魔術学校に一人剣士がいるのですが
第7話 入学試験
「それでは、本年度のロレント魔術学校の首席入学のお二人に新入生挨拶をしてもらいます・・・レイア・ビリティ様。リオル・シルベント様。お二人は登壇してください」
「はい」「はい」
新入生800名の内の首席の二人が登壇するために歩きだした。
赤い髪のレイアと、青い髪のリオル。
コントラスト的には非常にマッチしている美女と美男子が、共に並んで歩き、その後ろを白髪の男女が付き従う。
レイアとリオルが登壇すると会場は静かになった。
「今日、私たち一年生は・・・・」
レイアの後ろに控えているのはソーマ・フィース。
白髪の青年は、あくびをしたかったが口を閉じた。
我慢した分、涙が出てくる。
「そして・・・我々一年生もまた・・・」
リオルの後ろに控えているのはミルフィ・シューリーム。
白いショートカットの少女は眉間にしわが出来るくらいに睨みつけた目をしていた。
鋭い眼光を一年生全員に見せつけていた。
二人は同じ従者である。
ソーマが仕えているのは、ロレント王国第三王女レイア。
ミルフィが仕えているのは、シルベント家の長男リオル。
互いにロレント王国の超重要人物に仕えているわけだが、その実力と評価は天と地ほど違うのである。
二人の演説中。学生の席から声が漏れる。
「あれが噂の歴代最低点を叩きだした男かよ」
まだ学生服を着こなしていない男の子が、ソーマを見て言った。
「らしいよねぇ。噂になってたよ。あの子なんで合格できたんだろうね・・・でも・・そんなことよりぃ。あの子、顔が可愛い! めっちゃタイプ!」
浅黒い肌の陽気な女の子は、会話しながら自分の爪のマニキュアのチェックをしていた。
「碌に魔術も使えないのに、合格したって噂で聞きましたよ。不正入学って話みたいです」
右隣の男の子は、眼鏡をくいっと指の腹で上げた。
三人の会話は続く。
「レイア様の従者だから許可が下りたんだそうだぞ。だって普通だったら絶対に落ちている!」
「あのさ。そんなに怒ってもしょうがないじゃない。もう入学が決まったんだし……あ! あの子、眠そうにしてるのがまた可愛いわ」
「君、さっきから可愛いしか言わないじゃないですか。まあでも。たしかに文句を言うのは無理ですね。王家の従者ですから異例で受かったのでしょう。それにしても、あの人たちは主席ですよ。久々の満点での入学で。しかも二人同時もまた異例だって話でしたね」
「そうだな。実技と筆記で200点を出せるなんて、そうそういないからな」
「ええ。あの後ろにいる眼の色が暗い女の子も優秀で、2位らしいです」
「でも2位か? 1位が二人だから」
「うん。それって3位かもしれないよねぇ。どうでもいいけど。あ、あの子。鼻が膨らんだ。あくび我慢したんだ。可愛い」
こんな会話をしている学生たちの後ろの席には、ローレンがいた。歯ぎしりをしすぎて歯が無くなりそうだ。
見覚えのある顔がお姫様の後ろにいることに怒りを覚えていたのである。
「な、なぜ。ソーマの奴が姫様と? 許されることじゃない・・・だが、俺が事を荒立てれば・・・あいつは家とは関係ない事になっているのだ」
家とプライドの狭間でローレンは苦悶していた。
◇
三カ月前。ソーマが従者となることを決めて半年ほどが経ったとある日。
その日がロレント魔術学校の入試の日でありました。
アーベント大陸全土から将来有望な子供たちを集めるロレント魔術学校は、貴族から商人、農民から平民に至るまでの全ての国民に等しく門徒を広げている由緒正しき魔術学校であります。
今優秀な子。これから優秀になる子。そして未来ある若者がどのようにして成長するのか。
筆記。実技。面談。
この三点で決めていくのです。
レイアが馬車から降りると、それに次いでソーマが降りる。
馬車の中にはまだ手を振るビビアンがいた。
「いってらっしゃいませ。お二人とも」
「ええ。いってきます」
学校の方に体が向いているレイアは顔だけをビビアンに向けて軽くお辞儀をし、ソーマはビビアンの方を見て丁寧に頭を下げた。
「ビビさん。今日も美味しいごはん、楽しみにしますね」
「はい。ソーマさんのほっぺが落ちるのを用意しておきますよ」
「ありがとうございます。それのために頑張りま~す」
この半年間、ソーマの報酬は、ほぼビビアンの手料理ということになっていた。
母の料理も家族の料理も食べたことがない彼にとって、お袋の味的なものなのがビビアンの料理となった。
前菜から始まるフルコースのものから、一般家庭が食べるような料理までありとあらゆるものを作ることが出来るビビアンをソーマは姉のように信頼していた。
ソーマとレイアが15。ビビアンは20なので、ちょうどお姉さん的存在である。
「ええ。頑張ってくださいね。ソーマさん」
