫達は欲に溺れたクズがほとんどです」


「……つまり私の息子もそうだったと」


初代の周りに魔力が集まっていく。


「はい。語弊を恐れずに申し上げるならそうなります」


私は初代の魔力の圧に屈することなく断言する。


「続けろ」


初代は魔法を消し、自身の墓の上に座る。


「はい。現当主である我が父がそうであるように、赤い花の当主は誰一人、貴方様の意志を継いだものはいません。皆、欲に溺れていました。ただ一人は、その欲を満たすことはできませんでしたが……」


「何故そう思う?」


「貴方様が生きていたからです」


息子は貴方よりも長くは生きられなかった。


だからできなかったと言葉にはしなかったが、初代にはその意図がしっかりと伝わっていた。


「……」


初代の顔は無表情で何を考えているのかわからない。


声も口調も冷たく、私は恐怖で足がすくみそうになる。


何とか耐えるも一瞬でも気を抜けば意識を失う。


できることなら今すぐ逃げ出したいが、レイシーと約束した以上、復讐は果たさなければならない。


私はお尻にグッと力を込めて倒れないようにしてからこう言った。


「アイリーン様。貴方様は間違いなく立派な人です。ですが、その子孫達が必ずしも貴方様の意志を継ぐとは限りません。これ以上、カメリア家が存在すると当主達の欲は次第に取り返しのつかないところまでいきます。それはこの国にとっても民達にとっても良いことではありません」


「だから終わらすと……」


「はい。カメリアの名が汚される前にそうすべきかと」


私は初代の目に殺されるかもしれないと錯覚するくらい怖かったが、それでも逸らすことなく見つめ返した。


暫くその状態が続いたが、ぷっと急に初代が吹き出す。


そして大声で笑い始めた。


私は何が起きているんだと、状況が飲み込めず初代をただ呆然と眺めた。


初代は笑いすぎて涙を流していた。


何がそんなに面白かったのか全くわからない。


「はぁー。お腹いたい。笑いすぎた」


初代は笑いがおさまるとさっきまでの雰囲気とは一変し、人懐っこい笑みを浮かべた。


「わかった。そなたに全て託そう。本当なら私が始めたから私自身の手で終わらせないといけないのだが、もう死んでるからできないのだ。すまない。そなたには嫌な役をさせてしまうな」


初代は申し訳なそうに笑い、私に全てを任せると発言をする。


「……!」


私は「まさか!本当に!?」と期待した目で初代を見る。


「レイシー・カメリア。そなたをカメリア家最後の当主として認めよう。受け取りなさい」


初代は魔法で白い椿を作り出し渡す。


「ありがとうございます」


私はそれを受け取る。


白い椿は私の手の上で数回回ると消え、黄金の砂が私の周りに舞う。


綺麗だなと見惚れていると、急に全身から力がみなぎってくる。


これが初代の力。


なんて清らかで美しい魔法なのだと感動する。


「レイシーよ。今からそなたがやろうとしていることはとても困難な道だ。それでも私はそなたならできると信じている」


初代は私の頬に手を添えながら話しをする。


「はい。必ずやり遂げます」


「そなたが今から何をしようと関係ない。例え誰に何を言われようと挫けることは許さぬ。忘れるな。そなたは私が認めたカメリア家の人間だと言うことを。私の意志を受け継ぐ最後の子だ。そなたの幸せを誰よりも願っている」


初代の目は今まで見てきた人達の中でとても優しく慈愛に溢れていた。


私は納得した。


どうして今でもこの人が愛されているのか。


千年前の人達がどれだけこの人を愛していたのか。


「次に会うときは全てが終わったときだ。それまではここにくるのは禁じる。よいな」


「はい。そのときは沢山の花を持ってきます」


私は初代の優しさに感謝する。


私が今から何をしようとしているのか、きっと初代は気づいている。


気づいた上で私を認めてくれた。


そして私がやろうとしていることが大変だから、そっちに集中できるようここにくるのを禁じたのだ。


白い当主達は当主になってから毎月、ここに訪れていた。


私もそうすると確信していたから、少しでも負担もなくそうとしたのだろう。



ここにきてどれくらいの時間が経ったのか。


空が見えないため、月の位置で大体の時間を確認することができない。


もうそろそろ公爵達が帰ってくる、そんな予感がする。


時間が刻々と流れ、お別れの時間が近づいてくる。


まだ初代といたのに。


「……帰ってきたな」


初代は馬車の音が聞こえボソッと呟く。


その声はとても小さく私の耳には届かなかった。


「そろそろお別れだ。また会おうーー」


初代はそう言うと魔法を発動させる。


「え……?」


私は今、初代の口から信じられない言葉を聞いた。


どうして私の本当の名前を知っているのか。


そう尋ねたかったのに、眩い光に包まれたその瞬間、次に目を開けると部屋に戻っていた。


「あり得ない。あの人は何故、私が本物のレイシーじゃないと知っているの?どうして?……いや、そもそも何で私の本当の名前を知ってるの?」


私は窓の外から見える初代の銅像が急に怖くなる。


「貴方は一体どこまで知ってるの?」


私はふとさっき初代が言っていた言葉を思い出した。


私がここにきた理由も、何をしようとしているのかも全て気づいているのかもしれない。


さっきは公爵達や使用人達にしようとしていることを知られたと思ったが、もしかしたら違ったのかもしれない。


攻略キャラ達にもしようとしていることを。


だから「次会うときは全て終わっときだ」と言ったのか。


私はそこまで考えてこれ以上先を考えるのをやめる。


これ以上考えるのは危険だと本能が告げていた。


私は自分の勘がよく当たることを知っているのでそれに従い、これ以上何も考えなくていいように自分自身に睡眠魔法をかけて夢の世界へと逃げるようにして向かう。

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カメリアの王〜悪女と呼ばれた私がゲームの悪女に憑依してしまった!?〜 知恵舞桜 @laice

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