剣聖にはまだ上がいた ~世界の中心は魔術師だけど最強なのはたった一人の剣士~
咲良喜玖
昔々、剣聖よりも強い者がおったそうじゃが剣聖よりは賢くなかったそうじゃ
第1話 あるところに剣聖がおったそうじゃ
剣聖歴1041年春
小さな町の外れに齢80を超えるお爺さんがいた。
長い年月をかけて毎日行っている剣の素振りをお昼前には終わらせて庭のベンチに座る。
快晴の空。
今日の天候に感謝してのんびり空を眺めていると元気な声が聞こえてきた。
「ごめんくださ~~~い」
「爺ちゃん! 今日も来たよ」
「・・・遊びに来たぁ。くしゅん。鼻水出た」
町の子供たちである。
いつも遊びに来る子供たちの為に今日のお爺さんは、ほっぺたが落ちるくらいにとても甘いケーキと子供に対してあげるのはどうなんだろうと思う苦いお茶を出した。
子供たちはケーキを一口食べては、苦いお茶を飲み、口を渋らせている。
「私ね。今日は稽古じゃなくてお話がいいな」
「…ん?・・・なぜじゃ?」
「うんとね。僕たちのお母さんがさ。あのお爺さんからは学べるものがないってさ。お爺さんって流派ないんでしょ」
「そうだな。儂の剣に流派はないな」
「んで、俺の母ちゃんもそれだと剣を習っても意味がないってさ。酷いよね」
「お爺さん、珍しいよ。今どき流派がないなんて・・・」
「でもそんなの関係ないよ! 僕たちはここが好きだもん。あとお爺さんも大好き」
「私もお爺さん大好きだから。お母さん説得したんだ。お話なら聞いてきてもいいって。だから私たち、またここに来たの。お爺さんのお話聞きたいな」
三人が声を揃えた。
「「「お願いします。お爺さん!」」」
子供たちにせがまれたお爺さんは、自分が知る中で一番面白いと思う話を選んだ。
「そうか。それじゃあ。君たちにお話ししようか・・・これは、剣聖歴が誕生する前・・・剣の流派が誕生する以前の魔術師が世界の中心にいた頃のとある人物のお話だよ」
お爺さんは、お爺さんらしく昔話を話すことにした。
これは遥か昔の偉人のお話である・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昔々。
時代がまだ剣の時代じゃない、暦がまだ剣聖歴になる前。
魔術師がまだ世界の中心にいた時代のお話。
アーベント大陸のロレント王国という所に、赤い髪がルビーのように輝く王国の第三王女様がいました。
彼女は王位継承権第5位で、ムーリ王の最後の子供でありました。
『レイア・ビリティ』
彼女は後に、赤の剣姫『剣聖』と呼ばれる伝説の人物であります。
彼女が開いたビリティ流剣術は、現在も続く王道の三剣術の一つとなっていて、剣術の祖とも呼ばれております。
これは、彼女が剣聖となる前。
彼女の運命を変えてしまったとある人物の物語である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
豪勢な馬車で移動するレイアは、少ない護衛を伴い地方四大都市の一つマルベントへ行くために四番街道を移動していた。
儚げな顔をしてレイアは馬車の座席にいる。
何を憂いているのだろうかと心配になったのは向かいの席にいるレイア専属メイドのビビアン。
サファイアピンクの髪が目立つツインテールの女性である。
「レイア様・・・なぜお忍びでマルベントへ?」
「ビビ……私はもうすぐ学校に通うことになります」
「…レイア様も15歳になりますものね」
「はい。15になれば、私は今から三年間学生になります」
「そうですね」
「・・・その間、私は政治活動を主に置いて行動がとれません。今は水面下で兄上たちと戦いをやらなければいけないという時期なのに、今の私は継承権争いの後ろ盾がないのです。3年間という長い期間。後ろ盾なしで、この先を生き残ることが出来るのでしょうか」
「・・・な、なるほど。今のうちに、マルベント家に後ろ盾になってもらおうと……そのための訪問ですか」
「ええ。かの家は、どことも繋がっていないはず。だから私との関係がそうなってほしいと願っていますがね………私はあなたと一緒に生きていきたいと思ってますし、若くして死にたくないです」
外の景色を眺める瞳は、悲しみの色が帯び始めていた。
◇
ロレント王国には、レイアを含めて五人の王位継承権者がいる。
第一王子 ライチ・ビリティ。
第一王女 スワン・ビリティ。
第二王子 ニール・ビリティ。
第二王女 ツアラ・ビリティ。
そして、第三王女『レイア・ビリティ』である。
王家の兄弟はとても仲が良い。
と表向きはそういう事になっているのだが、裏では王位をめぐる争いをしている家であった。
これを激化させている要因は、アーベント大陸全土を支配するロレント王国が統治分割制度という政治体制を持っていることにある。
領土を五つに分割し、その内の四つを自分の配下である大貴族四人に任せていることが原因であった。
王以外が治める四つの領土。
シルベント領。ムルベント領。ナルベント領。マルベント領。
これら四つが貴族階級のトップで、四聖貴族と呼ばれる者たちである。
次の王を狙う者の主導権を握る戦いが、水面下で起きていたのが、当時のロレント王国でありました。
◇
外を眺めていたレイアは異変を感じた。
―――馬の蹄の音が増えている!?