「は~い。ビビさんまた~」
可愛らしい子供のような人だとクスっと笑ったビビアンは王宮で料理を作って待つこととした。
魔術学校は王都と隣接した場所にある。
学園都市とも呼んでいい広大な敷地に学校と寮があり、この敷地の中には商会や農業施設などもあり、それらは多岐に渡っていて、後に実用化する実験場みたいな場所でもある。
子供たちを大きく羽ばたかせるために、力を身に着ける場所となっていて、教師陣もそのために頑張っている。
未来ある空間。
そう言ってもいいのがロレント魔術学校だ。
二人はその学校の第一試験場に到着した。
第一試験場は貴族たちが試験を受ける会場である。
名だたる者から、
その中でレイアはトップの王族である。
だから貴族という特権階級の者達であっても、彼女が道を通るたびに頭を下げていくのだ。
「レイア様。こちらです」
試験管の女教師は、的が10個ある場所の停止線にレイアを案内した。
「はい。こちらのソーマさんもよろしいですか。ご一緒でも」
「ええ。話に聞いております。よろしいですよ」
「ありがとうございます」
レイアが先生にお辞儀すると、ソーマもお辞儀した。
ソーマは、貴族流の深い礼儀作法はよく分からないので、とにかくレイアといる時は無言になって、レイアが頭を下げるタイミングで頭を下げることを基本に動いている。
難しい事は出来るだけ簡単にしなければ、覚えていられないのである。
「では、説明いたします。あちらの的。10点ありますが、それぞれ硬さが異なっており、1点が柔らかく。10点が硬くなっております。それらを魔術により破壊するのですが、一度に壊して頂いても結構ですし、一個一個丁寧に壊して頂いても結構です。説明はここまでです。よろしいでしょうか」
「はい。わかりました。では私からやりましょう」
レイアが、的を壊すために魔術を設定し始めた。
硬いものを壊すには、土の魔法陣が良い。
でもそれではなんか味気ないなと感じたレイアは水の魔法陣を選択。
水圧により全ての的を破壊しようと動き出した。
目の前に魔法陣を出現させて威力を構成、内側から文字を刻んでいく。
イメージは、川の激流。
発動条件は任意のタイミングでの魔法陣から10本の水。
発射条件はそれぞれが的に向かって真っ直ぐ進めである。
レイアはそれを10秒で構築した。
この速さはやはり優秀な魔術師の証だ。
「いきます!
魔術学校に入学しようとする者の威力じゃない魔法が、的全てを破壊すると、眼鏡の女教師は、王女様の底知れぬ才能に拍手した。
「素晴らしい……レイア様は稀代の魔術師でございます」
「いえ。私はたいしたことはありません」
とレイアは控えめに後ろに下がる。周りからの視線は尊敬の眼差し。それを一身に受けてもレイアは平然として、次のソーマに託した。ソーマこそが最強だと信じているので、自分がいかに素晴らしい成績を出していても謙虚でいられるのだ。
「ソーマさん、お好きにどうぞ。必ず受かりますので」
「そうですか。なんか面白そうなので、全部壊したいと思います」
暢気なソーマもレイアと同じで、的を全て壊す気満々であった。
試験開始線に行く前に、手をあげて先生に質問する。
「あの。すみません。壊す方法はどんな方法でもいいんですか」
「は?」
「例えば、風圧で壊してもいいんですか?」
「・・魔術であれば、なんでもよいのですが」
「そうですか。それじゃあ、僕の魔術は一個しかないので、それで壊します」
「…い、一個だけ!?」
女教師は驚く。この学校に入学しようとする者は大抵3個くらいの魔術は基本として覚えてくるはず。
なのに一個だけとは、あの坊主は試験に受かる気がないのではと怒りたかったが、目の前にいるレイアの従者なので我慢した。
「ではこの剣を使ってもいいですか?」
「剣? 杖じゃなくて?」
魔術師は魔法使いの名残で、たまに杖を使う者がいる。
杖ならば分かるが、剣を使うとは何事だと教師は思った。
「い。いいでしょう。どうぞ」
「は~い。いきますよ。あ、そうだ。先生はこちらに来てください。そこ、危険なんで」
「…ん、何を言って?」
「どうぞこちらへ。本当に危険なんで」
「わ、わかりました」
ソーマは的付近にいた教師を、自分側の開始線の内側に誘導した。
「では、いきます。ほい」
渾身の居合斬りを披露したらしいのだが、ソーマが動いた気配がない。
皆には剣を抜いていないように見えて、斬る構えだけをしたまま、何もせずにいるソーマを見ていた。
「はい。壊れましたよ。どうです」
声の後、1点から10点の的が木っ端みじんに壊れた。
それはレイアの激流のウォーターでも出来ない壊れ方である。
的の根元からポキリと折れる壊れ方じゃなく、的がそもそも見当たらない壊れ方で、粉々となっていた。
