第3話

「ああ、疲れた……」


誰もいないのを確認してから、おっさんみたいなため息を吐く。


「いや、本当何なの。勘弁してよ」


自分で言ったことだから誰にも文句など言えないが、それでも一つだけ言いたい!


「……誰だって!ゲームの世界にくるなんて思わないじゃん!」


自業自得。


そう言われたら何も言えないが、こんなことになるなんて誰も想像できない。


夢の中だろうと無責任なことは言うべきではない。


こんなことになるとわかっていたら絶対言わなかった。


いや、多分言ったかもしれない……


私は今回のことで、自分が思っている以上に馬鹿な人間だったのだと知る。


「この世界にきた以上、彼女との約束は果たす。必ず私があなたを傷つけた人、全員に復讐をする」


窓から見える空に向かってそう宣言をする。


この空の上に本物のレイシーの魂がいるのではないかと思い、暫く眺めているとこの世界にきてすぐに聞こえてきた嫌な音がまた聞こえた。



ピコン。



[ミッションクリア!]


報酬としてあなたの名声が2%上がりました。



「よかった。今回はミッションじゃないのね。さすがにこんなにすぐってことはないよね。でも2って……低すぎない?」


ウィンドウに表示された内容を確認してホッとする。


考えすぎだったとそう思った、そのときだった。


またさっきと同じ音が鳴る。



ピコン。



[ミッション発生!]



10秒後に庭園に移動します。攻略キャラの1人と遭遇しましょう。



私はウィンドウの内容を確認すると今度は「はぁああ?」と素っ頓狂な声を上げる。


そうしている間に時間は経ち、私は気づけば庭園に移動していた。




「ーーッ。痛い!何なのよ!もう!」


急に移動したせいで足元が床から地面に変わったことに驚き、小石にぶつかり転けてしまう。


そのせいで膝と手のひらを怪我してしまう。


早く起きあがろうとするも、転けたときに足を捻ってしまい立ち上がれない。


'嘘でしょう。こんな間抜けな姿を晒すことになるなんて。人に見られる前に立たないと'


いい大人が転けている姿など恥ずかしくて誰にも見られたくない。


そう思い早く立とうとするも足に上手く力が入らず焦ってしまう。


「……お前ここで何をしている?」


私は立ち上がるのに必死で声をかけられるまで人の気配に気づかなかった。


'最悪。こんな無様な姿を人に見られるなんて……'


声からして男だとわかるが恥ずかしいところを見られ顔を上げれなかった。


声なんてかけずに通りすぎで欲しかった。


私は恥ずかしさで何も言えずにいると男は無視されたことに苛立ったのか、さっきよりもキツイ口調で話しかけてくる。


「何故何も言わない。何かやましい事でもしているのか」


男の言葉に「何よ。こいつ」と思う。


今の私の姿を見て転けているのが何故わからないのかと男に対して腹が立つ。


大の大人が転けたせいで四つん這いになったなんて口が裂けても言いたくないと何故わからない!


私はこのまま何も言わずに黙っていたかったが、後ろから感じる男の気配に黙秘をしても無駄だと悟り口を開く。


「石に躓いて転けました」


小さな声で早口で言う。


本当は不思議な力によってここにきたせいで転けたとはいないので嘘を吐く。


「あ?何を言っているのか聞こえん。もっと大きい答えで言え」


男はもう一度言うように言う。


私は「一回で聞き取れや!」と心の中で悪態をつきながらさっきよりも早口でもう一度同じことを言う。


「だから、もっと大きい声で言え」


また聞き取れなかった男はもう一度なんて言ったか言うように指示をする。


私は男にそう言われ、デリカシーのかけらもない男にカチンときて、どうにでもなれとヤケクソでもう一度同じことを大声で叫ぶ。


「ですから、石に躓いて転んだんです!」


四つん這いの姿勢のまま顔だけ後ろに向ける。


怒りのせいで恥ずかしさも忘れる。


「……そうか。すまない」


私の気迫に驚いたのか男は謝る。


太陽の光で逆光になっているので男の顔は見えない。


さっさとどっかに行けと思っていると、男は私の願いとは反対に近づいてくる。


'え?なに……?'


男が近づいてくる理由がわからず驚いて固まっていると「立てるか」と手を伸ばされた。


「あ、ありがとうございます」


一人では起き上がれなかったので、男の好意を素直に受け取り手を掴み立たせてもらう。


「それで、なぜカメリア令嬢はここにいるんだ?」


男は私がレイシー・カメリアだと知っていた。


最悪だ。


社交界で笑いものにされるそう思ったのと同時に「まさか!この男!」と思いバッと顔を確認する。


ここに飛ばされたのは攻略キャラに会うため。


いや、そんなはずはない。


違ってくれ、と祈りながら男の顔を見る。


「……皇太子殿下」


攻略キャラの一人、皇太子のルドベキア・カルロスだった。


'よりにもよって、こいつかよ……!'


せめて魔塔主か次期大神官の攻略キャラの方が良かったと思う。


攻略キャラの中で一番苦手。


ルドベキアのルートも攻略したのでどんな性格かは知っている。


過去の出来事や今の彼の状況も。


攻略キャラは全員復讐相手なので会わないといけないが、できるならほとんど復讐を終えてから会いたいキャラだった。


それなのに、この世界にきてすぐに会う羽目になるなんて最悪としか言いようがない。


「ああ。俺のことを知っているのか。中々質問にも挨拶もしないから知らないのかと思っていた」


「大変失礼しました。帝国の新たな太陽になられる皇太子殿下にご挨拶申し上げます」


慌ててルドベキアに頭を下げて挨拶をする。


貴族の作法はレイシーの記憶を辿って何とかそれぽっい感じにする。


'ほぅ。噂ではカメリア家の問題児として礼儀はないと聞いていたが、中々美しい所作だ。さっきまでの姿とはえらい違いだな'


ルドベキアはさっきまで地面で四つん這いになっていた姿を思い出し、つい笑いそうになる。


「ああ。それで、俺の質問にはいつ答えてくれるのだ?」


「一遍に言えるか!」と叫びたいのをグッと堪えて、私は笑顔を浮かべながらこう言った。


「少し言い争いをしてしまい、一人になりたくて歩いていたら、美しい花が目に入りここにきました。許可も得ず勝手に庭園に入ってしまい申し訳ありません」


前半は本当のことだが、後半はそれぽっい理由を作る。


そもそもここには私が来たくてきたわけではないので悪いとはこれっぽっちも思ってないが、勝手に入ったことにはかわりないので一応謝る。


「……花が好きなのか?」


何か言いたげな、疑うような目をする。


私はまさかルドベキアからそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、一瞬「何言ってんだ、こいつ?」みたいな顔をしてしまい、慌てて笑みを浮かべる。


「ええ。私は好きですよ」


「その言い方だと嫌いな者もいると言っているように聞こえるな」


「はい。そう言っているのでそう聞こえるのは当然でしょう。全てのものに愛されるものなんてこの世には存在しません。花が嫌いだと言う人も存在しますよ」


元の世界で花が嫌いだと言っていた人を何人か知っている。


だから、嫌いな人もいると正直に言っただけなのに……


何故目の前の男は大声で笑っているのだろう。


頭でもおかしくなったのか、と疑いたくなるほどいきなり笑い出した。


私は怖すぎて今すぐこの場から逃げ出したくなる。

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