「音が多い……なぜ、いきなり」
気になったレイアは窓を開けて、顔を半分外に出して後ろを見ると、馬車のすぐ後ろを複数の騎馬が走っていた。ここまで接近されていて気付かなかったレイアは焦る。
「まさか・・・魔術で蹄の音を減らしていたの? 私たちに接近を知らせないために・・・それにあれは」
「どうかなさいましたか?」
ビビアンの声の直後に、騎馬軍の先頭から魔法陣が出てきた。
あれは土の魔法陣!
敵の魔法陣の中身を即座に読み取ったレイアは、顔を馬車の中に入れて叫ぶ。
「ビビ。身をかがめなさい。
「は、はい」
ビビアンがレイアのそばに飛び込んだ瞬間、レイアは馬車の床に魔法陣を展開した。
衝撃吸収の魔法陣である。
【ゴ、ゴッ・・・ゴゴゴゴゴゴゴ】
車輪が二つ外れる音がしてから、地面と馬車がすれていった。
馬車は左の車輪が外れて、右との兼ね合いが悪くなり横転していく。
「きゃああああああ」「レイア様。私が」
ビビアンは身を挺してレイアを抱きしめる。自分の体が傷ついてもこの人だけは守ろうとしていた。
◇
馬車が横転した後。
「出てこい。お姫様・・・・じゃないと、ここらの御者とか兵を先に殺すぞ」
外からの声はやけに雑音に聞こえる。
馬車が横になったために衝撃吸収の魔法陣のかいもなく、頭を打って意識が朦朧とするレイアは、事態の状況を掴めずにいた。
「いたたた・・・」
「はやくしろ。出てこないと!」
催促の声で意識が戻り始める。
「レイア様。ここは私が影武者に」
「・・・だ、駄目です・・狙いは私です・・・あなたは生きてください。ここで黙っていなさいね」
あれだけ死を嫌がっていたレイアは、ビビアンを守るために覚悟を決めた。
一人で外に出て、敵に向かっていった。
「ほう。素直に出てきたか・・でも遅かったぞ。もう少し早く来ればな。こいつらも死ななくてよかったのによ」
黒い布に顔が包まれている四人の男たちは、手練れの三人の護衛兵をすでに殺していた。
馬車の周りを囲う者たちは皆、この男と同じ布を被っていた。
「盗賊? 野盗ですか? それとも誰かに雇われた闇ギルド?」
「お前に正体なんか言うわけがねえだろ……さあ大人しく捕まれば痛い目には合わせねえからよ。おおっと、でもここで魔術を出すなよ。出したら、そこの御者や中にいる者も殺すからな」
言われた瞬間にレイアは魔法陣の展開を諦めた。
この時のレイアは、男が言うように魔術を展開して事態を打破しようとしていた。
魔術は魔法陣から発動する魔法のことである。
今よりも昔。
魔術師はおらず、魔法使いたちが感覚で魔法を行使していた時代があった。
彼ら魔法使いは己の持っている魔力を駆使して、強引に魔法を感覚的に発動させていたのだ。
それが現在は改良されて、魔法の構成、発動条件、発射条件。
これらの条件を構築すれば、誰でも簡単に魔法を操ることができるようにしたのが魔術師である。
だからこそ、今の時代は、高度な魔法陣を構築できる者が絶対正義となった世界となった。
そして、その中でもレイアはかなりの実力者。
まだ学校に通う前の少女であるが、実力的にはすでに大人の魔術師と変わらないのである。
「・・・わかりました」
両手をあげたレイアは男たちの元に歩いていく。
「まだ子供だけど、イイ女だよな・・・これは大商人とかに売った方が稼げるんじゃねのか。上玉になるぜ」
ジロジロと見る目が厭らしい。
汚いしゃがれ声の男に続いて。
「やめとけ。俺たちの仕事は・・・」
冷静で平坦な声の男が止める。
