第13話
その頃のレオネル。
昨日、無事にカメリア家の騎士の試験に受かり今日から練習に参加していた。
昨日は決まり事や部屋の片付けに忙しくて情報を集めることができなかった。
今日こそ情報を集めようと誰でもいいから話しかけようと近づくと、男達の話しが聞こえてきた。
「聞いたか?オイケン伯爵、あのレオネルを誘拐してまんまと逃げられたらしいぞ」
レオネルはその言葉を聞いてドキッとした。
自分が消えたことはすぐに知れ渡ると思っていたが、まさか一介の騎士にも知られているとは思わなかった。
男達の会話に混ざって話を聞きたかったが、新米が先輩に気軽に話しかけるわけにはいかないのでストレッチをするふりをして会話を盗み聞く。
「ああ。聞いたさ。さすがに雪の王が逃亡したのはまずいから、情報提供者には謝礼として金貨10枚渡すらしいぞ。お陰で朝から情報提供者が殺到して皇宮は大変らしい」
「金貨10枚か……欲しいな」
「馬鹿。俺達は貰えないだろ」
「わかってるさ。よくて旦那様に褒めて貰えるくらいだろうな」
そう言うと男達は大声で笑い出す。
レオネルはそんな話はどうでもいいから伯爵のことを話せと思う。
「楽しそうだな。何話してるんだ?」
一人の男が男達の輪に入る。
「オイケン伯爵のことだ。もう知ってるだろ」
「当然だ。目撃者のお陰で犯人はすぐ捕まったが、肝心の男が見つかっていないせいで、昨日から団長は旦那様と一緒に皇宮に行ってるくらいだし。知らない方がおかしいだろ」
その男は心底迷惑そうな口調で話し出す。
レオネルは男の「目撃者」という言葉が気になるが、男たちは詳しいことは知らないのかそれ以上、その目撃者について話さなかった。
「確かに、それもそうだな。伯爵と実行犯達は全員牢屋に入れられて拷問を受けてるころだろ」
「じゃあ、もう大丈夫だな。団長の拷問に耐えられる奴なんていねーからな。情報提供なんて待たずに、すぐにあの負け犬も捕まるだろう」
男の言葉にレオネルは「その負け犬は今ここにいるけどな」と心の中で馬鹿にする。
「それがそうもいかないんだよ。それで済むならそもそも情報提供なんて求めないだろ」
「確かに。そんなに口が固いのか」
一人の男は団長の拷問に耐えられるなんてと、少しだけ、ほんの少しだけ尊敬する。
「いや、そういうわけじゃない。伯爵達はレオネルを誘拐した後の記憶が一切ないらしい。魔法でそのときの記憶を奪われたらしいんだ」
「は!?冗談だろ?」
「いや、冗談じゃない」
男は首を横に振る。
「で、でも魔塔主ならその記憶を取り戻せるだろ」
ずっと黙っていた男が二人の会話に入る。
「それが魔塔主以上の魔法使いみたいで、記憶を取り戻すのは無理みたいらしい」
その言葉に男達は絶句し、会話を聞いていたレオネルも言葉を失った。
'冗談だろ。帝国の魔塔主といったら大陸で一、二を争う魔法使いだぞ!それより強いって、本当にあの女何者だ!?'
