第16話

私は閉じていた目をそっと開ける。


するとさっきまで壁だったところが、扉に変わっていた。


「よっしゃあー!」


私はガッツポーズをして喜ぶ。


仮説は正しかった。


私の魔力で動くなら、私の呼びかけに応じるのではないか。


常に動くものを捕らえるのは難しい。


なら、向こうから来てもらうしかない。


普通、こんな馬鹿げたことを考えて実行するものなんていない。


私も少し前までそう思っていたが、初代のことを遊びが好きな子供のような大人だと思ったとき、この人ならそんな答えにしそうだと思った。


「何にせよ。見つけれた」


私は達成感を感じながら、秘密の書庫の扉を開け中に入る。


私が入ると壁に現れた扉は消え、また動き始めた。




「……これは、すごい量ね」


秘密の書庫と言われるくらいだから小さい部屋なのだろうと想像していたが、まさかの広さに驚きを隠せない。


ゲームで見た皇宮の図書館や国立図書館の5倍以上広い。


「ここから探すの……?」


本好きが見たら大喜びする場所だが、今の私には地獄のような場所だ。


眉間の皺を伸ばしながら、げんなりした顔で本棚に近づく。


探し始めて7時間が経過した。


体力の限界を迎えた。


食事も水もここにきてから一切口にせずに探し続けたのだから当然だ。


もう今日は無理だ、と床に倒れたそのとき頭に何か落ちてきた。


「いったー!何なのよ!」


頭をさすりながら落ちてきたものを睨みつける。


「……エドゥリアーナ」


帝国語で祝福、恩恵という意味の言葉だ。


「これだ!」


言葉の意味を理解して、すぐにこの本が私の探している材料を記してある本だと確信する。


私は本を開き、内容を確認する。


全ての材料はこの本に記されていた。


だが、問題は場所だ。


記された内容を確認すると、どこも危険な場所で、死ぬ可能性がある。


だが一番問題なのは距離だ。


一番遠いところだと移動に一カ月以上かかる。


時間がないのにこれでは難しい。


帰りは転移魔法があるので問題ないが、これでは父親を今すぐ助けるのは難しい。


私はため息を吐く。


「……何でこんなに遠いいのよ!特に、この銀の森ってところは!」


私がそう言うと急に本が光り出す。


眩しくて目を閉じる。


一体何が起きたのか理解できなかった。


暫く目を閉じていたが、光が消えたので目を開けると、そこはさっきまでいた場所とは違い知らない場所だった。


「……は?ちょ、え、は?どこよ!ここは!」


私は自分に何が起きたかわからず大声で叫ぶ。




「……もしかして、ここは銀の森なのかしら?」


周囲を見渡すと本に記載された銀の森の特徴と一致していた。


もしそうならどうやって私はここに来たのだろうか?


私はあのとき魔法は使っていない。


考えられるとしたら……


私は左手に持っている本を見る。


銀の森という言葉に反応してここに連れてきたのか?


「……もしかして、この本は記載された場所の名を言えば移動できる代物なのかしら?」


もしそうだとすれば簡単に材料を手に入れられる。


私は銀の森の中心にある、この森の名前の元となった銀の木を目指す。



「……ここどこなの?もう疲れた。一体いつになったら着くのよ」


何時間も歩いたのに一向に銀の木の元に辿り着けない。


家に帰らなくても使用人達は何も思わないだろうが、お腹が空きすぎて限界だ。


歩く気力もない。


一旦家に帰ろう。


私は捜索を諦めて一旦家へと戻る。


服が汚れているも魔法で綺麗にする気力もなく、厨房へと向かい食事を受け取る。


私が現れると料理人たちは怯えた表情で見てくるが、相手にする気力もなく部屋へと向かう。


「……体に染みる」


スープを一口飲んだだけだが、疲れた体にはよかった。


いつもより食べるスピードは遅いが全て平らげた。


おかげで満腹だ。


もう一度銀の森に行こうと思うも、疲れたせいか、お腹が満たされたからかはわからないが急に眠気に襲われ、そのまま寝てしまう。


次の日、目覚めるとまた銀の森へと向かい銀の木を探す。


結局見つかったのはその二日後だった。


たった一個見つけるのにこんなに時間も体力も使うとは思わず、この案件に首を突っ込んだことを死ぬほど後悔した。


ここまでした以上後に引くなどという考えはないが、残りの材料を見つけるのも大変で全部見つけるのに二週間以上かかった。


魔物に襲われたり、急に風に吹っ飛ばされ死にそうになったり、天気が急に崩れ土砂降りになったり、川に落ちて魔物に引き摺り込まれそうになったり、と最悪な材料集めだった。


もし私に、ラスボスの力がなければとっくに死んでいただろう。


その力のお陰で死ぬことはなかったが、体力はとっくに限界を超えていた。


それでも早くこの薬草を持っていって回復させなければと思い、転送魔法を発動させようとすると、また最悪のタイミングであの音が聞こえた。


'今度は何よ……'


