第6話 従者となってしまいましたとさ

 「ちょちょちょ・・・ちょっと!」


 目覚めて早々ソーマは薄着でいる彼女に驚く。

 見えている肌の面積が大きい。

 ピンクのレースからこぼれている双丘は立派だ。目のやり場に困る。


 「ん? ああ、おはようございます。旦那様!」

 「・・・だ、旦那様!? あ、あなたは頭がおかしいんじゃ」


 ソーマの至極真っ当なお言葉である。


 「そんな、昨夜は・・・あんなことがあったのに」

 「いやいやいや、何も記憶がないので、あんなことはありませんよ。どんなことだかわかりませんがね!!」

 「え。そんな・・・お忘れになられて・・・そんなぁ・・・ちらっ」


 レイアはどこから出てきたのか分からないハンカチの端を嚙んだ。


 「お忘れも何も、ここに眠ってる記憶がありません!」

 「あら、記憶がないなんて……嘘ですよね……酷いですよ。あんなことがあったのに。ちらっちらっ」

 

 だからどんな事だよと思うソーマは困るしかなかった。

 

 「いやいやいや。なにもありませんでしたから、それじゃあ」


 脇にあった剣を取って、ベッドから退散。


 「あ、お待ちになって」


 ソーマは、部屋の扉に手をかけると手が動かしにくい事に気付いた。

 

 「なんだこれ?」

 

 魔術師殺しのトイズチェーンが両手に着けられていた。


 「それは魔術師を封殺する手錠です」


 さっきまではトーンの違う声、振り向いた先のレイアは真面目な顔だった。


 「え? これが・・・魔術師を封殺」


 初めて見る物に感動するソーマは、自分が不利なのを分かっても新たな出来事に感動してしまう不思議な子なのだ。


 「あ、そうだ。今、何時ですか!」

 「・・・え? じ、時間ですか・・ええっと」

 

 話の流れを断ち切る会話。

 悪だくみをした割には、素直に変な要求に答える。

 レイアはベッドから動いて、

 

 「少々お待ちを。こちらの・・・時計を見ますね」


 部屋の隅にある時計に移動した。時計の針は朝の七時を指していた。

 

 「今、朝の七時です」

 「えええ。まずい!? それじゃあ、こちらで失礼します」

 「え? えええ?」


 ソーマは手錠がかけられた状態で素振りを始めた。

 日課をしないと心と体のバランスが合わないためである。


 「1,2,3,4,5・・・・・」


 いつもよりも剣の振りが遅い。手錠のせいかと思ったソーマはレイアを見た。


 「すみません。これ、外してもらえないでしょうか? ちょっと日課の邪魔なんで」

 「え・・・いや、外しちゃったらあなた様、逃げ出すでしょ」 

 「……いえ。逃げ出しません! そのかわりに外してください。約束します」

 「・・・わ、わかりました。いいでしょう。ですが逃げ出さないと約束してくださいね」

 「はい。約束は守ります」


 手錠が外れると、ソーマは満足げに笑う。

 自分の日課が満足に行えるからだ。


 「10・・・50・・・100」


 とんでもない速度の素振り。レイアの目には剣が動いていないように見える。

 ずっと上に掲げているように見えていた。


 「よし。5000は出来たな。あとでマラソンコースを走らないと……どこを走ろうかな」

 

 どんな状況であっても、とにかく日課が優先であるソーマなのだ。



 ◇


 約束は守られた。

 ソーマとレイアは向かい合わせになって座る。

 レイアはお淑やかに両の足を斜めに閉じて、ソーマは膝の上に両手を置いて座った。


 「はい。では、約束は守ります。何の用なのでしょうか?」 

 「何の用とは?」

 「僕と結婚なんて嘘でしょ? 何か僕にしてほしい事があるのでしょう?」

 「結婚は本当です。あなたが好きです。あの美しい剣技が・・・」

 「うん。その話は置いてください。正直迷惑ですし。それに表向きでも裏向きでも、僕のことが好きなのはどうでもいいのですが」


 随分と辛辣な物言いだが、この事がレイアの目を逆に輝かせることになってしまった。

 自分の魅力に落ちない男性に興味が湧いたのだ。

 美貌に絶対の自信があるわけではないが、多少なりとも自信があるのがレイアだった。

 なにせ、王宮内を歩けば兵士や貴族らの目がうっとりするような顔と体を持っているからだ。

 そんな自分が告白のような形で一緒になって欲しいと言っても、全く靡かない男性がいるなんて、レイアはむしろ鼻息荒く興奮していた。

 正直彼女は変態である!


