第5話 一芸を極めた男はまだまだでしたとさ

 買い物をしている王都民の間をソーマは駆け抜ける。

 日中の人込み。それは彼の想像を超える人の多さと匂いの嵐だ。

 この嵐の中では彼女の匂いもかき消されるかと思いきやそうではない。

 香水の香りはちゃんとこの場に残っていた。

 それにしてもこれほど人がいるのに、周りの人たちが騒がないのは何故だろう。

 女の子を運んでいる状態の誰かがいるのに、他人に関心がないのにも程がある。

 とそんなことを疑問に思いながらソーマは匂いを追っていた。


 敵の移動速度は中々に速い。

 匂いを追わずに走れたらもっと速く走れるのに、ソーマは歯がゆい思いの中で追いかけていた。



 「どんどん移動しています……下の方に向かってますね」


 行き先が地面よりも下らしい。ソーマの鼻は高低差まで嗅ぎ分けている。

 人混みがいつのまにか無くなっていき、次第にひと気がない場所へ。

 行き着いた場所は王都の地下道だった。

 地下道の入り口は檻があって鍵がかかっていた。だからソーマは迷いなく斬って開けた。

 鉄すら簡単に破壊するソーマの剣技は、少々異常である。

 

 「近い! 彼女の他に・・・匂いは5かな?」


 移動している匂いは、彼女を合わせて6。

 犯人は一人ではなく、大所帯で逃げていた。

 だったら何で、さっきの人込みで騒ぎにならないのだろうと、ソーマはさらに疑問を持った。


 追いかけ始めてからは15分。地下道に入ってからは3分。

 ソーマは敵の背中を見つけた。

 彼女は米俵のように担がれているから、スカートから出ているお尻が丸見えだった。

 見ちゃいけなかったな。 

 なんて余裕もあったが、まだ遠くにいる彼女の姿をハッキリと確認できていた。

 

 ◇


 「急げ……こいつを売れば、一生遊んで暮らせるぞ」

 「ああ。早く例の場所に」 

 「でもなんで地下に来たんだ。直接アジトで渡しておけば」

 「・・・・・」

 「馬鹿かお前。そんなことしたら俺たちの足がついちまうだろ」


 五人の男はレイアを連れ去りながら会話をしていた。

 大胆な行動を起こした癖に考えが合致していない。

 

 「・・・・ん・・・んん・・・あ、あなたたちは・・・な、何者ですか」


 麻痺の魔法陣の効果が消えたためにレイアが起きた。

 瞬時に敵だと判断した彼女は、今この瞬間に魔法陣を展開しようとしたのだが発動しなかった。

 それは、後ろ手に縛られている手錠のせい。

 魔術師殺しの鎖『トイズチェーン』

 トイズの石と呼ばれる。魔力を封じる効果がある石が組み込まれた鎖が彼女の魔法を封殺していた。 


 「無駄だぞ。お姫様。あんたは魔術師として優秀だからな。魔力を封じさせてもらってんのよ」

 「そう姫様が暴れられたら死んじまうからな・・・俺たち・・・」


 先頭と二番目の男の会話途中で、後ろから叫び声が聞こえた。

 

 「ぎゃああああああああ」「ごおおおおおおおお」

 「1・・2・・そして・・・」

 「ごあはあばばろあああ」

 「・・・3ですね」

 

 数える声がやけに冷静。会話をしていた二人は同時に振り返ると、白髪の青年が飛び跳ねながら仲間を斬り終えた所であった。

 

