第9話 暴虐の魔女とは・・・
翌日。
ソーマは部屋の壁を背にして座り、剣を抱きしめたままで起きた。
いつ何時襲われるのか分からない彼女を守るには、常に戦闘態勢を取って守ろうとしていたのである。
これは今では剣士の護衛の基本となっている眠り方である。
彼の普段の行いが、現代の剣士の基礎となっている面が多い。
それは彼女『レイア・ビリティ』の記述した本による影響が大きいからだ。
朝5時。
部屋の隅に仕切りを置いているソーマは、そこで着替えた。
ここを自分の部屋だとした彼の生活スペースは、人が三人座れば一杯一杯。
でも彼にとっては快適な部屋である。
なにせ馬小屋じゃないからだ! それに匂いがイイ。
女性二人と暮らしているから、彼女らは香りに気を遣っているのである。
着替えが終わり、仕切りの外に出るとビビアンがすでに起きていて朝の支度をしていた。
彼女はレイアの学生服にアイロンをかけていた所で、ソーマを見つけて笑顔がはじけた。
朝の光と混じり合い眩しくて美しいビビアンである。
「おはようございます。ソーマさん」
「ビビさん。朝早いんですね」
「ええ。まあ。レイア様は夜早く朝も早いので、私たちも早く行動を起こします。では、ソーマさんも服をください。私がアイロンをかけますからね」
「え。僕の分もいいんですか!」
「はい。ソーマさんのお世話も私がしますからね。こちらに持って来てくださいね」
「わかりました。持ってきます」
と素直なソーマは自分の荷物から学生服を取り出して、ビビアンに渡そうとすると気付く。
「ぐっ・・・な、なぜ」
目を伏せて後ろに下がった。
「え? ソーマさん、どうしました??」
ビビアンの姿があまりにも妖艶すぎた。
今にもその美しい体から二つの双丘が見えそうな服を着用している彼女。
窓から来る朝の光を浴びて肢体がやけに艶めかしく綺麗に映る。
彼女もまたレイアほどではないが十分な双丘をお持ちである。
「ふ、服を着てくださいよ。ビビさん」
ソーマは目を逸らした。
「・・・ん? 服ですよ。これ? スリップです」
「だ。だって、肌が見えます。む、胸も」
「ふふふ。相変わらず子供みたいで可愛い人ですね。気にしないでいいんですよ。レイア様に比べたらそんな綺麗な体でもありませんし」
「いえ。お綺麗だから・・・僕は気にします」
「大丈夫です。お姉さんは、ソーマさんを襲ったりしませんから。ね! はい。その学生服をください。アイロンかけますからね」
「・・・はい。お願いします」
「お願いされましたよ」
渡された学生服に丁寧にアイロンをかけるビビアンは、『うふふ』と先程のやり取りを思い出して軽く笑った。
「ソーマさん。これから何をするつもりなんですか? こんなに朝早く起きて?」
「僕。今日からですね。ランニングは朝にしようと思いましてね。敵が朝から襲ってくるってないですよね? 狙うなら日が暮れる時間帯とかですよね」
ビビアンの妖艶な姿に慣れたらしい。ソーマは切り替えが早い男であった。
「まあ、たしかに。朝から拉致しようとは思いませんね。人目もついてくるだろうし」
「ですよね。だから今のうちに日課のランニングだけでも済ませれば、後は素振りとか筋トレはどこでも出来ますしから。それじゃあ、早速いってきます!」
「はい。そうですか。ではではいってらっしゃい。ソーマさん。お気をつけて~」
ビビアンに送り出されてソーマは、ベランダから飛び降りてランニングに向かった。
そんな無茶なことが目の前で行なわれても、ビビアンは平然と自分の仕事に集中した。
彼女はもうソーマが何をしようが驚かなくなったのでした。
◇
ロレント魔術学校は3年制で、1学年が800名前後。
なので、大体が2400名ほどの超マンモス学校である。
学校の入試の難しさを突破してくる生徒たちの実力は、一般の子供たちよりも高いレベルにあるのだが、ここには将来性も加味されている場合があるので、実は入学当初が一番実力差が生まれている。