「そうだ。でもよ。ここで遊んでもいいよな。剥いてみようぜ」
「まだ子供だぞ・・・でもないか。いい体してるもんな。そそるわ」
他の男も最初の男と似たような意見だった。
レイアの肢体は白く美しく、整った顔に映える赤い髪。15になろうとする歳にしてはすでに体のラインも綺麗。だから男たちはレイアの体を見て、舌なめずりをしていた。よだれも飛び出そうになる敵に嫌悪感の感情が湧く。
ここで馬車からビビアンが出てきた。
馬車の中にあった槍を持って敵へと一直線に走る。
だが、この懸命な攻撃はいとも簡単に弾かれてしまい、彼女は地面に倒された。
「こっちもいい女じゃないか・・どれどれ、やっちまうか」
「この二人はズタボロにしちまおうぜ。俺たちは連れてこいとは言われているけど、遊ぶなとまでは言われてないからな」
二人は謎の男たちによって襲われた。泣いてビビアンが謝ろうとも、二人の服はビリビリと引き裂かれていく。そして二人の反応は全く違い、ビビアンは必死に抵抗する中で、レイアは気丈な対応をしていく。だがそれが逆に男どもを余計に興奮させてしまった。
彼女を下着姿にするとさらに大興奮。
さあここから……というタイミングで異変は訪れた。
「あなたたちは、ここでなにしてるんです? 喧嘩ですか? 人の服を引き裂いて。趣味悪いですね」
軽快な声が聞こえた。
壮絶な現場の中で、疑問の言葉がぷかぷかと浮いている。
濁流に飲まれそうになる二人をよそに、穏やかな川の流れの人物が現場に近づいてきた。
「お嬢さんたちを、下着姿にして喜んでるの? ふ~ん」
黒ずくめの男たちの中で、一人白髪の青年が目立つ。
右の人差し指で自分のこめかみをポリポリと掻いていた。
「な、なんだ貴様。お前も参加したいのか」
「え? これにですか??? 僕は遠慮します」
「じゃあ、どっか行けよ。邪魔すんな。クソガキ」
「・・・」
邪魔するなと言われたのに青年はその場に留まる。
いつまでもその場にいようとする青年に対して、今すぐ楽しみたい男は怒り出した。
「だから、貴様も参加したいんだろ・・なぁ!」
「いいえ。遠慮します」
「なら、とっとと消えろよ」
「消えろ? あのですね。生き物って、なかなか消えないですよ・・・しぶといんですよ。生きるってね」
青年は左の腰にある剣の柄に、両手を置いた。
姿勢を正して真っすぐ立った。
「さて・・・あなたたちは死にましょうか。ねえ。こんなことされてもね。お嬢さん方に何も得がない。なので・・・あなたたちは生きていたかったら、この女性たちから離れてくださいよ。あと僕からもですよ」
青年の目は暗く沈んだ。場の雰囲気が一気に重たくなる。これでは、まるでここが戦場ではないかと男たちが感じ始めた。
「な!? 何言ってんだ。このガキは」
「・・・この人を襲おうとしてるんでしょ。どうです?」
「襲うんじゃねえ。これから俺たちはお楽しみなんだよ!」
「お楽しみ……それはたしか、先生が教えてくれて………襲うと同義の言葉だと言ってたはずですね。なら、ちょうどいい。悪党なら僕の力が通じるかどうか。とりあえずお試しで斬りますか」
さっきから青年はピクリとも動いてない。
なのに・・・。
「ぐあっ・・・ば、ばかな」
青年の右隣にいた男の上半身が切り裂かれた。血しぶきが舞う。
「き、貴様。な、なにをした! 魔術か」
「魔術??? 僕、魔術は使えませんよ」
「ふ、ふざけるなああああああああ」
