第12話
翌日正午。
私は今、町にいる。
私の記憶が正しいならレイシーは一度も町に行ったことはなく、私もこの体になって初めて町に出た。
何が言いたいかというと、ただいま絶賛迷子中だということだ。
知らない土地でスマホもなく一人で町に出るなど自殺行為だ。
転移魔法があるから家に戻るのは問題ないが、これではどんなに時間があっても目的に辿り着けない。
せっかく大金を持って、ようが終わったら遊ぼうと思っていたのに、迷子でそれどころではなくなった。
途方に暮れていると、どこからか「危ない!逃げろ!」という声が聞こえた。
慌てて声が聞こえてきた後ろを振り返ると、馬が暴れていて馬車が町の中を暴れながら進んでいた。
'まずい!'
そう思ったときには既に遅く、目の前に馬がいた。
防御魔法を慌てて発動させようとしたが、それより早く何かに腕を引っ張られた。
「大丈夫か」
腕を掴まれたまま後ろから声をかけられる。
「はい。大丈夫です。ありがとうございました」
助けてくれた人の顔を見ようと後ろを向くと、驚きのあまり固まってしまった。
そこにいたのは味方にしようと接触をはかっていたヘリオトロープだったからだ。
「すまない!」
ヘリオトロープは慌てて私の腕から手を離す。
きっと私が怖がっていると勘違いしたからだ。
ヘリオトロープは攻略キャラ達の中ではレオネルの次に攻略しにくいキャラだった。
それは呪われた公爵家という設定のせいでだ。
彼の家は何代にも渡って呪いが継承されている。
その呪いとは全身が黒くなり、血は毒となり人を簡単に殺すことができるというもの。
そしてこの呪いの最も怖いところは死ぬまでに子供を作らねば、半径10キロ圏内の者を殺す毒が発生するという点だ。
そのせいで、クラーク家の者はずっと普通の生活を送ることができなかった。
初代当主の時から呪いを解こうと、あらゆる手を尽くしてきたがどれも駄目だった。
ただある神官がその呪い自体は何か特定できなかったが、解く方法を見つけそれを教えたがそれができる者はそのとき誰もいなかった。
だが、その日からクラーク家は諦めずその者を探し続けた。
例え見つけたとしても魔力が足りず逆に呪いを解く前に死ぬことになるため誰も手を貸そうとする者はいなかった。
だが、絶大な魔力を持つ私なら話しは変わる。
私はこの場から去ろうとしているヘリオトロープの腕を掴み笑顔を向けお礼を言う。
「助けていただきありがとうございます。公爵様」
「……私のことをご存知で?」
怯えたような目で私を見つめ、震える声でそう尋ねる。
「はい。当然です。私は公爵様に会いたくてギルドに向かっている途中だったので」
カメリア家の屋敷とクラーク家の屋敷はかなり離れている。
いきなり会うのは難しいのでギルドで治癒能力があると登録し、ヘリオトロープと接触しようと考えていた。
それなのに、今目の前にヘリオトロープがいる。
何故自分の領土でなく、カメリア家の領土にいるかは謎だがこの際どうでもいい。
なんとしてでもこのチャンスを利用する。
早く接触できたことで、計画していたときよりも好感度を上げれる可能性がでてきたので喜ぶ。
「どうして私に?」
ヘリオトロープは警戒する。
「公爵様の呪いを解く手助けをしたくて」
私ならできると自信満々に笑いかける。
その笑みが妖艶で、ヘリオトロープは悪魔の甘い囁きに惑わされる人間の気持ちがわかった。
「冗談はやめてください。私は……」
彼は何かに怯えるように私の腕を払う。
「冗談ではありません。私はこの帝国一、いや大陸一の魔法使いです。その中でも治癒能力は私の専売特許です」
レイシーの裏設定に書かれていたので間違いない。
だが、当の本人は一度も誰かを治療したことがないのでそのことを知らなかった。
レイシーだけがクラーク家の呪いを解くことができる。
ヒロインのロベリアはヘリオトロープの呪いを結果的に解くのに成功したが、それは彼のルートのときだけ。
女神がヘリオトロープの美しい愛に心を動かされ、二人に幸せになって欲しいと彼の呪いだけ解いた。
結果的にヘリオトロープは幸せになったが、父親の呪いは最後まで解けることなく苦しみながら死んだ。
つまり、この世界でクラーク家の呪いを解くことができる者は私以外存在しないということ。
「……」
ヘリオトロープはまだ私の言葉を信じられず、どうするべきか悩む。
もし嘘だったら、と思うと期待した分だけ辛くなる。
「いきなりそう言われても困りますよね。もし、私の力が必要になったらご連絡ください。これは私が作った通信魔道具です」
「……これがですか?どう見てもブレスレットにしか見えませんよ」
本来の通信魔道具とは全然違うため、本当に使えるのか心配になる。
この時代の通信具は水晶の形をしたもので持ち運ぶのが不便で普段使うことはできない。
「ええ。つけてみてください」
ヘリオトロープは言われた通りブレスレットをつける。
「これでいいですか?」
「はい。では私は少し離れたところから声をかけますので、動かないでくださいね」
私は30メートルくらい離れる。
上手く作動するように祈りながら、ピアス型の通信魔道具を触り話しかける。
「公爵様。私の声は聞こえますか?」
「……はい。聞こえます」
本当にブレスレットから彼女の声が聞こえるとは思わず驚いて、彼女とブレスレットを交互に見てしまう。
『なら、よかったです。戻りますね』
彼女はそう言うと走って戻ってくる。
「どうですか?私のこと少しは信じてくださいましたか?」