なのでクラス編成の際にそこを考慮していると、一向に編成が進まないないので、実力がまちまちとなる。
なので、貴族や平民などで振り分けるようなことが基本はなくなり、クラスメイトたちの階級はバラバラである。
ただし王族の場合は異なる。
寮以外は、皆が平等な環境で暮すのが魔術学校ならではの光景だ。
1年7組。
これがレイアとソーマのクラス。
40名いるクラスメイト達の中に、一人燦然と輝く王族がいるのは異質である。
彼女が登校すれば皆が息を飲み静かになる。
「ソーマさん。あちらに座りますか」
学校の席は自由で、指定された席はない。
ここの教室は、縦五列で縦三列の三人席。
窓際の一番後ろの端の席にレイアが座ったので、その隣の真ん中の席にソーマが座った。
二人が着席するとクラスにいた生徒たちは視線を向ける。
あのレイア姫だ。美しい。綺麗。美人
などなど、内心はこんな感じだろう。
彼女の美しさには魔が宿るとまで言われているくらいに魅力がある。
それを自他ともに認めている事実があるのだが、これがなぜかソーマには通じない。
歯がゆい思いをレイアは抱いていた。
そんな誰も近寄ることのない状況があって、他にも席が空いているのにソーマの右隣の席に女の子が座ってきた。
「おは。君、名前なんて言うの?」
「え、僕ですか?」
「うん! 君」
「ソーマです」
「ソーマ君か。君、可愛いね」
「・・・そうかな? 自分ではわからないです・・・あ、でも先生はよく言ってくれましたね。可愛いぞって」
「その人、分かってるぅ。君。絶対可愛いもん!」
褐色の肌と七色に染まった独特の髪色をしている女性は、馴れ馴れしくソーマに話しかけた。
マニュキュアもピアスもド派手で目がチカチカすると、彼女を見たソーマは思ったのである。
でも女性のことをそう思っても、ソーマはそんな失礼な事は決して言いません。
エマから女性の容姿に関しては教育を厳しく受けているのです。
容姿は自由でいいのだ。
肌が黒かろうが白かろうが。髪が派手だろうが地味だろうが。
背が大きかろうが小さかろうが。胸があろうがなかろうが。
とにかく何でもいい。
否定してはいけないのだぞ。
と、体の小さなエマは自分の思いを伝えているのである。
主に自分の容姿に満足のいかない彼女のささやかな抵抗でもある。
特に背と胸はエマのコンプレックスである!
「君は? 名前なんて言うの?」
「リタ・バラン」
「へ~。リタさんね」
「リタでいいよ。ソーちゃんって呼ぶから」
「え? ソーちゃん?」
「ソーマでしょ?」
「うん。まあ。そうだけど」
「じゃあ、ソーマがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、ソーちゃんね。ソーちゃんさ・・・」
と二人が軽快に会話していると、隣から圧を感じる。
「ソーマさん・・・むむむむむ」
綺麗な顔に一つ、深いしわが出来ている。
睨む顔には凄みがあり、ソーマは冷や汗を掻いた。
「な、なんでしょう。レイアさん」
「ぷん!」
窓を向いたレイアは、やきもちを焼いたのはいいのだが、ここで引いてはいけなかった。
廊下側に座った女性は遠慮を知らない。
「ねえねえ。ソーちゃんは彼女いるの?」
三人連なる椅子なのに、やけに真ん中よりに座るリタ。
肌と肌が密着するようにして座る。
「・・え?・・彼女ですか。いませんよ」
「ええ。もったいない。可愛いのに」
「それ関係ありますか?」
「関係あるよ。可愛い子は狙われる運命なのよ! こんな感じでぇ」
リタは、ビタッとソーマの肩に顔を寄せた。
「これが付き合うってことですか? よく分からないんだけど」
「う~ん。これはまだ付き合うまではいってないかも。チュウとかしてみれば付き合いになるかも。どう、あたしとやってみる?」
「いえ。遠慮します」
ソーマ必殺の断り文句である!
