荒波に遺されて 弐


 ぱたり、と日記を閉じて少年は息をついた。

 

 燈台とうだい幽光ゆうこうが手元のみを照らす、暗い部屋のなかだ。少年はその日記の表面を撫で、顔を歪める。

 それは、黄ばみ、ところどころ破れた、ひどく古い日記である。

 この日記は、彼にとって大事なものであった。これは、水晶花うのはなの君の遺したものだ。彼女はこの日記だけを残して、荒波の中へ消えていった。その遺体を見つけ出すことはむろん叶わず、くわえて水晶花うのはなの君の遺品は少なく、この日記がゆいいつの形見とも言えた。

 

「僕がかならずや、読み解いてみせます」

 

 彼女の願い。彼女は遠い、遠い過去に「真実」を見出そうとしていた。その「真実」が何かを、少年は知らない。いな。誰も知らないのだ。

 だから、過去を知らねばならない。

 そうしなければならないのだと、少年は強く手を握り、ぐっと目を閉じた。

 

「失せたものを取り戻さねば。さもなければ――」

 

 小さくこぼされたその言葉は、ごうごうと唸る風音かざおとにかき消えた。



続く

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泡遊記(ほうゆうき) 花野井あす @asu_hana

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