第15話 贈り物

 暖かな日差しに目を覚ます。

 「今日は家の外が騒がしいな」と思い、窓の外を見ると、子供達が綺麗な石を見せ合って騒いでいた。

 ベッドからノロノロと起き上がって、壁に掛けてあるカレンダーを見ると、今日の予定が書きこまれていた。

「……んーこれ、いつ書いたんだっけか……「クロードとエルメに会う」なんて、俺、書き込んだかー?」

 今日は建築デザインの仕事がないので、久しぶりに二人と会う約束を入れたのかもしれないなと考えながら、朝の支度をし始めた。

 行きたくないが遅れると怒られるので、急いで家を出た。

 いつもの待ち合わせ場所の中央区画にある広場が見えてくると、二人は既にそこにある噴水の前に立っていた。

「お、やっと来たなザイン!」

「遅いですよ」

「ごめん、ごめん、怒るなよー!!」

「全く……で、今日はどこに行くんだ、エルメ」

 クロードがエルメに今日集まった目的を聞くと、エルメが「よくぞ聞いてくれました」という顔で胸を張って答えた。

「今日はピクニックに行きましょう!」

「ピクニックゥ? 何処にだよ? 

まさか、遠出するとかじゃないよな?」

「ザイン、よくわかったわね……そうよ! 

あの山の向こうに野原があるらしいの!」

「え、マジでそこに行くのか……」

「行くわよ!」




 ・  ・  ・




 そうして三人は広場から出ている馬車に乗り、穏やかな自然のある山の手前で降りると、そこから歩く事になった。

 すると山の途中で道から少し外れた所に廃れた家があるのを見つけたザインが二人に声をかけた。

 その家はかつて人が住んでいたらしく、畑や水の溜まった桶が置かれていた。

「……家か」

「そう、みたいだな……なんか見たことがある気がするが」

「ザインはこの家を見たことがあるのか?」

 そう言うとクロードが訝しげにザインの顔を見つめた。

「あぁ、なんだかここに通っていた気がするよ……」

「……なんだそれ……お前、ここに前世で縁があるとか?……」


「二人とも、まだ~? 

そろそろ行きましょう? 