「なんでぇ。女の子がいいって言ってるのに」
「遠慮します。付き合ってないんで」
「じゃあ付き合えばしてもいいの」
「いえ。僕、付き合えないんで、ごめんなさい」
「え? なんで付き合えないの?」
「僕は付き合うとか結婚するとかは、全部先生に聞かないと駄目ってなってるんです。なんでか知らないんですけどね。先生は色んなことには挑戦しろって言ってくれたのに、結婚とかお付き合いだけは絶対に許さんって言ってましたね。だから無理です」
リタに向かって答えたのに、返事を返したのは彼女じゃなくレイアだった。
「え!? そうだったんですか。ソーマさん」
「あ、はい。そうなんです。先生からの禁止事項の一つです。『うちは親だ! うちに連絡を入れて、うちが認めない限り、お付き合いは認めません!』だそうです。僕、先生を怒らせるのは怖いので従うことに決めています。基本自由な人なのに、これだけは絶対に守ってもらうぞと凄い怖い顔で言ってきたのです。あの時は、恐ろしかったなぁ。殺されるかと思った」
「・・・そうだったんですね。だからあんなに頑なにお断りを・・・・それに結婚したくば、あのエマ様に会わねばならないのですね・・・それは難しいことです・・・いったい、どんな魔術師が達成できるのでしょうか。世界でもトップクラスの人しか出来ないじゃないですか。いくら成長しようが、私では難しいかもしれません・・・」
頭を抱えたレイアは、小声でブツブツ言っていた。
「ええ。あたし。じゃあ、立候補するね。その人に会ったら許可もらうぅ」
「リタがですか?」
「うん。だめぇ?」
「別に駄目ではないですが、先生に会えるかが問題かもしれないですよ。僕が探しても、見つからないのでね。誰が探しても難しいかも。この半年、調べても分からなかったくらいですし」
ソーマは従者になってから、教養を身に着ける以外の時間にエマの捜索もしていた。
どうやら彼女は王都圏には存在していないらしく、アーベント大陸にもいないようなのだ。
もしかしたらの風の噂では、別大陸に移動しているとの話も浮かび上がっていた。
そう簡単に尻尾を掴ませない彼女は世界でも有名な『九賢者』の一人である。
ちなみに、校長先生とギルドマスターも九賢者の一人である。
「そんなに見つからないの。もしかして凄い人なの?」
「僕の師匠は、エマ先生です。エマ・フィースです」
「え・・・エマ・・・エマ・フィース??? あの暴虐の魔女の?」
「その暴虐の魔女がよく分かりませんが、そうです。エマ先生が僕のお師匠様です」
「……君、知らないの。暴虐の魔女って言ったら、傍若無人の魔術師で。大陸大戦で名を馳せた悪魔の魔術師だよ」
「大陸大戦???」
大陸大戦。
世界には、アーベント大陸の他にウルメシア大陸とイスタンラル大陸がある。
三つの大陸は海により隔てられているが、過去では世界の主導権を握る争いをしていた。
今よりも三十年前に大陸大戦がはじまり、十五年の長い戦争期間を経て終結した。
その中で二十年程前に現れたのがエマ・フィース。
大陸を渡り歩き、様々な戦場に出てきた傭兵の一人で、一個の大陸に協力した女性ではなかった。
彼女が初めて戦場に出た時の年齢はなんと若干9歳。
幼い子供が戦場で何の役に立つのか。
なんて、馬鹿にされたこともあったのだが、彼女はそこで暴れ回った。
数千の魔術師を屈服させて邪悪に笑う姿から、暴虐の魔女と呼ばれたのである。
戦争が終わった今では彼女は九賢者の一人に数えられている。
「ソーちゃん。そんな人と出会えてたの! すっごいラッキーじゃん。その人、天才魔術師だよ」
「へ~。そんなに凄い人だったんですね。そっか、通りで先生の名前を出すと皆が口をもごもごさせるのか。周りから見れば怖い人なんだね」
「暴虐ってついてるからね。怖いのかもね。会ったことないから、あたしは知らないけどぉ」
「そうですか……まあ、普段の先生を見ればそんなことないんですけどね。先生は見た目、小さくて可愛い女の子なんですよ。こんくらいの身長で。目がクリクリしてて、鼻も口も小さくて。態度が偉そうだけど面倒見が良くて、とにかく優しい人だったな」
ソーマの中での師匠像はそれで合っていますが、世間一般ではそうではありません。
彼女はソーマにだけ特別に優しかったのです。
ソーマはそこに気付いていませんが・・・。
【ガラガラガラ】
教室のドアが開くと、あくびをして入って来た男の先生が黒板の前に立った。
「じゃあ、授業を始めるぞ~~~」
ぼさぼさの髪を整えもせずに1年7組の先生は授業を始めようとしたのでした。
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