 「その方を離してくださると。あなたたちを殺さなくて済みます。どうです? 死にたくはないでしょ」


 声が平坦ゆえに恐ろしい。

 人を殺すことにためらいがない。

 ソーマの感情がフラットなのだ。

 これは生きるために動物の殺生をしてきた経験から来るものである。


 「ひ・・ひぃ」

 「あ。お前・・・逃げんな。俺を置いて逃げんな」


 二番目に走っていた男が、レイアを地面に捨て去って逃げた。とにかくこの状況から逃れたくてバランスの悪い走りを披露していた。

 捨て置かれたレイアを拾って先頭の男がレイアの体に手を伸ばしたところをソーマは狙った。

 右手が伸び切った所で一閃、先頭の男の右手は宙を舞った。


 「ぐおおおおおおお。お、俺の右手が」

 「彼女をまだ諦めてない様子なので遠慮しません。では、さらばです」


 一閃が見えない。

 ソーマの剣技をその身に受けた男は、恐怖ではなく満足そうに笑う。

 それは自分の最後がこれほど美しい剣によって殺されるのかと、満足して生を終えたのだ。

 

 「あ、あなた様は・・・またお助けに来てくださったのですね。どうして・・・」

 「いや、それがあなたのそばにいた女性がどうしてもと・・・・彼女が泣いていたもので・・・・あの~、お団子が二つ。頭についている人です」


 ソーマは、ツインテールをお団子と称していた。

  

 「それは・・・ビビね・・・」


 説明不足であってもレイアは彼が言っている人物をビビアンだと理解した。


 「・・・あ。先程逃げた人を捕まえてもらえませんか。事情を聞きたいのです。私が誰に狙われているのかを知りたいです」

 「え、もう逃げたので、別にいいのでは」

 「だ。駄目です。なんとかして情報を取らないといけません。し、死にたくないのです」


 切実な表情の影に重い事情があると推察する。


 「…わ、わかりました。やりますよ」


 タダでやるにはいろんな仕事をしなきゃいけないのか。

 タダってこんなに面倒なんだと、師匠のお言葉を全面的に肯定したソーマであった。


 「ありがとうございます」


 ソーマは逃げた人物の匂いを追う。

 さほどここから離れていない。

 目と鼻の先。

 すぐにでも追いつくなと、走りながら思ったのである。


 ◇


 「嫌だ嫌だ。なんだあの化け物。命が幾つあっても足りねえよ」

 

 走り方がぎこちない男は、ソーマの異常な強さに足が震えていた。

 前に進んでいる気持ちではいるが思ったよりも進んでいなかった。


 コンコンコン。

 自分の靴の音の後。

 ダン・・・ダン・・・。

 靴が出す音じゃない爆音が後ろから聞こえる。

 走っているような音じゃない。

 どこかが爆発している気がする。

 逃げている男は、恐る恐る後ろを振り返った。


 「・・・なんか・・・音が変だ・・・な、なに!?」


 追いかけてくるなら地面を走るだろう。

 それは普通の人間の話。しかしこちらの化け物は地下道の壁を走っていた。

 何故壁を走って地面に落ちないのか。

 それは彼の異常な脚力が、地面に落ちることを許さなかったのだ。

 逃げている男の前を走るためにソーマは壁走りで追い抜いた。


 「ふぅ~。仕事が増えましたね・・・では、大人しくついてきてもらえると嬉しいですね。戦うのも面倒なので、大人しく負けを認めてくれませんか」

 「お・・お前・・・バケモンだ。嫌だあああ」

 「失礼ですね。バケモノなんて! ほい!」


 男は自分の魔法陣展開よりも早く行動が出来る煙玉を使用しようとした。

 地面に叩きつけようと、片手を上げた瞬間。

 ここでまたあの煙を焚かれたら面倒だとソーマは、その手を握って男の首に手刀を入れた。

 

 「ふざ・・・けんな・・・速すぎて・・・見えねえ」


 男は気絶した。


 「やれやれ面倒な事ばかりですね……タダって怖いですね。先生の言う通りだ。これからは、タダ働きは遠慮したいな」


 レイアを襲ってきた敵を二度も撃退したソーマであった。



 ◇


 捕まえた男をレイアに引き渡した後。

 二人はソーマを置いてこの事態を処理していた。

 近衛兵のような人物に男を引き渡して、あとで尋問をするからと言っていた。

 そして、全ての作業が終わると、ビビアンがソーマに話しかけてきた。


 「か、感謝します。あなた様。私の願いを受け入れてくださり、ありがとうございます。もう何なりと言う事を聞きます。なんでもどうぞ。この身であろうが、お金であろうが。なんでも・・・もうあなた様の奴隷にでもなってみせます」

