幻想の行方

ユメノ コウ

第1話 起点

 ……知っているか?



 この世界には魔法という概念が存在する。


 魔法は古来より我々人間の生活を豊かにしてきた。

 伝承では、魔法は遥か昔に精霊よりもたらされ、当初人間はもたらされたそれを祝福ギフトと呼んだ。

 時が流れ、現在では魔法と呼ぶようになった超自然的なそれは、様々な方向へ人間の手によって変化させられていた。

 時代が経つにつれ、魔法と同化していく者も現れ、同化した者達を「魔族」と呼ぶようになる。

 魔族は人間だが、魔法を体内に保有している特殊な種族とされている。

 普通の人間は大気に漂う魔法を操っているのだが、魔族は生まれ持った魔法を操っているのだそうだ。

 そして、彼らの魔法は底がなく、命の尽きるまで際限なく行使できると言われている。

 これに人間たちは深く恐怖した。

 その理由はただ「得体のしれない底なしの魔法を持っている」ということだけである。

 この恐怖心はいつの間にか脅威への対抗心へと変化し、魔族を嫌悪や憎悪の対象にした。

 この頃には荒野に一つの広大な人間の国が出来上がり、国を統治した偉大なる王はすぐに魔族という存在を国外へと追放した。

 魔族という脅威を追放することによって、国民からの圧倒的な支持を手に入れるためである。

 初代国王は聡く、統治のためなら手段を選ばない人間であった。

 追放後も安定した長き統治のためには何が必要であろうかと王は苦悩した。

 そこで思いついたのが、魔族を滅すべき悪の種族へと落とす事である。

 それに対抗する我々の存在はきっと国民の心を長く惹きつけるだろう、と。

 王は口伝くでんや教育、そして捏造された被害などの方法で刷り込みを行うことにした。

 次第にそれは功を奏し、幼少期から影響を受けた国民の意識には「魔族は存在すら許されない生き物である」という思想が根付いていた。




 ……お前、聞いているか?



 ・  ・  ・



【王都ロザリオ 城門】


 今日も騒々しい、とても耳を塞ぎたくなるような数多の叫び声が城に向かって響く。

「存在すら許されない魔族という生き物は何故まだ国外で生きているのか?」

「何故我らが王は奴らを殺さないのか?」

 建国から幾年か経った頃、幼少期から国の英才教育を受けた若き国民たちは同じ疑問を抱え始めた。

 そうして徐々に膨れ上がったものは言葉や行動に現れ始め、ついに彼らは城門の前で王に懇願するようになっていた。

「魔族を殺してくれ!」

「王家は何をしているんだ!」

「得体のしれない生き物がすぐ近くにいるなんて……気持ち悪いわ!」

 そう口々に彼らは叫んだのだ。


【城内 王の間】


(国民は知らないのだからしょうがない……そう、魔族について何もいないのだ……)


 この光景を五代目の王「バリス」は王の間の窓から見つめていた。

 バリス王はこの若者たちの叫びを丸く収める方法かつ、王家の損害が出ない方法を探していた。

 バリス王は窓から離れ、王座へと戻りながら、思案を続けた。

 そして、しばらくは外からの賑やかな声に聞き入っていたが、ついに王座の正面に立っていた宰相の「マークス」へと口を開いた。

「マークスよ、そなたにも聞こえるだろうが、この事態をうまく収拾しなければならない。

何か案はあるか?」

「はい、うまくいくかは分かりませんが……」

「申してみよ」

「……彼らはみな魔族を殺したがっております。

それはもう……まるで精霊に与えられた使命のように血眼になってまで……それならば、これをうまく利用すればいいのです、王よ。

有難い事に彼らはみな若者でございます。

生気がみなぎっておりますし、今からでも育てれば屈強な戦士に……いえ、『勇者』になりえます。

彼らに魔族の退治という使命いきがいを与えて興味を引き、褒美という餌で『勇者』になってくれる若者を吊り上げましょう。

きっと喜んでこちらの誘いに応じるでしょう! そして国のために邁進するはずです!」

「成程、それは名案だな。

しかし、魔族は数百といるのだ。

魔族やつらとて、殺しに来たと分かれば集中して反撃してくるだろう。

『勇者』だけでは志半ばで倒れてしまうぞ……それでは行かせる意味がないのだからな」

「はい……なので、『勇者』には仲間を与えなければいけません。

例えば……『魔法に特に長けている者』、『戦術に長けている者』、そして『精霊に愛された者』などはいかがでしょうか?」

「ふむ……そのような者たちがいれば生存は保障されるかもしれんな……」

「では……」

「いいだろう。『勇者』を若者の中から一人選び、同時に仲間にする奴らも探せ」

「かしこまりました」

「頼んだぞ」



 ・  ・  ・



 ……そうだ、初代国王の施策は幾年か後にボロが出た。


 だから国は策を講じる事にしたんだ。


 あぁ、そう、『勇者』だ。それと、その仲間たち。


 ……どうやって、か……なら、教えよう。

 知っての通り『勇者』探しは宰相によって行われた。

 主要都市の各地に勇者募集の張り紙を勅命として出し、募集期限は一か月とした。

 各地の若者はその張り紙を見て、躍起になって王都へと出向き始め、最終日には百人以上の候補者が専用の宿泊施設に集っていた。

 まず、宰相は王都に来た順に受付を行うように兵士に命じたらしい。

 それぞれ番号を与えられた候補者たちは用意された様々なテストを受ける事になった。

 その結果から『勇者』となりうる者を選別するのだそうだ。

 テストの内容は表向きには肉体と精神、そして愛国心を確認するものだったが、実は候補者が「魔族に対してどれほどの殺意を持っているか」という事を確認するものだったらしい。


 それからさらに一か月後、ついに『勇者』が選ばれた。

 少し筋肉質な肉体に、長き戦闘においても持続する折れない精神力を持った十八歳の「ダグラス」は、のちに選出された仲間たちと共に、魔族を退治する旅に出かける事になる。

 彼らが出立までに準備を行った期間は二か月と短く、王への謁見と出立の宣言、国民へのお披露目など、多くの行事がその二か月に詰め込まれて行われた。


 武器や食料、細かな備品などは国が用意した為、彼らはすぐに王都から出立することになった。

 勇者一行が国外に出るまでに通過した各地方都市では、彼らを盛大なパレードで迎え、歓声の嵐だった。

 国民は勇気ある勇者一行が、無事に魔族の殲滅をやり遂げる事を切に願って送り出したはずだ。



 おい、待て……急に何処へ行くんだ?



 おい!!

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