 「あなたには、本当の狙いがあるはずです。女の涙の先には裏がある。これは僕の先生の言葉です。でも僕には、そこらの思いを読み取るのが難しいので、正直に話してくださると助かります。僕が協力出来る事なら、協力しますから。はい・・・出来たら寝込みを襲うみたいなのやめてほしい」

 

 色々計略をされるよりもここは腹を割って会話した方がいい。

 ソーマは諦めの境地で発言していた。


 師匠エマの格言の一つ。

 女の涙は嘘と本当がある。見ず知らずの者の前で泣く女は怪しいと思え。

 疑わなければ騙されるぞ。お前は世間知らずだからな。それに可愛いからな。

 なんて言っている師匠こそ泣かない癖に、この言葉を残したのだった。


 「……では、正直に申します。結婚したいのは本当です。前向きに捉えてほしいと思ってます。その話を横に置くと・・・私の護衛をしてほしいのです」

 「…ん? 護衛?」

 「はい。私、お恥ずかしい事ですが、命を狙われる存在でありまして。先の二度の襲撃もありましたでしょ」

 「ええ。変な人たちでしたね。黒い格好の人たちと、あれは何色でしょう。濃い青・・・群青色ですかね。あれは誰です?」

 「一件目はわかりませんでしたが。二件目の方は、あなた様が捕えてくれたおかげでわかりました。あれは闇ギルドに雇われた野盗の下っ端です。私をとある場所まで連れて行くとお金が支払われるとのことでした。だから、彼らの上位の闇ギルド。そのまた上位もいるかもしれませんが。指示を出した人々の方までは調べ上げることが出来ませんでした。しかし、予想は着きます」


 彼女を攫うには複雑な手順が用意されていた。

 下請けの最底辺の実行犯どもの上も、もしかしたら下請けであるかもしれない。

 レイアの言葉は淡々としているが、実際の彼女の心の中は不安でいっぱいだった。


 「おそらく、私の四人の兄弟のうちの誰かでしょう……又は、四聖貴族かです」 

 「へ~、ご兄弟がいるのですね」

 「ええ、私は今、王位継承権を争う渦中の人物でありまして・・・残念なことに戦わないと死んでしまう運命であるのです」

 「王位継承権・・・マルベント領に来る人が・・・たしか・・・なんちゃらかんちゃらって」


 意外にもソーマは父親の話を聞いていたようだ。

 うろ覚えの知識が頭の中にあった。


 「…な、何故それを。マルベント領に行くのは秘密なはず!? まさかあなたも敵!?」

 「え? 僕があなたの敵? いやいや。僕、あなたに興味ないですよ」

 「ひ、酷い・・・そんな言い方・・・あまりにも酷いです」


 思わぬ一言がレイアの顔面を捉えた。

 その言葉は思いっきり彼女の心にクリーンヒットである。

 

 「ああ。ごめんなさい。その……あなたを殺すとかの興味ですよ。僕は、マルベントの三男なんです。元ですけど」

 「・・・え?・・・三男??? あの家は二人兄弟では?」

 「そうです。あの家の表向きは二人になってますがね。僕は妾の子なので、いない者とされてます。それで姫様がマルベントに来るとの話で、僕は正式に家から追い出されました。はははは」


 明るい笑顔だったから、レイアは不思議に思う。


 「・・え。そ、それじゃあ、私のせいで、あなた様は」 

 「いえいえ。それはお気になさらずに。僕はそもそもあの家を出る機会を窺ってましたから、僕としては出て行くきっかけになって助かりましたよ。お姫様が訪問してくれたおかげです」

 「・・・は。はぁ」


 レイアの口からついついため息が出ていた。

 親から子供として扱われないのに、こうも他人の事みたいに話せるこの人はどういう神経の方なのでしょうと思ったのである。


 「それじゃあ、あなたはその王位継承権争いを戦わないと、ああいう変な人に追われ続けるってことですかね?」

 「そうです……が、私の地盤は弱い。だからマルベントに協力を思いましたが。あの事件で断りを入れてしまいました。これで私の立場は更に悪い。協力はもう頼めないでしょう」

 「ああ、なるほど。でもよかったんじゃありませんか」

 「え?」

 「マルベントの領主は、第二王子と近しいらしいですよ」

 「え??」

 「なんかそんなことを言ってました。ローレンと結婚してくれれば二重外交だとか。言ってたような気がしますね」

 「・・・そ、そうですか。それでは不幸中の幸い。マルベントにいいようにされるところでしたね」

 「ええ。よかったですね。あんな家に世話にならなくて。あははは」


 あなたの家じゃないのですか。

 喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


 「でもなぜあなたの地盤が弱いんですか?」


 ソーマは素朴に質問した。疑問は速攻で聞くタイプである。


 「それは私だけが一般人の子でありまして。おそらく、他の兄弟や王から見ても、私はいらない子なのでしょう。死んだほうが後腐れがないのかもしれません」

 「・・・へ~。なんだかそこは僕と状況が似てますね。僕は、娼婦の子らしいですよ。産んだらほぼ用済みみたいだったらしいですよ。病気になると捨てたらしいんで」

 「ひ、酷い。人のする事じゃない・・・・」

 「まあ、しょうがないですよ。そんな感じの酷い人ですから、慣れてます。それに僕は先生と出会えたのでいいんですよ」

 「そうですか・・・でもご苦労されたのでしょう」 

 「んんん。別に苦じゃなかったですね。僕、動物と一緒に生きてきましたし、師匠となってくれた先生もいるので、少しも苦労とは思わなかったですね。むしろ、あなたから結婚してくれって言われている方が苦労です」

