第4話 師匠の教えに疑問を持ちましたとさ
二日後。
王都に入ったソーマは、エマが行ってみろと紹介してくれた王都のギルドマスターに会いに行こうとしていた。
でもこの街がマルベントよりも大きいために、思いっきり迷子になっていた。
同じ場所をグルグルと回っているのには理由がある。
人込みのレベルも違うし、それにそもそも通りに人がいすぎて、彼は人に酔っていたのだ。
どうやら人が多いのが苦手なようなのだ。
「・・い、田舎だったんだ。僕がいた街・・・こんなに人がいるなんて・・・目が回りそう」
自分の故郷のランニングコースには人があまりいない。
でもここはどこにいても、人がたくさんいて一体どこを走ればいいんだろうと、マラソンコースも考えていた。
毎日のノルマを果たせなくなるのが何よりも嫌いなソーマである。
町を彷徨う事三時間。
ソーマはようやくギルド会館を見つけた。
太い柱はまるで神殿の様な作りで、歴史と威厳のようなものをギルドの建物から感じる。
中に入るとすぐに受付があり、三カ所も窓口があった。
広いエントランスだった。
「すみません。ギルドマスターさんに会えますか?」
「ご用件があるのですか? マスターにいきなり会うのは・・・さすがにアポがないと無理でありますよ」
受付の綺麗な女性は子供が来たと思って優しく答えてくれた。ソーマの顔も可愛いためにお姉さんは張り切っている。
「そうでしたか。エマの弟子が来たと言えばすぐに会えると言われたんですけどね。会うのは難しそうですね……どうしましょう」
(あれ先生。どういうことでしょう?)
「エマの弟子?」
「はい。エマ・フィースです。僕はその人の弟子です」
「えええええ。ええええ。えええ。エマ・・・・・あの・・・エマ・フィースの!?」
受付の女性の目が開いたり閉じたりを繰り返す。
「はい。どうしました?」
ついには受付の女性が固まった。
「あれ、大丈夫ですか。お姉さん。お姉さん!! あれぇ??」
ソーマは受付の女性の顔の前で手を振った。
反応は無し!
「何を受付で騒いでいる!」
ライオンの鬣のような髪型の大柄の男性が、受付の奥から出てきた。
威圧感ある胸板は、はち切れんばかりの筋肉を纏っている。
「ま、マスター!? こ。こちらの少年がですね。あのエマ様の弟子だと」
受付の女性がすがるような目で後ろを見る。
「なに!? エマのだと!? あの化け物が、弟子なんてとらんわ。嘘つくなガキ」
黄金にも見える黄色の髪の男性の視線が痛い。
「嘘じゃないです。先生がどこにいるか知りませんが僕は先生の弟子です。確認してくださいよ!」
「こっちも知らんわ。あの暴虐の魔女の居場所なんてな。知ってたら教えてほしいくらいだわ。あいつの居場所がわかるんだったらな。俺たちだって、苦労はしねえんだよ」
「暴虐の魔女?」
「お前、そんな事も知らんで弟子だと名乗ったのか。嘘つき決定だな」
「嘘は言ってません。先生は僕のことを育ててくれましたよ」
「ならお前、何が得意なんだよ。言ってみろ」
「僕は剣です」
剣!?
この一言が、この場の者たちの頭の中に浮かんだのであろう。
魔術の魔の字すらない言葉に、時が止まった。
「ガハハハ。冗談ばかりのクソガキだ。さっさと帰れ。お前みたいな奴は門前払いに決まってる」
「え!? だ、だって。先生の弟子なら・・・話が通るって」
「弟子ならな。嘘つきのクソガキ。おらよ」
ギルドマスター直々に建物の外まで放り投げられた。ソーマはサンバウンドして、お尻を痛める。
「いたたた・・・え!?」
ギルドマスターは仁王立ちで立つと、堂々たる姿に歴戦の猛者みたいな強さを感じた。
「二度とくんな。クソガキ」
「・・・・・」
それ以上は何も言えず、肩を落としたソーマは行く当てもなくトボトボと歩いていったのだった。
◇
おかしい。
聞いていた話と違い過ぎて、エマ先生が教えてくれたことは嘘ではないのかとソーマは思い始めた。
遠慮しますは魔法の言葉じゃなかったし。
ギルドマスターに自分の名前を出せば話が通るも嘘だった。
ただ、嘘ではないのが一つだけある。
それは自分の強さだった。
なんかよくわからない変態黒ずくめ軍団は成敗できたので、自分の実力は間違いなくあるのだと、ソーマは思いながら道を歩いていた。
食べ物のいい香りがする街。
お金を出して買ってみたいけど、所持金はたったの500G。
さっき見かけた宿の中で宿代最安値は300G。
一泊しか出来ない状況に……どうしようもない無念さが襲ってくる。
このままスラム街にでもいって、乞食にでもなるのかもと思ったその時。
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「結婚してください!」
「ふえ!?」
「あなた様。どうか私と結婚してください」
