第2話 一風変わった男の子がいましたとさ

 マルベント領は、半円のような形をしたアーベント大陸の東を担当する領土。

 領主は四聖貴族のトルガルド・マルベント。

 ロレント王国の四聖貴族とは、貴族ピラミッドで言うと頂点を指す。


 三級貴族サルスタンが最下層。

 二級貴族ニルスタンが中層。

 一級貴族イルスタンが上位層で、更にその上が四聖貴族である。


 四聖貴族は貴族階級最高の称号と共に自治権を持った領土を管理し、王を守るようにして外周に四つの家が聳え立つ形で、ロレント王国は領土を運営している。

 由緒正しい貴族である四聖貴族はロレント王国の守護者として王と共に国を守る責任のある立場の貴族なのだ。

 

 その四聖貴族トルガルド・マルベントには三人の子供がいた。

 長男のギリドバ。

 次男のローレン。

 そして、三男のソーマである。

 上二人は正妻の子でとても優秀なのに、下の子であるソーマは愚弟であった。

 彼はローレン妊娠時の妻を差し置いて、たまたま娼館に遊びに出たトルガルドと娼婦の間に生まれた子でありました。

 だからなのか、家族は彼に対して、とても冷たく当たっていました。

 そして運の悪い事にソーマは、正妻の子じゃないのに出来が悪かったのです。

 それは五歳時から判明した事実。

 上の二人は、その頃にはすでに文字を覚えていて、簡単な魔術すらも扱うことが出来たのだが、ソーマは文字も言葉も覚えられずだったので、当然魔術を扱うことも出来なかったのです。

 妾の子であるのに優秀じゃない。

 それは悲惨な結果しか生まなかった。

 彼は大貴族の家族の一員として、扱われなかったのです。

 彼にあてがわれた部屋は、人が住むような場所ではなく、兄二人が屋敷の豪勢な部屋で暮らしているのに対して、彼の部屋は隣が馬小屋。

 しかも、窓が繋がっているので、馬たちの匂いが漂う部屋でした。

 言葉も話せず文字も書けない。

 母親もすでにこの世にはいないから、人とまともな会話すらしてこなかった彼は動物とだけ触れ合って日々を過ごしていました。

 


 ◇


 そんな彼に転機が訪れたのは9歳を過ぎた頃。

 息子二人をもっと優秀にしていこうとしたトルガルドが、世界でも五指に入る魔術師を家に招き入れた時が、彼にとっての転機だった。

 それは巨額なオファーであったとされるのだが、彼女はあまり乗り気ではありませんでした。

 彼女は、矮小なトルガルドの思惑通りになるような女性ではなかったのです。


 「うちは変人だ! 気に入らねえ奴は指導しねえかんな」

 

 トルガルド、ギルドバ、ローレンがいる場所で、彼女はローレンとほぼ同じ身長なので見上げながら宣言した。 

 唖然とする三人をよそに、彼女は黙って彼らが話すのを待つ。


 「・・・え。いや。あの~~。お金は払いますから、どうか指導を・・・」


 子供のような見た目の彼女に、トルガルドはこびへつらう。


 「金じゃねえ。うちは納得する仕事しかしねえんだ・・・うち、暇じゃねえし」

 「・・・で、ですが・・・」

 「んで。誰を鍛えりゃいいのよ。どっちだ?」


 四聖貴族に対しても、横柄な態度を貫く女性の名はエマ・フィース。

 紫ロングの髪は、一本一本が繊細できめ細やかさがある癖に、彼女の性格はへそが曲がっていた。

 幼い見た目に美しい顔立ち。でも邪悪な笑みが似合う女性。

 それがエマという世界トップクラスの魔術師である。


 「私の息子二人ともです。王都の学校に行くまでの間に強くしたいのです」

 「・・ああ、あそこか・・・」


 エマは、深淵を覗くかのような黒の瞳でトルガルドの二人の息子を見つめた。

 彼女に見つめられた二人の息子はたじろいで壁に背中をつける。


 「・・・こいつらは駄目だな。うち、気が乗らねえ。こいつらは普通だもんよ」

 「え、わ、わわ私の二人の息子は! 5歳で魔術が使えましたよ! 普通ではありません」


 トルガルドにとっての唯一の誇れる部分は息子が幼い時から魔術が使えた! の一点でありました。確かに、僅か5歳で扱えるのは異例中の異例であります。

 でも・・・。


 「それは決して普通ではないはずだ。実に優秀な息子なんです! エマ様!!!」

 「……ああ。そいつは。こいつらが早熟なだけだぜ。こいつらが持ってるもんは普通だもんよ。成長の余地がねえ。今がピーク。だからうちは気が乗らねえので帰ります。この件、遠慮します」


