第16話① 龍脈が発生したか

 山が近すぎるため、壁に囲まれ空が蓋をするような場所だった。道路は谷間の平地を縫うようにして続き、先は緩いカーブで山向こうに姿が消えている。

 その道を白い流れとなったコタマが押し寄せ、疎らに並ぶ住居を削るように突き進み、犬小屋を蹴散らし、標識や電柱をわさわさと揺らしていた。

 慎之介がコタマと戦っているのは信号のある交差点だ。

「ほんっと、凄いわね」

 咲月たち特務四課は、交差点から続く橋の手前で待機している。下手な手出しはむしろ邪魔になるからで、何もせず目の前の戦いを見ているしかない。

 少しずつコタマが橋に近づきだした。

 咲月が見たところ、それは慎之介が故意に通しているものだ。ある程度の倒せる数を通してくれているらしい。本当に気が利いている、どこまでも。

「抜刀、迎撃態勢に入って」

 指示に気合いに満ちた応諾が帰って来た。

 特務四課の皆は目の前で繰り広げられる戦いぶりに高揚しているようだ。

「みんな、深呼吸をして。私からの注意はそれだけ。日頃の訓練通りに行動すれば大丈夫。それが一番大事だから」

 部下に注意した咲月だが、その言葉は半ば自身に向けたものだった。慎之介の戦いぶりには、背筋がぞくぞくするような興奮を感じており、今にも飛びだし肩を並べ戦いたい気分になっていた。

 ――落ち着かないと駄目。

 咲月は特務四課課長である。課長は部下をマネジメントして、管理指導しながら課全体をまとめねばならない。だから先頭に立って突っ込むことは許されない。

 深呼吸してコタマをしっかりと見据える。


 表面が真っ白でのっぺりした質感で、長い手を振り上体を揺らした動きだ。単体であれば問題ないが、物量で圧してくる相手のため、常に周囲に気を配り囲まれないようにする必要があった。

 全体を見計らう咲月は、コタマが迫ってくる姿に頷いた。

「志野さん、二人連れて対応を。残りは待機」

 じりじりして待っていた志野が部下の名を呼び前に出ると、呼ばれた二人が咲月の脇を走り抜けて続いた。コタマは橋の半ばまで来ている。欄干の側から近づいた人間に向きを変え進みだした。

 一人が刀を上段に構えてコタマに向かった。だが見当違いの場所に向かって刃を振り下ろしている。当然空振りだ。嘘みたいなミスだが、緊張し過ぎればそうもなる。それを補佐するのが志野で、素早く動いてコタマを斬り、もう一人が緊張する仲間の背中を叩いて活を入れている。

 他の者が自分の番を待ちかね、請うような目を向けてくる。

 ――私だって戦いたいのよ。

 心の中で文句を言うが、咲月の動く時ではない。目の前の敵を倒す事も確かに大事だが、もっと先を見据える立場として部下に少しでも多くの経験を積ませる必要がある。それも出来るだけ慎重にだ。

「赤津君、二人選んで交代準備。でも合図するまで動かないで」

 咲月は背筋を伸ばしたまま全体の様子を見やる。慎之介の戦い、そこから来るコタマの動き、志野たちの戦い、部下たちの状態。

 全体を見ながら指揮をとる、それがいま咲月がやるべき事だった。


 慎之介は越後守来金道を突き出し、コタマの二体をまとめて刺し貫いた。そこに士魂を流し込む。コタマは爆発するように弾けた。

 流石に疲れを感じていた。

 疲れているのは身体だけでなかった。目まぐるしい思考を続ける頭も、さらには絶えず使い続ける士魂も疲れているような感覚がある。

 強さでは慎之介の方が遙かに上回るが、コタマは数が多く恐れる事をしない。仲間の死骸を乗り越え次々と襲ってくる。今も斬り倒したコタマを押しのけ次が来た。

「おっと!」

 地を蹴ったコタマが飛びついている。

 慎之介は素早く後退するが、足元のコタマの死骸にわずかに足を取られた。そこに周囲から一斉にコタマが飛びついてくる。

 だが、その全てを念動力で弾き飛ばした。

「片付けついでに!」

 足元に大量に転がるコタマの死骸を浮き上がらせ、それを旋回させながらコタマの群れに叩き付け巻き込んで打ち倒す。

 士魂の使いすぎか、頭痛が酷く身体の芯が重くなる。

「まったく、よう終わりゃせん」

 思わず出た言葉は、母が偶に呟いていた愚痴だ。それに気付き、こんな時に嬉しくなって苦笑してしまう。だが、それで少しだけ心に余裕ができた。

 お陰で気づけた。

 顔を上げると濁流のようなコタマの動きの向こう、少し先にコタマより一回り以上も大きな姿が現れていた。

「ダイダラか!?」

 テレビで見た知識を思い出すが、人型の中でも上位種となる重幻獣ダイダラだ。大きく頑丈で力もあり、背面に持つ触手から礫を放ってくる厄介な相手だ。


 慎之介はコタマを蹴飛ばし斜めに跳びのいた。

 それまで居た辺りを無数の礫が通過、その先のアスファルト道路を抉って弾痕を穿った。途中に存在したコタマが貫かれ倒れている。

 跳び込んだ先のコタマを斬り払い、徐々に赤みを増してきた日射しの中で、慎之介は弾丸のように飛んでくる礫を左右に跳んで回避する。

 流石にコタマの群れに対応しきれなくなる。

 しかし、一瞬見た後方では白刃を振るい奮戦する特務四課の姿があった。そちらは信じて任せて大丈夫そうだ。

 ――だったら!

 慎之介は跳躍しコタマの上を跳び越すと、礫を放とうとするダイダラに斬りかかった。来金道の刃が白い身体を捉え袈裟斬りに両断。そして放たれる寸前だった礫が破裂するように周囲へと撒き散らされる。

「ここを斬ると爆発? なるほど」

 別のダイダラを盾として礫を回避した慎之介は呟いた。

 だが周囲からコタマたちの手が伸び、別のダイダラが豪腕を振り上げ襲ってくる。慎之介は跳び上がって来金道を振り、斬った相手を踏み台として囲みを跳びだした。電柱を蹴って向きを変え、囲みの外から幻獣たちに襲い掛かった。

「まだ幻獣が出てくる。龍脈が発生したか?」

 斜面にそって大地の気が上に移動すれば、地圧が下がり不安定化する。悪条件が重なれば、どんどん動きが激しさを増し周囲の地圧をも引きずりだす。そして地圧の境である地脈が荒れ狂い、その状態を龍に喩えて龍脈と呼ぶ。

 それが収まらぬ限りは幻獣が湧き続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る