 

 ビビアンが頭を下げた。


 「いえいえ。そんなたいしたこ・・・とは・・・」


 ここでソーマはふと思った。

 タダより怖いものはない。タダで施しを受けるのも怖いが、タダで奉仕するのもよくないとの師匠の教えが頭をよぎった。


 「……そうですね。じゃあ、僕。何か美味しい食べ物が欲しいです! お腹空いちゃって! ははは」


 ソーマの考えとしては、料理がたくさん並んでいる場所でいくつか買ってもらおうと思った。

 でも彼女の考えはそれではなかった。

 彼女は、なぜかソーマを街の中枢に連れて行った。

 最終的に連れて行ってくれたところは、お城であった。


 「えええ・・・なんで???」


 ソーマはロレント王国のハイスル城を見上げて言った。

 中を案内されて、レイアの部屋に入る。

 豪勢な椅子に座らされて、テーブルの上に置かれた紅茶を初めて飲んだ。

 癖のある香りに悪戦苦闘した。


 「こちらに料理を運びますので、少々お待ちを」

 「あ。はい。待ってます」


 食事は続々と運ばれてくる。

 スープやパンなどの簡単なものから、メインは羊肉のようで猪鍋とかを食べていたソーマにとっては、ずいぶんと豪勢なものが出るなと思った。

 彼は家族からこういうちゃんとした料理をもらったことがなく、彼が食べていたのはサバイバルで得た食材を調理したものだから、彼女の作った料理は見たことがない食べ物ばかりで、心から喜んでいた。

 なにせ、野生動物を山にまで取りに行って、それらを燻製にした保存食ばかりを食べていたワイルドボーイの舌には贅沢な料理ばかりでした。 

 

 「凄い。ご馳走だ・・・ありがとうございます」

 「ええ。どうぞ。お召し上がりください」


 優しく言ってくれた割に、ビビアンと目が合わない。

 変だと実感していても目の前の食事の誘惑には勝てなかった。

 ソーマは、出された料理を食べ始めた。


 「美味しいです……先生の料理よりも美味しいや・・・あ、これもかたいパンじゃない! おお。スープも具沢山で・・・このひつじ・・・に・・・くも・・・・あれ? なんか変だ」


 ソーマの視界が二重から三重になる。

 頭がぐらぐらと揺れて、目が重くなっていく。

 美味しいものがすぐそこにあるのに、手を伸ばせなくなった。

 薄れゆく意識の中で声が聞こえる。


 「よくやりました。ビビ。これで」

 「本当によろしいのですか。レイア様。なんだか心苦しくて」

 「いいのです。これぐらいしないと駄目です! 逃げられますから」


 二人の会話が不穏であった。


 「な・・・・何の話?」


 ここから、ソーマは記憶を失った。



 ◇


 「ん! なんだろ・・・この天井・・・ピンクだ」


 気を失ったはずのソーマは、見知らぬ天井に戸惑う。

 ピンク色の天蓋。シーツもベッドもピンク色。

 これは女の子のベッドだ。

 自分の藁の寝床よりも眠りやすいよ。

 なんてソーマは気にしている暇はなかった。


 「……あれ、僕。食べてたら眠くなったのかな・・・ん?」


 自分の右側に人の温もりがある。人の寝息が聞こえる。

 ソーマはゆっくり首を回して隣を見た。

 

 「なんでえええええええええええええええええええ」


 そこにいたのは綺麗な顔をして眠るレイアだった。

 ソーマの右腕を大切に抱いていた。

 女には気をつけろ。

 師匠の言葉が身に染みてわかった瞬間だった。


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