怒り出したのは、青年の近くにいた足がすくんでいた左の男ではない。青年の向かい側にいた遠くの男二人である。青年を殺そうと錯乱して飛び掛かってきた。
「ごあああああ」「ひゃばああああ」
勢いよく突進してきた男たちの胴体は真っ二つにされた。何が起きたか分からないのは野盗の男だけじゃない。目の前のレイアとビビアンも同じだった。理解が追い付かない現状に声も出ない。
「よ、よくも仲間を! 死ね」
左隣にいたリーダー格の男性がビビった心から立てなおったのかようやくここで動く。彼のそばで魔術を展開した。かざした手の前に魔法陣が出現し、魔術を発動させようとした瞬間。青年がその陣の前に現れた。
「消えろとか死ねとか、そんなことは言ってはいけませんよ。あなた。言葉は返ってくるらしいですよ。お自分の元にね。先生がそう言ってましたからね。その覚悟がないものは言わない方がいいと言ってました。ですから、その意味で返されてしまいます。こんなふうにですね!」
青年は魔法陣に対して剣を振り切る。それは普通であれば意味のない行動。
なぜなら、魔法陣に対して物理攻撃をしても、複雑に構成条件を組み立てる魔法陣が、外部からの攻撃で壊れることがないからだ。
なのに。
「ふん!」
【バリン】
絶対に壊れないはずの魔法陣が壊れたのだ。
衝撃的な出来事にこの場の三人は目を泳がせる。
「では、失礼します!!!」
青年の剣先が真っ直ぐ空に向かって伸びていた。
その美しさにレイアは感動した。
この世界で美しいとされるのは魔術のみで、剣など眼中にない。
なのにこの美しい所作はなんだ。
一刀両断をするための動作。
両肩から両腕が真っ直ぐに伸びて剣と一体化して、そこを支えるための背中もまた力強くバネのようにしなやかで、そして腰から足にかけてはどっしりとした安定感を保っている。
一撃を繰り出すため。
その全ての行動が神々しいほどに輝いて見えた。
天に向かって伸びていた青年の剣が急に消えたと思った。
彼女は瞬き一つを後悔した。
剣先がすでに地面スレスレで止まっていて、青年の前にいた敵がこの世からいなくなっていたからだ。
最後の振り下ろしの剣技を見ることは叶わなかったのである。
「・・・先生。僕、世間に通用するみたいです。先生のノルマは、大切でした。ありがとうございました先生・・・では、見知らぬ方。失礼しましたよ。どうかご成仏なさってください」
剣を鞘に納めた青年は、敵に対して一礼だけして道を歩く。
戦いがなかったかのように道を歩く青年を、レイアは黙ってみてしまっていた。
数秒後。
「ああ。あ・・・あの・・お待ちを。そこの御方」
「…はい?」
声を掛けられたので青年は振り返る。
「・・・あ、ありがとうございます! おかげで何もされずにすみました」
「そうですか。それは、よかったですね。では」
レイアは、すぐに現場から立ち去ろうとする青年の手を握った。
そして思わず口走っていた。
「あなたの剣に一目惚れしました。私と結婚してください」
「遠慮します!!!」
誠心誠意、青年はお断りしたのである。
これはまだ剣聖ではなく、魔術師であったレイアが、世にも珍しい剣士の青年と出会ったことで運命が変わった物語。
この出来事から1000年以上が経った現代で、彼を知る者はいません。
ですが、彼は当時の世界最強でありました。
そうなのです。
現在知られている世界最強の剣聖には、まだ上がいたのでした。
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