 と最後は丁寧な言葉でこの場を去ったという。

 彼女のその行動に怒り狂ったトルガルドは彼女がいなくなった後のドアに向かって書類を投げつけた。


 そして、運命は続く。

 彼女が帰ろうと屋敷を一歩出た時、全身の毛穴が開いた。

 恐ろしい魔力量を感じてブツブツと鳥肌が立ったのだ。


 「奴らか!? 魔物か!? な、何だ。この莫大な力は・・・」


 彼女がその原因を探し回って見つけたのが彼でした。

 馬のボロの世話をしている最中の彼と出会ったのです。

 丁寧に掃除をして馬の顔を撫でている所でした。


 「なんだこのガキ・・・おい。お前」

 「・・・・・」

 「ん? 返事しねえな。なんでだ」

 「・・・・・」

 「話せねえのか?」


 少年は【うんうん】と頷いた。

 言葉の理解はしていても話せない。こちらもまた不思議な少年だった。


 「こいつ・・・うちの目を見ても、ただその場で見つめ返してくるのか。すげえぜ。こいつは・・・最強かもしれねえ」


 エマの目を見れば魔物さえ恐れをなして逃げる。

 そう言われているくらいに、彼女は鋭い眼光をしているのです。


 「?」


 物怖じしていない少年は、可愛らしく首を傾げた。

 元々可愛いらしい顔立ちなのでさらに可愛らしく見える。


 「おもしれえ。こいつを育てたいな。あの糞豚野郎に聞いてこよう」


 エマ・フィースはたまたま出会った少年を弟子に取ることに決めたのです。

 この事で、トルガルドは自分の息子二人を鍛えないのに、なぜあいつを鍛えるのだと怒りはしたが、彼女の無言の圧力により了承せざるを得ず。

 育ててもいいという代わりに、一切賃金は出さないとしたのでした。

 それを快く承諾したエマは彼を育て始めたのです。



 ◇


 「文字が書けない。言葉が話せない。これだと当然魔術は無理だな。教えようにもそこから始めなきゃならんか」


 エマは、物事をイチから教える事にしました。

 しかし、これが最初から難航する。

 彼は、エマの教えを受けてもどうやら勉学があまり得意ではなく、一か月後が経とうとしても言葉もたどたどしく文字も名前くらいしか書けませんでした。


 「阿保だな!」

 「はい!!!」


 しかし、少年はとても素直で可愛げがあったので、師としては可愛い弟子であると思っていました。

 周りから恐れられるくらいに彼女は怒りやすい性格の女性であるのだが、彼を育てている時はほとんど怒ったことがありませんでした。

 それくらい弟子が可愛いと思っていたのです。

 

 魔術とは、基本構成とその応用で出来る簡単なもの。

 複雑怪奇になっていると、世間では言われていても魔法陣というものは実は単純だ。

 基礎のような基本の形が存在するのである。

 例えば、火の魔法を構成する際。

 火を起こす着火のイメージから始まり。

 その次にその火を発動させる発動条件を書き記して。

 最後に発射条件を付けくわえるのです。

 ですから魔法陣は、三段階となっており。

 内側の円に最初のイメージ。

 次の円に発動条件。

 最後の円に発射条件を書き記していきます。

 これらは一応教科書に載るくらいに基本のものであります。

 そして、その力をもっと強くしたいと思ったならば、魔法陣を描く際に何重にも重ねるか、それとも魔法陣を何枚も表に出していって、最初に放出した火魔法をその魔法陣たちにどんどん通ってもらうようにして強化するなど、自由な発想や方法で魔法を強くすることが出来ます。

