第15話
「わかりました。お父上の治療も全力でさせていただきます」
何をそんなに躊躇っているのかと思ったが、言われるまでもなく最初からそのつもりだった。
ヘリオトロープより父親の方が影響力は高い。
儀式のとき父親もいれば私を助けてくれる可能性は高まる。
それに父親を助ければ好感度が爆上がり間違いない。
「そう言ってくださり、ありがとうございます。ですが、決めるのは父に会ってからにしてください」
ヘリオトロープの顔は険しく、その表情を見ただけで父親の容体がよくないとわかる。
死ぬのは一年後だが、ゲームでは呪いで死んだとしか記されてなかったので父親の情報はないに等しい。
見ればわかるか、そう思い私は「わかりました」と返事をし彼の後をついていく。
私は父親の容体を見て言葉を失う。
あり得ないことが起こっていたからだ。
父親の呪いが最終段階の五段目に入っていたからだ。
この段階になればもって三ヶ月。
早ければ二週間で死ぬ。
「公爵様。お父上がこの状態になられたのはいつですか?」
ゲーム通りならこの状態で一年生き延びたことになるが、違う可能性もある。
急がないと手遅れになる。
ラスボスといえどこの呪いを解くにはありったけの魔力を注ぎ込むしかない。
私は家に帰るのを諦め父親の治療に専念することを決める。
「二週間前です」
二週間前と言ったら私と会った日だ。
これで納得した。
なかなか連絡がこなかったのは父親の看病で手一杯でそれどころではなかったからだ。
ようやく父親の容態が良くなり、藁にもすがる思いでさっき私に連絡をしたのだ。
顔がやつれているのはそのせいだろう。
ここにきたときは忙しいせいかと思っていたが。
「それで父上の治療も可能でしょうか」
ヘリオトロープは不安そうな顔で私を見る。
「ええ、もちろんです。お二人の呪いは私が必ず解きましょう……」
今から治療します、とそう続けようとしたのに久しぶりにあの音が聞こえたと思ったそのとき、目の前にウィンドウが表示された。
ピコン。
[注意!]
ノエル・グライナーに治癒魔法をかけるのは危険です!体力が持ちません!まずは体力を元に戻してください!但し、回復魔法を使わないでください。体が持ちません。
薬草を使って回復させてください。
[材料]
黄金の涙。アリアの実。銀色の葉。月光水。聖花草。
'……は?冗談でしょう'
私はウィンドウに表示された内容を見て絶句する。
途中まではわかるが、最後の材料の欄に表記された言葉に目を疑い何度も確認をした。
聞いたことも見たこともない言葉に頭が痛くなる。
どうやって見つけろと?
私が険しい表情で黙り込んだことに不安に思ったのかヘリオトロープは「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。
「はい。大丈夫です」
大丈夫ではないが、ウィンドウは私しか見えないので言っても意味がない。
言ったところで信用もされないだろう。
「あの、聞きたいことがあるのですがいいでしょうか?」
「はい。何でも聞いてください」
「黄金の涙、アリアの実って聞いたことありますか?」
この世界と元の世界では何もかも違う。
わからないのなら聞けばいい。
そう思って聞いたのだが「……すみません。わかりません」と申し訳なさそうに言われる。
「そうですか……」
ヘリオトロープの返事を聞いて自力で探すしかなくなった。
終わった。
楽勝だと高を括っていたのに、まさかの落とし穴に泣きたくなる。
「あの、それが何か関係あるのですか?」
「お父上の治療に必要でして……すみません。今日は一旦帰ります。後日、また来ます」
私はこれ以上ここにいたら頭の限界で倒れると思い早口で帰ると伝える。
「わかりました。今日は本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします。カメリア嬢」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
私は笑顔を向ける。
頬が引き攣る前に転移魔法を発動させ家へと戻る。
私が消えるとヘリオトロープは父親に近づき手をそっと握る。
「父上。奇跡が起きました。きっと、父上のこともカメリア嬢が救ってくださいます。もう少しだけ耐えてください」
彼は震える声で寝ている父親に話しかける。
寝ているノエルには息子の声は聞こえるはずなどないのに、その言葉を聞いた瞬間父親の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「あー、疲れた」
