第2話

'……私はまだ夢を見ているようね'


真っ暗な世界から色鮮やかな世界に変わるも、目の前にいるのはスマホの画面で見たロベリア。


夢だと、そう思いたいのに何故か嫌な予感がする。


そのとき、さっきレイシーに言われた言葉が頭をよぎった。


'……まさかね'


私はそんなはずはないと否定する。


だが、ふと窓の方に視線を向けるとそこに映っていたのは私な顔ではなくレイシーの顔だった。


嘘だ。


そう思いたくても、窓に映っているのはレイシーとロベリアだけ。


私の髪と瞳の色が黒から赤へとかわっている。


それに着ているのも美しいドレス。


私はこんなドレス一度も着たことがない。


認めるしかない。


これは夢ではなく現実だと。


私は大人気乙女ゲームのラスボスの悪女、レイシー・カメリアになったのだと。




一旦頭を整理しよう。


そう思いグラスを持っていない手で眉間の皺を伸ばしながら状況を整理していると変な音がした。



ピコン。



[ミッション発生!]


30秒後に貴族達がここに来ます。この状況から上手く抜け出してください。もし失敗すればペナルティーが発生します。



'30秒後ってすぐじゃない!?それよりもペナルティーって?'


私はウィンドウに表示された内容を確認するなり悲鳴が上がりそうになり、慌てて手で口元を覆う。


いきなりゲームの世界に連れてこられたことでも頭が痛いのに、ミッションだなんて……


そもそもこの状況とは?


私は今何が起きているのか確認するため周囲を見渡す。


濡れたロベリアのドレス。手に持ったグラス。


この二つのヒントですぐに何が起きたのか理解できた。


どういった経緯でそうなったかはわからないが、レイシーがロベリアのドレスにわざとワインをかけたのだろう。


私が状況を把握している間に30秒が経とうとしていて慌ててグラスを床に落とし割る。


ロベリアはいきなり奇妙なことをする私を不審に思ったのか眉を顰める。


そうしているうちに時間が経ち貴族達が、ロベリアを見つけ部屋の中へと入ってきた。


最初はロベリアを見つけ喜んでいたが、部屋の中にもう一人いると気づき、それがレイシーだとわかった瞬間顔色を変えた。


「カメリア公女。また彼女に何かしたのですか?」


一人の男が私を睨みながら冷たい口調で言う。


'誰?こいつ?'


ゲームに登場すらしなかったモブキャラに喧嘩を売られカチンとくる。


何も知らないくせに、さも私が悪いみたいな態度を取る男に苛つく。


まぁ、レイシーがロベリアに嫌がらせしたのは間違いないけど。


私がやったわけではない。


そもそもレイシーが嫌がらせをしたところを見たわけでも、何故そうしたのか知らないくせに、全部彼女が悪いみたいな態度を取る男とその後ろにいる貴族達に我慢できずに喧嘩を買うことにした。


とりあえず、二度と私に喧嘩を売ろうと思わない程にボコボコにしてやろうと。


「言っている意味がわかりません。私が何をしたと?」


頬に手を添えながら馬鹿にしたような口調で話す。


そんな私の態度が鼻についたのか、男は顔を真っ赤にしてこう言った。


「シラを切るつもりか!ロベリア嬢のドレスを汚したくせに!」


「ああ、そのことですか。確かに彼女のドレスを汚したのは私です」


「ほらみろ!やっぱり公女のせいじゃないですか!人を傷つけるのがそんなに楽しいですか!?自分より立場の弱い人を虐めるなんて最低ですよ!公爵家の人間として恥ずかしくないのですか!」


男は私が認めたことで調子にのり、言いたい放題言う。


まるでアニメや漫画のヒーローにでもなったかのように。


そんなモブキャラの行動がおかしくて、ついぷっと笑ってしまう。


「……何がおかしいですか?」


男も他の貴族達も私の態度が気に食わないのか文句を言いながら睨む。



「恥知らずな女ね」


「さっさと謝罪すればいいものを。公女の弱い者虐めもここまでくると呆れる」


「同じ貴族として恥ずかしい」



自分達はロベリアを守るためにレイシーに文句を言う。


そんな雰囲気に酔いしれたのか、だんだん調子に乗りはじめる。


これ以上は聞いていられない。


そう思い、私はさっさとこの茶番を終わらせることにした。


「いえ、失礼しました。あまりにも馬鹿なことを言うのでつい面白くて笑ってしまいました」


「ば、馬鹿なことだと!?どういう意味ですか!公女自身もお認めになったはずです!ロベリア嬢のドレスを汚したことを!」


「はい。確かに認めました。ですが、何故私がわざとやったと思うのですか?事故とは思わないのですか?」


男達は私の口から「事故」という言葉が出てきたのがよっぽど面白かったのか、鼻で笑い馬鹿にしたような笑みをする。


「事故?そんなの信じられません」


ずっと黙っていた令嬢が見下した目をしながら言う。


その目に私はイラッとする。


感情的にならないよう心を落ち着かせ、令嬢から売られた喧嘩を買う。


「あなた達に信じてもらう必要はありません。そもそも私が何故彼女のドレスを汚したのか、見てもいない人達に文句を言われる必要はありません。私に文句を言えるのはただ一人。彼女だけです。あなた達は関係ありません」