「……素晴らしい才能を持っていることは認めます」
それでもヘリオトロープは私を拒否しようと距離を取る。
例え目の前の女性に魔法の才能があるとしても、幼い頃からどれだけ手を尽くしても呪いを解くのは無理だった。
信じろと言われても簡単に信じられない。
きっと自身の能力を過大評価しているだけだと言い聞かせ、期待しては駄目だとその手を掴むのをやめる。
「わかりました。もし気が変わったらいつでも連絡してください。公爵様が望めばいつでも使えますので」
思った以上にヘリオトロープの状況は深刻だと気づき、無理強いするのはよくないと考える時間を与えることにした。
どうせ、最後には駄目元で試すだけ試そうという結論になるとわかっていたから。
「では、私はこれで失礼します」
私は軽く頭を下げるとその場から離れ、人通りがいない場所に出ると転移魔法を発動させ自分の部屋へと戻る。
「……!」
私の後を追っていたヘリオトロープは一瞬で消えたのを見て驚いて慌ててその場に駆け寄る。
周囲を見渡し人の気配を探るが近くには誰もいない。
「まさか、彼女は転移魔法が使えるのか……?」
転移魔法は高度で使えるのは一部の優れた魔法使いのみ。
若い子が使える代物ではない。
もしかしたら本当に世界一の魔法使いなのかもしれないと期待して、ヘリオトロープは自分の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「……信じてもいいのだろうか?」
ヘリオトロープはそっとブレスレットに触り、暫くその場から動けなかった。
転移魔法で無事部屋に戻ることができた私はため息を吐きながらベッドにダイブする。
「疲れたー」
おっさんのような声が出る。
疲れすぎて素が出てしまう。
私は「よっこらせっと」とおっさんのような掛け声と共に体を起こし、ヒールを脱ぎベッドの上に座り、さっきのことを思い出し頭を悩ます。
「攻略キャラ達の中では難易度は高いほうだけど、治療魔法をだしに使えばなんとかなると思ったのに……ヒロインじゃないと駄目ってこと?」
一番攻略難易度が高いレオネルは条件付きで傍にいてくれるから、ヘリオトロープなら呪いを解くと言えば簡単に距離が縮まると思ったのに。
ヒロインのときは出会ってすぐ距離が縮まり、他のキャラと比べたらそこまでの障害もなくハッピーエンドを迎えた。
「てか、そもそも何で二人の距離があんなに縮まったんだっけ?」
ヘリオトロープの態度を思い出し、ヒロインでも無理だと思う。
目は怯え、触られるのも触るのも嫌がっていた。
あれで何で縮まるの?
思い出しても他のキャラと大して変わらない。
唯一違うのは出会った日だ。
ヘリオトロープ以外の三人は社交界にデビューして面識あるが、距離が縮まったのはレイシーにワインをかけられた日からだ。
「ん?もしかして、あの日か……?」
この世界にきた日が攻略キャラとヒロインが仲良くなるイベントだったことに気づく。
ワインをかけられ陰で泣いているヒロインをヘリオトロープが慰められるというところまでがイベントだが、来て早々そのイベントを台無しにできたことに喜ぶも、すぐに意味はないと悟る。
「いや、でもあれだけじゃあ流れを変えることはできないわね」
きっと、私が帰ったあとに流れを修正されたはずだ。
ここは現実とは違いゲームの中の世界。
流れを変えるにはあの程度では無理だ。
その証拠に使用人達の態度が未だに変わらない。
強いて変わったのは食事が良くなったくらいで一部を除いては今まで通りだ。
その一部も私を見て怖がっているが、裏では悪口を言っていることは知っている。
「……いや、今考えるのは使用人達じゃなくて公爵のことよ」
いつの間にかヘリオトロープから使用人達への今後の対策に変わっていて慌てて軌道修正する。
「……んー。全然わかんないわ。一体ヒロインは何をしたの?唯一レイシーがヒロインに負けているところっていったら神聖力が使えるかどうかでしょう……あ!そうよ!神聖力よ!」
私は勢いよく立ち上がりヒロインが聖女になった日のことを思い出す。
聖女になったヒロインは神殿でクラーク家が代々呪われていることを知り、助けようとヘリオトロープに会いに行ったことを!
「あー!なんでこんな大切なことを忘れてたの!?聖女になられたら、攻略キャラ達を一気にもっていかれるわ!」
ヒロインが聖女だったことを忘れていて計画を考え直さないといけない。
そのせいで頭が痛くなる。
ヒロインが聖女になる前になんとしても好感度を上げないといけない。
「ヒロインが聖女になったのはいつだっけ?」
レオネルとヘリオトロープには聖女になってから会ったので他の三人のルートの内容を思い出す。
記憶を頼りにその日を思い出したが、その事実に私は言葉を失う。
「……冗談でしょう。1年も残ってないじゃない……」
5ヶ月後にある儀式で当主になるための準備とカメリア家の者と使用人達に復讐する準備でそれどころではない。
それと並行してヒロインに奪われないくらいの好感度をレオネルとヘリオトロープだけではなく残りの三人にもしないといけないと思うと、さすがに泣きたくなった。
「詰んだわ……」
私はこれからのことを考えると乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
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