げんなりしながら内容を確認する。



ピコン。



[回復薬の作り方]


1.アリアの実と聖花草をすり潰して混ぜてください。


2.月光水に1を入れて水色になるまで混ぜてください。


3.水色になったら黄金の涙を一滴いれてください。水色の中に金の花が現れたら成功です。


4.最後に銀の葉を入れ、それが溶けたら完成です。



「まぁ、これなら簡単か」


早く回復薬を渡したいので早速取り掛かる。


だが、思った以上に大変だった。


聖花草をすり潰すのは簡単だったが、アリアの実はすり潰すどころか割ることすらできない。


魔法で破壊しようとするが、魔法を打ち消す力があるのか触れた瞬間魔法が消える。


仕方ないので木の棒で叩き割ろうとするも硬すぎてビクともしない。


何百回も木の棒で叩き続けてようやく割れた。


手が痛いすぎて何度投げ出して寝てしまもうかと思ったか。


それでも作業の手を休めることはしなかった。


呪いで苦しんでいる父親を早く救いたかったから。



作り始めて9時間。


寝る間も惜しんで作ったおかげで回復薬を完成させることができた。


暗かった空も、もう太陽が登っている。


眩しすぎて目を開けられない。


寝たい。


ベットはそこにある。


寝てから持っていってもいいじゃないかと甘い誘惑に負けそうになるが、これ以上待たせるわけにはいかないと私は魔法を発動させグライナー家にいく。


寝不足ではなく、正常の判断ができていればこんな朝早くにグライナー家に行くことはなかったと後から、今日の出来事を私は後悔する。








「……もう、二週間か。やっぱり逃げたんだろうな」


ヘリオトロープはレイシーをこれ以上待っても無駄だと諦める。


右手の呪いは解けたが、父親の状態を見て怖くなって逃げ出したのだと思う。


仕方ないことだ。


血に触れれば死ぬことになるのだから。


彼女は悪くないと思うと同時に、なら何故あんな期待させるようなことを言ったのか憎くなる。


こんなことなら彼女と出会いたくなかった。


呪いが実際に解けたのに、これ以上治療してもらえない。


それが自分達にとってどれほど残酷なことか誰にも理解できない。


ヘリオトロープはこれ以上呪いを解く方法を探すのは諦めると決め、今まで集めて資料も全て燃やすことにする。


ベットから起き上がり、父親に会いにいこうとしたしたそのとき、自分の上に何かが乗った。


ヘリオトロープは何が乗ったのかわかると目を見開き、ブワッと目頭が熱くなるのを感じた。


ほんの少し前に諦めると決めたのに、彼女を見た瞬間その決意は簡単に破られた。


よかった。来てくれた。


そう言おうとしたが、彼女の顔色の悪さに気づき、一瞬で喜びから心配へと変わる。


「カメリア嬢。大丈夫ですか!?顔色が悪いです!今すぐ医者を……」


話している最中に彼女の手が私の口を押さえる。


「公爵様。大丈夫です。ただの寝不足なので。それよりこれを」


そう言って私は回復薬を渡す。


「これは……?」


ヘリオトロープは私に渡されたものを不思議そうに見る。


水色の液体の中に金の花が咲いているのだから誰でもそう思うだろう。


「回復薬です。これをお父上に飲ませてください。それで体力が回復します。呪いを解くことはできませんが、まずは体力を元に戻さないと治療中に死にますので……これを飲めば一週間で元に戻ります」


「まさか、この二週間ずっとこれを作っていたのですか?」


「はい。そうです。本当はもう少し早くくる予定だったのですが、思ったよりも材料がわかりにいく場所あったので見つけるのに時間がかかりました。持ってくるのが遅くなり申し訳ありませんでした」


私の言葉を聞いてヘリオトロープは来なかった理由が、父親の治療のためだと知り、少しでも疑った自分が許せなくなる。


「……あ、もしかして、あのときに黄金の涙とアリアの実を聞いたのは……」


「はい。その二つもこの回復薬を作る材料です」


まだ三つあるが、わざわざ言うこともない。


それより早く帰って寝たい。


「では、私は帰ります。また、一週間後に来ますね」


「あ、はい。本当にありがとうございます。カメリア嬢」


私は彼からのお礼に笑みで答え、家へと戻る。


ヘリオトロープは私を見送った後、寝巻きの姿のまま父親の部屋へと急いで向かう。


父親の症状は五日前から悪化した。


その日から目を覚まさない。


本当なら起きているときにちゃんと説明してから飲ませたかったが、今はそんなことを言っている状況ではない。


ヘリオトロープはレイシーのことを信じて寝ている父親にゆっくりと回復薬を飲ましていく。




その頃の私は魔法で部屋に戻ると死んだように眠りについた。

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