私は満面の笑みを浮かべながら、心の中で彼らに中指を立てる。


「なっ!私達はロベリア嬢のことを思って……」


「それがいい迷惑なんです。そもそも、あなた達がくる前に私はロベリア嬢に謝罪もしましたし、ドレスも弁償すると言いました。彼女は私の謝罪を受け入れ、尚且つ私も悪かったと言って謝罪し、この件は終了していたんです」


全て真っ赤な嘘。


たった今作った作り話。


謝罪なんて私もロベリアもしていない。


でも、そんなの関係ない。


私はこの嘘がバレることはないと確信している。


だから、どれだけ嘘をついても今は問題ない。


「それなのに、何も知らない人達がヒーロー気取りで言いたい放題言ってくれたおかげで、話がややこしくなったんですよね。それについてどう思いますか、皆さんは?」


「……ロベリア嬢。今の話しは全て本当なのですか?」


最初に私に文句を言った男が青ざめた顔でロベリアに尋ねる。


嘘だと言ってくれ、と顔に書いてある。


男の横顔からでもわかるのだ、正面から見ているのなら尚更わかるだろう。


だが、彼女はわかった上でこう答えた。


「はい。本当です」


ロベリアは申し訳なさそうな顔で言う。


'やっぱりね。あんたはそういう女だと思っていたわ'


今の言葉を聞いてロベリアが腹黒い女だと確信した。


ゲームをしているときから何となくそんな感じはしていたが、ここまでとは思っていなかった。


ロベリアは自分を助けようとした彼らより、悪女のレイシーにドレスを汚されても許し、さらに謝罪をし仲直りした心優しい自分を取った。


ロベリアの本性に気づいているのは今この場にいる中では私だけ。


そのせいか彼らは、ロベリアがこんなにも優しい人だったのだと改めて知り感動していた。


'とんだ茶番ね'


見るに耐えないくらい酷い光景に吐き気がする。


これ以上ここにいるのは耐えられない。


さっさとこの茶番を終わらせ、屋敷に帰ることにした。


「誤解も解けたことだし、あなた達私にいうことがあるんじゃないかしら?」


私はニッコリと笑いかける。


彼らは私の言葉にバツが悪そうに咳払いをしながら言い訳をしだす。


最終的に日頃の行いが悪いから疑われるのだ、と私を非難し始める。


'呆れるわね。謝罪をするのがそんなに難しいことなのかしら'


私は彼らを冷めた目で見る。


「勝手に勘違いして私を批判したのに、その過ちを認め謝罪するのは難しいことなんですね。あ、いや、違うか。私のような問題児の公女に謝罪するのが嫌なんですよね?カメリア家には頭を下げれるけど、私には嫌だということですよね。それは私が公爵家として嫌われていることが原因ですか?」


私の言葉に彼らは顔が真っ青になる。


その通りだからだ。


だが、例え嫌われ者の公女だとしても自分達より爵位は上。


礼儀は守らなければならない。


もし、これが他の貴族達の耳に入れば彼らは社交界で次のターゲットとなる。


勿論、本来のレイシーが相手だったらロベリアを助けたヒーロとして社交界で噂され、いっときはヒーロー扱いされただろう。


だが、今ここにいるのは本物のレイシーではなく私だ。


今までのようにはいかない。


レイシーと約束した。


これからは誰も彼女を傷つけさせない、と。


「あら、何も言えないんですか?さっきまでの威勢はどうしましたか?弱い者虐めをするなとか言ってませんでしたか?」


「……」


彼らは何も言えず、ただ早く時間が過ぎればいいのと祈っていた。


「仕方ありませんね。謝罪どころか返事もできないとは。紳士淑女と言われる人達の行動とはとても思えませんが、これ以上ここにいても時間の無駄なので失礼します」


私は美しい一礼をし、この場から去るため扉へと向かう。


部屋から出る前に立ち止まり、美しい笑みを浮かべながらこう言った。


「今日のことは忘れません。あなた達も忘れない方がいいですよ。私、こうみえて根に持つタイプなので。このお礼は後日たっぷりとさせていただきます。あ、それとロベリア嬢。ドレスの請求はカメリア家にしてください。それでは、今度こそ失礼します」


聖女と言われるロベリアが自分にも非がある認めたのに、ドレスの請求などするはずがないとわかっていてあえてそう言う。


そうすることで、本当に今回はただの事故だと思わせることができるから。



私が去ったあと、貴族達は急に別人みたいに変わったレイシーに恐怖を感じた。


そして、馬鹿なことをしたと後悔していた。

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