レオネルはレイシーという女が何を考えているのかわからず怖くなる。
何故自分を助けようとするのか。
答えが見つからず余計に混乱し始めたそのとき、誰かが手を叩いた。
パンパンパン。
「集合!」
その声で一斉にその人の元にみんなが集まる。
レオネルも慌ててその人の元にいく。
「初めまして。新米諸君。私はカメリア家騎士団副団長のクリスだ。今日からよろしく。共にカメリア家を守ろう。では、早速訓練を始めよう」
その掛け声で皆、訓練を開始する。
「そこ!手を抜くな!そっちは座り込むな!罰として外周十周してこい!」
私は気分転換もかねて散歩していると男の声が急に聞こえビクッと体を揺らす。
「……あ、気づかないうちに訓練所の近くまできていたのね。気づかれる前に戻ろ」
レイシーは団員達からも嫌われているため、会うたびに睨まれたり聞こえる声で悪口を言われていた。
なので、できれば会いたくない。
そもそも会う必要性も感じない。
当主になったとき全員解雇すればいいだけだ。
基本関わることはない人達なので、わざわざ自分から関わりにいく必要はない。
そう思い私は来た道を戻る。
丁度その頃のレオネルは、訓練の途中で先輩達に木刀を持ってくるよう指示され倉庫にきていた。
木刀が積まれた荷台を押しながら倉庫を出ると、少し離れたとこに人がいることに気づいた。
「……ご主人様?」
後ろ姿でレイシーだと気づく。
何故ここに?と不審に思うも同僚に早くこいと言われ、一旦彼女のことは忘れて急いで訓練所へと戻る。
あれからすぐ部屋に帰った私は今日はもう何も考えたくなくて寝ることにした。
※※※
その日の夜のクラーク家。
今日はいつもより星が輝いているな、と部屋から空を見上げながら昼のことを思い出していた。
不思議な女性と会ったヘリオトロープは彼女のことを信じていいのか判断できず悩んでいた。
本音を言えば今すぐ彼女の提案を受け入れ治療に取りかかりたかった。
だが、もしまた失敗したらと思うと怖くて決断できなかった。
いや、それだけじゃない。
自分の体を見た彼女がやっぱり無理だと言って逃げ出したら、辛くて耐えられない。
ヘリオトロープは部屋でどうするべき考え込んでいると突然扉を叩く音がしてハッと我に返る。
トントントン。
「公爵様。私です」
執事長が扉の向こう側から声をかける。
「入れ」
ヘリオトロープがそう言うと執事長は「失礼します」と綺麗な一礼をしてから部屋の中に入る。
「どうした?」
ヘリオトロープの問いかけに執事長は顔を歪め言いにくそうにこう言った。
「旦那様の容態が悪化しました。呪いが最終段階に入ったのではないかと思われます」
クラーク家にかけられている呪いは五段階に分けられている。
一段階目は全身の血が毒に変わるため高熱が発生する。
二段階目は顔以外の全身が黒くなる。
三段階目は蛇の模様が体に浮かび上がり全身を締め付ける。
四段階目は全身が痺れ立つこともできなくなり寝たきり状態になる。
五段階目は死ぬまでの間、血を吐き続ける。
「そうか……もってあとどれくらいだ?」
「三ヶ月かと」
「……これから父上の看病は私がする。父上の部屋には誰も近づくな」
血は毒であるため触れれば死ぬことになる。
同じ呪いにかかっている者には効かないので、看病できるのはヘリオトロープしかないない。
「畏まりました。皆にもそう伝えます」
「頼む」
話が終わると執事長は部屋から出ていく。
執事長の気配が遠ざかるとヘリオトロープは机を思いっきり叩く。
「クソッ!……どうすればいいんだ!」
小さい頃からずっと父親に守られてきた。
母親はヘリオトロープを産んですぐ屋敷から去った。
最初は母親のことを薄情だと恨んだが、呪いが発現したとき仕方ないことなのだと諦めた。
母親がいなくても父親がその分愛情を持って育ててくれたし、使用人達も皆優しかったので不満はなかった。
父親が寝たきりになるまでは。
生まれて初めて彼は自分達の家系を呪った者を殺したいと憎んだ。
その相手はもう死んでいるので、その願いは叶うことはない。
ヘリオトロープはゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで父親のいる部屋へと向かう。
「父上。私はどうすれば貴方を助けられるのですか……」
ヘリオトロープは父親の手を握り、静かに涙を流した。
※※※
それからあっという間に時間は流れ、二週間が経った。
「……おかしい。何で未だに連絡がこないの?」
ヘリオトロープに会って遅くても三日後には連絡がくると予想していたのに、気づけば二週間も経っていた。
「諦めて他の人から好感度を上げるべきなのかな?」
私はベッドの上から動こうとせず、ぼーっと天上を眺める。
「どうしようか……」
やっぱり諦めるしかないかとそう思ったそのとき「お嬢さん。私の声は聞こえていますか?」とヘリオトロープの声が聞こえた。
一瞬幻聴かと思い自分の耳を疑ったが、机の上で通信ピアスが光っているのが見えた。
私は慌ててベッドから降り机のところまで走る。
「はい、聞こえています。覚悟は決まりましたか?」
ピアスを手に取り、口元までもっていく。
「はい。お願いします。私達にかけられた呪いを解いてください」
顔は見えないが声から今どんな顔をして、私に頼んでいるか簡単に想像できた。
「わかりました。必ず私がその呪いを解きましょう」
内心「遅いわ!」と思ったが、計画通りなったのでよしとする。
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