グライナー家から部屋に戻ると私はおっさんのような声を出しながらベットにダイブする。
魔法を使うのにはもう慣れたので体は疲れたりしないが、さっきのウィンドウのせいで頭が痛い。
ヘリオトロープが知らないとなると、この材料達は一般的には知られていないということだ。
それを自力で探さないといけないと思うと、これからどれだけ大変な目に遭うか簡単に想像がつく。
せめてヒントでも、もらえないかと思い「ウィンドウさん。ヒントくれませんか〜?」と天井に向かって小声で話しかける。
シーン。
反応しない。
そんなに期待していなかったし、予想通りだったのでそこまで落ち込まないが、やる気は当然削がれる。
パンパン。
私は思いっきり両手で頬を叩き気合いを入れる。
「いっちょやりますか!」
私はとりあえずカメリア家にある秘密の書庫を探すため家中を歩き回る。
ウィンドウに書かれた材料はゲームをしているときには登場しなかった。
これはあくまでも憶測だが攻略キャラ達はこの材料の存在を知らない。
だが、存在はしている。
この世界でそれを知っている可能性があるとしたら、間違いなくカメリア家の初代当主だ。
そして、それらの在処の場所を書いているものを残しているとしたら秘密の書庫しかない。
設定では秘密の書庫はあると書かれていたが、どのルートでもそれは言及されなかった。
あくまでこれは私の憶測だ。
外れている可能性は高いが、今はそれに賭けるしかない。
だが、問題はもう一つある。
それは秘密の書庫がどこにあるか誰にもわからないということ。
これを知っているものは初代を除くと三人だけ。
その三人は儀式に成功し、初代に認められた者達。
どうやって知ったかは不明だが、三人がその場所を知ったのは儀式の後。
間違いなく何らかの方法で初代から教えてもらったのだろう。
私も儀式に成功すればすぐにわかるのだろうが、そんな悠長なことを言っている暇はない。
何としてでも自力で見つけるしかない!
そう意気込むも、結局見つけることはできずその日の捜索は諦めた。
次の日。
私は朝から探し始めて半日が経ち、足がヘトヘトで立つのも辛くなった頃、あることに気がついた。
それは、屋敷の中が常に変わっているということだ。
部屋の配置や家具が変わっているというわけではない。
だけど、何かがずっと動き続けている。
生き物でも、人工的に動かされているわけでもない。
魔力によって動かされているといった感じだ。
魔力?
'……あ!'
私は今ので一つの仮説を思いついた。
それを立証するため、私は歴代のカメリア家のことが記された書庫に急いで向かう。
「やっぱり!そういうことだったんだ!」
私は歴代のカメリア家の書物を見て謎が解けた。
何故屋敷が常に変わるのか、何故魔力で動くものがあるのか。
全ては私の魔力が動かしていたのだ。
これは隠された記録だが、魔力をもった者は偶に何かが動く音が聞こえることがあったという。
特に静かなときや寝る前にはよく聞こえたと。
それは、その時は何もせずただじっとしていたからだろう。
何もしていない時、魔力をもっている者は無意識に他の魔力を感じるときがある。
強ければ強いほど、よく知っている魔力ほど人は無意識に探してしまう。
だから、その状況のとき自分の魔力で動く何かを感じていたのだろう。
私はここにきてから馬車馬のように動いていたので、ベッドに入るとすぐ寝ていたので気づかなかったのだ。
「多分、いや間違いなく屋敷の中を動いているのが秘密の書庫でしょうね……」
常に魔力で動いているので、カラクリに気付いても入ることが難しいということだ。
こんな仕掛けを作る初代を私は遊びが好きな子供のような大人だとも思うし、恐ろしい人だとも思う。
これはきっと初代からの試練なのだろう。
そして、それを突破した者は誰もいない。
あの三人でさえ突破できなかったものだ。
「面白いわね!」
もう死んでいる初代から私は会っていろんな話を聞きたくなる。
何となくだが、仲良くなれる気がした。
「さてと、私の仮説は当たっているかな」
私は仮説を立てたときに秘密の書庫に入る方法も考えていた。
それを証明するため、私は壁に手を当て、そこに魔力を少しだけ注いでいく。
「私はここだ。扉よ、現れろ」
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