 「・・・も。申し訳ありません」


 苦労の度合いが変わっている。

 レイアは結婚してくれとは安易に言わないようにと思ったのであった。


 「そっか……困ってるんですね。でもあなたもお強いですよね。あの黒い人たちよりもずっと強いと思うんですが。魔力とかはかなりの量をお持ちで」

 「…わ、私の魔力が見えるのですか」

 「え。まあ、はい。見えますよ。先生の次に量が多いです。だから素晴らしい魔術師なのかなって思ってましたよ」

 「直接人の魔力が見えるのなんて……稀有な人物にしかできないのに・・・」


 魔力を見る目。

 通称『魔眼』

 相手の潜在能力などを見ることが出来る眼の事。

 これは魔術師ではなく、魔法使いが持っていた技能で、現代では極少数の魔術師にしか発現しない能力である。

 この魔眼をコントロールするのは難しいと言われているのだが、魔眼の扱いに長けている者が力を使用すると色々な効果を生み出すとされている。

 たとえば、黙って相手の目を見つめるだけで脅すことが出来るなどだ。


 「僕、その人がどんな量を持っているかくらいは分かります。まあでも先生だったら人を脅せますから。僕の力はそんな大したことじゃないですね」 

 「・・・そ、そうですか。あなたの先生は、す、凄い人ですね」

 「ええ。とても凄い先生です」


 凄いの意味が違う気がするのは、レイアだけでしょうか。

 

 「それじゃあ、僕はどうしたらいいですか? あなたは困っているらしく。結婚じゃなくてもいいなら、僕を雇いたいとかですか?」 

 「え!? あなた様を雇えるのですか!」


 彼をどうにかして説得しようとしていた矢先の青天の霹靂の言葉だった。

 願っていもいないチャンスである。

  

 「ええ。まあ。実はですね。あなたと二度目に会う前に、冒険者ギルドに行ったんですけど。門前払いを受けてしまってですね。お仕事がなくて困ってまして、何かお仕事があれば助かるなと思ってたところなんですよ・・・それであなたの護衛。それをすればお給金とか出ますかね?」

 「も・・もちろんです! 出します」

 「あ! 本当ですか。助かりますね。生きていくにもお仕事がないのはね。大変ですからね」

 「でも……いいのですか。私の護衛はおそらく、命の危機の連続になるかと」

 「別にいいですよ。お金が少しもらえて、ご飯が食べられたら・・・あ、あのビビアンさんの料理が食べたいですね。昨日の料理。とても美味しかったので。ああ、でも睡眠薬とかは駄目ですよ。眠らされるのは辛いです。あと、日課を邪魔してくれなければそれでいいです」

 「そんな条件でいいんですか?・・・それに日課って何です?」

 「ああ。それは素振り1万。筋トレ2百とマラソンですね。それを邪魔されなければ、何のお仕事でもいいです」

 「・・・は、はぁ。そんなに回数を重ねているのですね」

 「まあ、10歳くらいから続けている癖のようなものですね。なんとなくやってないと気持ち悪くなるんですよ。風邪ひいたみたいな感じですかね。風邪ひいたことないんですけど・・」


 なんでその例えをしたんだと思うレイアは、この人が常識の外にいる人物だと思った。

 自分だってお姫様だから一般人に比べたら常識があるとは思えないが、それにしてもこの人物は少々頭がおかしいかもしれない。


 「じゃあ、僕。どうしたらいいですか? このままそばに? 着かず離れずで守ればいいんですかね?」

 「・・・その護衛だと一つ不都合が出てくるので、あなた様には従者になって頂けますか」

 「従者? それってなんですか?」

 「私、あと数カ月で学校に入学しなければならないのです。それで護衛だと入学は出来ない。なので、あなた様が私の従者であれば、学校に一緒に通えるのです。学校でも襲われないとは限らないのが今の私の状態です。出来たら、学校でもお守りして頂ければ」

 「ああ。なるほど。学校に。・・・あれ、それって僕が入れるんでしょうか? 年齢制限とかは?」

 「あ、そうでした。今おいくつですか?」

 「今年15です」

 「あら、それなら私と同じ歳。運がいいです。一緒に通えますわ・・・お名前は?」

 「僕は、ソーマ・マルベント。でももうマルベントはやめた方が良さそうなので、フィースとしておきます。先生の名前を借りようかと」

 「そうした方がこちらとしても都合が良さそうです。ソーマ・フィース。これで登録をしましょう。それでは、一緒に学校に通いましょうね」

 「はい。その線でよろしくお願いします。では、マラソンしたいので外に出ます。あとでここに戻ってきますね」

 「・・・え?」

 「大丈夫。三十分後にここの窓を開けてもらえれば、勝手に入りますから」

 

 城四階の窓を開けて、ソーマは言った。


 「・・・え?」

 「それじゃあ、いってきます! 戻ってきますから!!!」


 と爽やかに言って、四階の窓から飛び降りたソーマは、地面に見事に着地して走っていった。

 上から見る彼の姿はもう米粒ほどの大きさである。

 

 自分はとんでもない人物を従者にしたのではないかと悩み始めたお姫様でしたとさ。


 

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