 だから、基本の魔法陣さえ出来れば、誰でも簡単に魔法を放出できるのが魔術師となっていました。

 頭の中で魔法陣を構築して、あとは発動できる魔力があれば発動はたやすい。

 至ってシンプルな話なのです。

 

 ですが……少年はそのシンプルなことが出来なかった。

 彼は素直でいい子だったが、幼い頃はとてつもなく馬鹿であったのです。


 「どうしようかな……うちはおもしれえと思ってんだけどな。どうやって育てるかな~」


 エマは、弟子の出来が悪いからと言って、見捨てる気は一切なかったのです。

 むしろ、この少年が他の奴らよりも面白い存在であると信じて疑わなかったからこそ、熱心に指導をしていました。

 普通の人間を魔術師にするのとは訳が違う。

 凡人や天才。秀才の類の者の努力を見てきた百戦錬磨のエマにとって、この子だけは異様で異質。

 だからこそ日々の成長が面白いと、心から彼の成長を見守っていたのです。



 彼を育て始めて半年。

 まともに会話ができるようになり、自分の名前くらい文字で書けるようになったのはいいが、それでも魔術は扱えませんでした。

 初期クラスの魔法陣でも、情報を文字にして刻まないといけないからです。

 基本が出来ないのであれば、いかに魔力量が凄くとも魔法は操れないのでした。


 「いや。手ごわい。お前はすげえ手ごわい・・・どうしよう。ま、今日は外に出てピクニックでもするか・・・そんなに切羽詰まる必要もねえしな」


 と別に修行が上手くいかなくとも気にもしないのがエマであった。


 しかしこれが気分転換なはずなのに、実践サバイバルが始まるのである。

 マルベント領の都市マルベントから南西にあるハイスロ山に遊びに行くのが、彼女の言うピクニックである。

 そこは、魔獣や野生の動物たちが蔓延る危険極まりない場所。

 修行するにはうってつけだとしても彼はまだ10歳。

 無茶苦茶な場所でのサバイバルである。

 でも彼はその場所に問題がなかった。

 木に登ったり、罠を設置したり、別にエマの魔術がなくとも一人で生きていけるくらいの身体能力と戦闘の勘が良かった。

 これは大変に珍しいこと。

 なぜなら、魔術師という者は身体が強くない。

 昔、魔法使いが全盛期の時代は人々の身体能力が高かった。

 それは魔法が操れる人間が極少数で、それ以外の者たちは体を動かして戦う兵士であったからである。

 剣や弓。槍や盾など。

 己を鍛えて武芸を磨き、相手と競い合っていたのが昔の時代である。

 だがしかし現在の主流は魔術師が基本。

 彼らのほとんどが魔法陣だけで戦うことが出来るために、自分の体を鍛えるということをしなくなってしまったのだ。

 だから、体が強くないのが基本。

 なのに、これほどに高い身体能力を持つ人間は非常に珍しいのである。

 そして何よりもまだ10歳。

 飛んだり跳ねたり。

 それに生き物を殺傷するほどの攻撃力を手に入れているソーマは生身にして強すぎるだろうとエマは考えた。

 そこで彼女は動いた。

 彼を最強にするためには、これしかないと・・・・。


 「おい。ソーマ」

 「はい。先生!」

 「お前。剣士になるか」

 「剣士???」

 「ああ。お前、すこぶる魔術師に向いてねえ。だから、魔術師を諦めてさ。この世界では最悪の剣士にしちまおうかなって思ってる」

 「僕が・・・最悪?」

 「ああ。これからたった一つの魔法陣を勉強しよう」

 「・・・え? 魔法陣ですか? 僕は魔術師ではなく剣士になるのでは?」

 「ああ。剣士だよ。でもお前は、最高の魔力がある。誰にも真似できない莫大な量の魔力と質。だから、それをただ一点に集中させるぞ。この魔法陣だけを勉強すんぞ。よし、うちはこの魔術を・・・」


 エマはソーマの頭を撫でて宣言した。

 これこそが、お前の生きる道。

 可愛い弟子がこの世界を生き抜く。

 たった一つの道だということを信じて。


 「『無双』と呼ぶことにする」


 これが今では有名な剣術の基本の魔法陣『無双』の誕生のきっかけでありました。

 当時の無双は、ソーマが使用することで唯一無二の魔術となるのでした。


 

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