「うわ! 怖い!」
恐怖のあまり一瞬だけ体が強張ったことで、魔法陣が展開されてしまう。
ソーマの胴体には、紫の魔法陣の内側が入り込み、体が上手く動かせなくなる。
「これで拘束しました。もう逃げられませんよ。結婚してください」
「…いや、あなた。怖いですね。これが・・・先生が言う」
女は怖い。あとは酒も気をつけよう。
なんてソーマは単純に考えていた。
「しかし。これならば。ほい!」
魔力をいつもよりも多く無双に供給する。
すると、自身にかけられている効果が上昇。
ソーマは、レイアの拘束の魔法陣を壊した。
魔術耐性が付与されている無双は、魔術に対して無敵の効果がある。
それはアンチマジックだ。
通常のアンチマジックは、魔法陣の特性を読んで刻まれた
自分自身に仕込まれている魔法陣が、物理的に相手の魔法陣を破壊するという少々チート的な効果を得ているために、武器や素手で直接触れることが出来れば相手の魔法を封殺するのだ。
彼は魔術師殺しの化け物である。
「な!? 私の魔法陣がこ、壊れた!?・・・し、信じられない」
「では、失礼します!!!」
逃げようとした瞬間。彼女の渾身の言葉が刺さる。
グサッと前進に刺さってしまい、その場から動けなくなった。
「あなた様。お待ちを……そのご様子だと、お金を持っていらっしゃらないのですよね」
ソーマが手に持っている全財産の500Gを見られてしまっていた。
彼女に背を向けているソーマの肩がビクっと動く。
そこも見逃さない彼女は畳みかける。
「私の旦那様になれば、お金は無限ですよ。贅沢三昧です」
「……」
「どうでしょう! あなた様」
「・・・・いえ、それは怖いので遠慮します」
タダより怖いものはない。
結婚したらお金が湧いてくるなんて考えてみると恐ろしいと思うソーマである。
「どうしてですか! 私が嫌いなのですか!!!」
「いえ。別にあなたが嫌いとかではないです。普通に考えてみてください。見ず知らずの人に求婚されたら怖いでしょ。それに僕、あなたのことをよく知らないので、好きとか嫌いとかわかりません」
正直な感想を振り向いて話すソーマ。
「・・・む。ですが、あなた様は私を助けてくださいましたよ」
一歩も引く気がないレイア。
「あれはたまたま出してね・・ん!? なにこれ?」
コロコロコロっと、ソーマとレイアの間に玉が転がってきた。
何だろうと二人がそれを見た瞬間、玉から黒い煙が出てきた。
モクモクと二人を包み込むと。
「きゃ・・・え・・・あ・・・これは魔法?・・・陣・・それも痺れのもの・・・」
彼女の声が弱々しくなっていった。
煙が発生した直後、彼女の真下には魔法陣が展開されていた。
麻痺の魔法陣である。
油断をしていた彼女は、体が痺れてしまったのだ。
「・・・きゃあ」
最後の声が聞こえるまでの五秒間が煙幕の持続時間だった。
煙が晴れると僅かな時間の間にレイアは消えていた。
「え!? あの子がいない?」
「お嬢様!」
後から現場にやってきたビビアン。レイアの行動の速さに現場に来るのに遅れてしまっていたのだ。
急ぎ二人のそばにまで来たのだが彼女はすでにここにいない。
「いったい、どこに!? お嬢様! お嬢様!!」
ビビアンが首を回して周りを確認する……しかしどこにもいない。
自分では事件を解決できないとして、ビビアンは最後の望みをかけて彼にすがった。
彼の両腕に手をかける。
「あなた様。どうか不躾なお願いですが。あなた様の強さを知る私のお願いを聞いてください。お嬢様、お嬢様をどうかお助け下さい。お願いします」
目から溢れる一滴の涙。
走って赤く染まった頬の上を流れていった。
「え、助ける?? お願い?? 僕がやるのですか?」
「はい。我々を助けてくれる者などもういないのです。ですからあなた様しか頼れない・・・・お願いします。わ、私にとってはお嬢様が大切なのです。命よりも・・・ですからどうか」
「・・・わ、わかりました。僕がいきます」
目の前の女性が流した涙が美しく見えてしまった。
これを無視して、あなたと自分は関係ありませんと言えるほど心が鬼ではない。
ソーマは思う。
師匠が言うように、たしかに女の涙は恐ろしいものだった。
涙には人の心を震わせる魔力が宿っているのだと、ソーマはここで確信した。
消えた人物を追う。
これは一流の魔術師なら簡単であるが、彼は魔術師ではない剣士だ。
ではどうやって見つけるかというと。
「くんくん・・・こっちじゃないな・・・くんくん・・・」
鼻である。
身体強化は五感の能力も爆上げする。
犬以上に効く鼻に不可能はない。
「あっちだ」
迷いなくソーマは、求婚迫る女性の甘い香りの匂いを追ったのだった。
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