第9話 勇者


【北西  山中の森】


 モルはやらなければならない畑での作業を終え、家の中にいた。


「はぁ……何食べようかな」

 そろそろ昼時になると先ほど腹の虫が教えてくれたので、今はキッチンで立ち尽くしていた。

「困ったなぁ、何もないやー、少し出かけるかぁ」

 スタスタと寝室へ向かい、半袖を脱ぎ捨て、長袖を着る。モルは森深くに入るなら肌を出すわけにはいかないと知っているが、自分の家の範囲から出たことは無い。


「……いくかぁ……」

 モルはベッドの下を覗き込み、漂う漆黒に手を伸ばした。ガタンという重い音を立てながら、掴んだソレは大きな剣だった。

 あまり使われていないらしい剣をモルは鞘から少し抜いて、再び鞘に納め直した。

 剣を強く握って家を出ると、手汗がゆっくりと滲んでくる。つい持っていられなくなって、腰に剣を差す。


 モルはまっすぐに森の中へと歩みを進めていく事にした。

 モルの住んでいる家の付近には全くと言って人の気配はない。ここにはご近所さんもいない。もし、この森で迷った人間がいれば、きっとポツンと突然現れる家という印象を受けるだろう。仄暗く、人の気配もない森をモルは黙って歩き続けた。


(…滅多に家の付近から出ないから、なんだか変な感じだな)


 モルは家が見えない場所まで歩いたところで立ち止まり、地面に目を向けた。

 地面には薬草が生えており、何種類かは見知った物であったので、モルはそれを摘んでおく事にした。


(…薬草だ、)


 モルは採集を終え、またまっすぐ歩き出した。


(なにか、また懐かしい感覚に襲われている……どこかで僕は、いや、ここだ、ここで……お、れは……誰かと……?)


 やがて、モルはひらけた一本の道に出た。この道を進むと山を下る事が出来る。

 そうして、緩やかな下り坂が続き、その先に広大な野原が視界いっぱいに広がっていく。


「そうだ、野原がある……この先に、広大で鮮やかな緑が……」


 無意識下で口にした自身の言葉に気づかないまま、モルは心に浮かんできた謎の焦燥感に駆られていた。

 足を一歩、また一歩と上手く動かせないのが、とてももどかしい。

 素晴らしい景色を捉えているのに、足が進まない。

 必死に緑を追いかけているのに。



「……行かなくては、あの場所に。

知っている。

俺は、ここも、あの野原も知っている。

何故かはわからないけど、身体が、この汗が教えている……!!」



・  ・  ・



【ザイン失踪後 魔物の町ユリアス】


 野原を抜け、遂に勇者一行は魔物の町ユリアスに辿り着いていた。


 ユリアスは壁に囲まれた頑丈な町である。

 魔族と呼ばれた彼らが追放後に作り上げた白亜の町で、壁は外部の者を一切侵入させまいとそり立っている。


「凄いな……」


 ダグラスは王都にも負けないだろうという驚愕の面持ちで町を見回していた。

 一行は現在この町の構造を把握するために、フードを被り、それぞれ分かれて散策を行っていた。

 ダグラスも一人で町の中心部へと向かっている途中だった。


「あれは……デカい建物だが、なんだろう?」

 ダグラスの目の前には周りの建造物よりもひときわ高い建物があった。

「入れるのだろうか……」


「入れますよ、お兄さん!」


「えっと」

「あ、ごめんなさい! 旅のお方かと思ったのでつい……」

「いや、ごめんね、驚いただけなんだ~! 

ありがとう、教えてくれて」

「いえ、そんな……」


(全然警戒しないんだな……)


「……ここはお偉いさんの家なのかい?」

「ええ、そうです! ここは王のお住まいです!」

「……へぇ~! そうなんだね! 

しかし、王のいる場所なのに誰でも入れるのかい?」

「そうですよ? 王は「みな平等である」ということを示されているのです」

「つまり……王も平民と同じように扱う、と?」

「えぇ、私達と同じであるならば、誰でも受け入れるのは当たり前ですから」

「……そうなんだね、面白い考えだ」

「ふふ、お兄さんも一緒に入りましょ!」


 声をかけてきた少女はダグラスの手を引き、建物の中に入っていく。

 扉を抜けた先は光が差し込み、広い通路を明るく照らしている。

 少し通路を進んだ先でダグラスの目に入ってきたのは、おそらく玉座らしき空間だった。

 中央に座る男は顔を隠しており、薄めの布でできた服を纏っている。まるで神官だった。

 その男の前に多くの人々が並んで、順番に話をしているようである。

「さぁ、私達も並びましょ!」

「待って、そんなに急がなくても~」

 ゆっくりとその列が進んでいくたびに、聞こえてくる声に耳を澄ます。


(……なんか、聞いたことのある声のような気が……)


「お兄さんは王と何を話します?」

「え、うーん、なんだろ」

「決まってない感じですか?」

「うん、何も決まってないや! ハハ~」

「あ、次だ!」

「お先にどうぞ」

「ありがとう!」

「こちらこそありがとう」

 少女は走って王の元へと向かっていった。


(……あれが魔族の王……なんだか違うな、イメージとはかなり……)


「お兄さん、次ですよ」

「え、あぁ、ありがとうございます……」

 ダグラスは話終わった少女に促され、ゆっくりと王の御前へと向かい、跪いた。

「……お初にお目にかかります。私は……」


「ダグラス」


「……え?」


「ダグラス、だな? フードを取ってくれるか?」

「……は、はい」


「うん、やはりダグラス、お前だな」

「あの……俺を知っているんですか?」

「……よく知っている。お前の事はすべて、な」

「貴方は……一体誰ですか?」




「こちらへ」



 

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