野原はもうこの先よ!」


「あぁ」

 エルメに呼ばれてクロードが先に道に戻っていくのにつられてザインも歩き出すと、エルメの手を振る姿が目に入ってきた。

「さ、急ぎましょう! もうお昼だし」

「……食い意地……」


 ザインは呆れながら彼女の後ろについていった。

 少し歩くと、そこには広大な美しい野原が広がっていた。

 野原をかき分けた先に見晴らしのいい丘があったので、そこでピクニックをすることにした。

 三人で手分けしてピクニックの準備をし終わると、腰を下ろしてビールを片手に乾杯をした。


「地平線の彼方まで野原しか見えない場所なんて存在しているんだな……」

「そうね……でも、こんなにゆっくりした時間を過ごせるなんて……」

「あぁ……」


 彼方まで続く野原を見ていた三人の視界の端に、何か揺らめいたものがあった。

 最初に気づいたのはクロードだった。

 丘の端に風に吹かれて紙がすれている音が聞こえるのだ。

 クロードは一人立ち上がり、靴を履いてその音を辿っていった。

 辿った先にある草の中をしゃがんでみてみると、そこにはかなり雨風をうけてしまったのかボロボロになった本が一冊だけおいてあった。

 クロードがその本を手に取って、少し汚れている表紙を軽く袖で拭いてみると、「幻想の勇者」と書かれていた。

「おい、二人とも!! 本があったぞ」

 クロードは遠くを見つめていた二人に声をかけ、本を上に掲げた。

「なんだそれ……古そうな本だな?」

「ちょっとまってくれ、そっちに戻る」

 クロードは二人の元に戻ると、その本を三人の真ん中に置いた。

「あっちの草むらにあった」

「本の名前は……「幻想の勇者」……?」

「そうみたいだな、誰が書いたのか分からないが」

「クロード、中を見てみよう」

「あぁ……」

 ゆっくりと開いてみると、それは誰かの記憶を書いた日記のようだった。

「日記みたいな感じだな?」

「あぁ、それに……」


 【……知っているか? この世界には魔法という概念が存在する。魔法は古来より我々人間の生活を豊かにしてきた。伝承では、魔法は遥か昔に精霊よりもたらされ、当初人間はもたらされたそれを祝福ギフトと呼んだ。時が流れ、現在では魔法と呼ぶようになった超自然的なそれは、様々な方向へ人間の手によって変化させられていた。……】


「冒頭にあるこの説明はなんだ? 

俺たちの世界に魔法なんて存在しないのにな」

「そうだな……魔法なんておとぎ話にしか出てこない架空の概念だ……でも、惹かれる内容だな」

「ザインは昔から存在しないものが好きだよなー、子供のころからおとぎ話に夢中だったし、存在しない人間の名前をずっと叫んでいた事もあったな……あれは怖かった」

 クロードの言う幼い頃の話なんてまったく覚えていなかったザインは「そんな事あったか?」という顔で困惑の表情を見せた。

「え、存在しない人間の名前?」

「あぁ、覚えていないか? エルメは覚えているよな?」

「えぇ、覚えているわ。確か……「ダグラス」よ」

「ダグラス?」

「えぇ」

 ザインは顔を下に向け、本を見つめた。

 本には筆者の名前はなかったが、本をめくるたびに様々な名前が書かれていた。

「……俺の名前だ……」

「え?」

「どうした、ザイン?」

 ザインは本のあるページを開いて、二人に見せるように指をさした。


 【……そうして混乱しているその男「ザイン・デーク」は自分が置かれている状況を把握しなければいけないと辺りを見渡した。ザインがゆっくりと後ろを振り向いた先には懐かしい故郷の姿が存在していた。……】


「……「ザイン・デーク」……俺だ、ここに俺がいる……内容はもうボロボロでよく読めないが……きっとこれを書いた人と俺は知り合いだった……」

「まさか……「ダグラス」……?」

 クロードは驚愕の色が隠せないまま、ペラペラと紙をめくっていく。

「おい……俺の名前も、エルメの名前もあるぞ……」

「……俺たちは「ダグラス」という人物に会った事はないはずだ。三人が知っている人間となると限られてくるしな……」

「……そうね……でも、懐かしい気がするわ……」


「この本は持って帰ろう。野ざらしのままというのもよくないだろう」

「そうだな……クロードはこの本を復元できるよな?」

「あぁ、研究所で復元できる」

「頼めるか?」

「……復元できるが……コレ、読むのか?」

「あぁ……読まないといけない気がするんだ……彼に会う為に……」

「そうか……なら、大事に持ち帰らなきゃいけないな……」

「そうね、その本の事もあるし、もう片付けましょうか」

「あぁ、そうしよう」

 三人は夕焼けに染まり始めた空を背にして山へと歩き出した。


 一冊の古びた本を抱えて――。




 ・  ・  ・




「……進むしかなかった幻想の旅をここに記す。俺からの贈り物だ、ダグラス。

これでお前はあの世界でも「勇者」だ……幻想ではない、物語として残り続ける」


 アドラインは町の民がだれもいない野原で一人、本を書いていた。

 本の名を「幻想の勇者」と刻み、本を足元に置いて振り返らずに去っていく。

 穏やかな風に吹かれて紙がめくれた。


 【新たな世界に生きる君たちへ送る】


 楽しかった旅はここで終わり。

 すべてを見た王は民に何も語らず、穏やかにその生涯を終えた。

 王は亡くなる直前まで別次元に生きる友人の墓に花を送り、世界を救った英雄に敬意を示す習慣を忘れなかったという。




 世界は今日も平和のまま、本の側に一本のネリネが咲いている。

 


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幻想の行方 ユメノ コウ @yumenokou

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