「・・・は?・・・なんですか・・・今の?」
「この剣で斬りましたよ」
「・・・は?」
「ですから、この剣で斬りましたよ。あの的を壊せば、魔術はなんでもいいんでしょ?」
「そんな魔術はありません! いったい何の魔術ですか。魔法の剣を生み出さずに、剣を扱う魔術などないのです」
「いや、別に僕は剣じゃなくても、同じ事が出来ますが」
「な、なんですって!?」
「やりましょうか? 剣じゃなくて拳で」
「・・・いいでしょう。そこまで言うならやってみてください」
女教師は意固地になっているように思う。
クスっと微笑むレイアはこの場で介入せずに見守っていた。
「仕方ありません。信じてもらえないのであれば、やるしかない。ほいほい」
拳をシュシュシュっと自分の中では動かしている。
だけど、周りの目からは、彼が何もしていないように映るのだ。構えを解いていないように見えるのは、あまりの手の速さに、皆の目が追い付いていないのである。
『バンバンバンバン』
今度は的が大きな音と共に壊れていく。爆発したかのような音がなり、的が一個ずつ宙に舞った。
拳から出る空気砲が全ての的を壊した。
「・・・は?」
「どうです。これで、成功じゃないですか?」
「…こ、こんなのはあり得ない。ふ、不正です。ありえない」
「え? いや、僕は普通に壊したのですが……あれ?」
揉め事になりそうなのでレイアが出て行こうとすると、女教師の後ろから白い髪と髭と、顔のしわに年季の入ったお爺さんがやってきた。先生を諫めてソーマに向かって歩く。
「これこれ。マイルセンや。否定してはいかんぞ。この子は、剣の風圧と拳の風圧で的を壊しのたじゃ。肉体を駆使しているが、根本が魔術であるのは間違いない」
「・・・そ、そんな魔法ないですよ。校長」
「ほほほほ。そうじゃ。普通の魔術師にはない。ただ、この子の体に魔法陣が発動しているのじゃ」
「え?」
校長と呼ばれたお爺さんはソーマの肩に手を置いた。
「この子は、昔の秘術。今では誰もやらん。魔法陣の人体発動をさせているのじゃ」
「な、なんですって!? それは古の技では?」
「そうじゃ。誰が教えたか知らんが・・・そんな無茶苦茶なこと・・・まさか、現代の魔術師で教える者がいるとはな。誰から教わった。お主?」
「僕は、エマ先生から教わりました。エマ・フィースです」
「なぬ。エマじゃと。あの子が弟子を取っておるとは・・・信じられんな」
「お主、名は」
「僕は……ソーマ・フィースと言います」
「フィースだと……エマの子か?」
「いいえ。違います。訳があって先生から名を借りました」
「・・・んんん。そうか。まあ、今の技の無謀な感じ……これはあの子の無謀さに似ていて、通じるものがある。確かに弟子と言われても信じられる部分があるな・・・・これはどんな魔法陣なんだ? ソーマ?」
「はい。これは無双という魔法陣です。先生が考えた身体強化系魔法陣です」
「なるほど。少し見せてもらうぞ」
校長は、ソーマの頭に手を乗せて、蒼く輝く瞳を向けた。
「これは・・・間違いない。人体で発動させているな。しかし、なんて規模の魔法陣。通常の魔術師では、三十分も持たない魔法陣だぞ。これを常時発動させておるのか?」
「え。まあ。そうです。かれこれ、五年くらいは発動させてます」
「五年も!? あ、ありえん。どんな体力をしておるのだ。ば、化け物級ではないか」
校長の目が丸くなりすぎて、可愛らしいおめめになったと思うソーマであった。
「まあ。この結果は儂にまかせよ。マイルセンは他の者を採点せい。それと、あとで話があるのじゃ。レイア姫」
「は、はい。必ずお伺いします。ゼフ様」
校長先生は、ソーマではなくレイア姫を呼び出したのだった。
こうしてソーマは、実技試験を60点。筆記試験を0点として学校史上最低点の60点で、特別待遇生徒として合格を果たした。
実際の実技の結果は満点であるが、他の生徒候補の子から見て目に見えて分かる結果ではないから一応の合格点にまで差し引かれて、筆記試験の方が0点だったのは、ソーマには問題文の難しい文字が読めなかった。
彼は挨拶と名前、それと基本魔術の言語くらいしか理解していないので、問題文の意図すら読めずにいたのである。
結果としてはテストには名前だけ書いて提出した形である。
点数の合否ラインは公にはされていないが、例年120点ではないかとされているロレント魔術学校で、60点。
これは異例でありました。
内申点の加算。つまり面談に置いてソーマは合格点まで加算され、そしてレイア姫の意向により、ソーマは護衛の任を持った従者として、特別に魔術学校に入れたのでした。
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