第11話 破片

「……」

「この世界の起源についてだ。思い出せるか?」

「起源だって?」

「そうだ、ダグラス。お前は旅でそれをエルメから聞いたという」

「……エルメから?」


(何のことだ? これまでの旅では何も聞いていないが……)


 アドラインは少し落ちてきた髪を後ろに払い、腕を組みなおした。

「……お前も知っているように、この世界には魔法という概念が存在する。

魔法は古来より我々生活を豊かにしてきた。

伝承では、魔法は遥か昔に精霊よりもたらされ、当初人間はもたらされたそれを祝福ギフトと呼んだ」

 ダグラスはこの説明を初めは「そこから振り返るのか?」と怪訝そうな顔で聞いていたが、ある一点の言葉を聞いた瞬間に目を見開いた。

 アドラインが口を閉じると、すぐさまその疑問を投げかけるダグラスの顔は俯いていた。

「ま、待ってくれ……今、なんて言ったんだ?」

「……」


「我々…………?」


「そうだ」

「魔族は人間とは違う「生き物」だと……幼い頃から教わって……」

「……あぁ、そうだな……あの国の教育を受けてきたお前にはそれが当たり前の事だろうさ。しかし、それは間違っている。

お前たちと同じ、な」

「俺は、同じ……人間を……殺す為にここに来たって事か……?」

「ダグラス、お前はまだその手を血で汚していない。

落ち着け、話を続けるぞ。


……時が流れ、現在では魔法と呼ぶようになった超自然的なそれは、様々な方向へいつの間にか我々人間の手によって変化していた。

時代が経つにつれ、魔法を際限なく使える者も現れ、そうした者達を「魔族」と呼ぶようになった。

それが我々だ。

我々は人間だが、魔法を体内に保有している特殊な種族……つまりお前の言うように人外の生き物と言われているらしい。

普通の人間なら大気に漂う魔法を操っているのだが、我々は生まれ持った魔法を操っている。そして、我々の魔法は底がなく、命の尽きるまで際限なく行使できる。


これに当時のあの国の者たちは深く恐怖した。

……その理由はただ我々が「得体のしれない底なしの魔法を持っている」ということだけだ。

この恐怖心はいつの間にか脅威への対抗心へと変化してゆき、我々を嫌悪や憎悪の対象にした。


この頃には荒野に一つの広大な……現在の人間の国が出来上がり、国を統治した王はすぐに我々、魔族という存在を国外へと追放した……魔族という脅威を追放することによって、国民からの圧倒的な支持を手に入れるためだろうさ。

……当時の初代国王は聡く、統治のためなら手段を選ばない人間であった。

我らを追放後も安定した長き統治のためには何が必要であろうかと考えたのだろう。

奴がそこで思いついたのが、我々を……滅すべき悪の種族へと落とす事だ。

それに対抗する国の存在はきっと国民の心を長く惹きつけるだろう、と。

奴は口伝や教育、そして捏造された被害などの方法で国民に刷り込みを行うことにしたらしい。

それは恐ろしい事にいつの間にか……ダグラス、お前のような幼少期から教育を受けた国民の意識に「魔族は存在すら許されない生き物である」という思想が根付いていたのだ。

……ダグラス、聞いているか?」


 アドラインの口から聞かされた真実はとても信じがたい内容ばかりであった。

 ダグラスは思考がこんがらがってしまいそうになる頭を手で押さえつけて、机にうつ伏せになってしまっていた。


「一つ、一つだけ聞かせてくれないかな……」

 ゆっくりと上半身を机から起こしながら、ダグラスはアドラインにそう呟いた。

「…………なんだ?」

 ダグラスは立ち上がって、ゆっくりとアドラインの目の前に来ると顔を上げた。


「君たちは……何故魔法が際限なく使えるんだ……?」


 アドラインはダグラスの表情を見て、微笑んだ。


「……あぁ、お前の想像している事は正しいよ」


「じゃあ、まさか……」


「…………我々は、人間と精霊の間に生まれた者。人間と精霊の混血だ」


「……それを知っているのは?」

「我々魔族と、お前の国の王族たちのみだ」



 そう言うとアドラインはダグラスの胸に向かって、自身の手を差し出した。

「いや、今もう一人増えたな……さて、ダグラス、お前はどこまで覚えている?」

「どこまでとは、俺が勇者になってから現在までのことか?」

 アドラインは手を下げて、次に自身の後ろの空中に向かって指をさした。

 それまで空中に漂っていた魔法が指に集まり、指を中心に輪を描いていた。

 ダグラスはその魔法の輝きをじっと見つめて、これまでの内容を整理しようとしていたが、すぐにアドラインの言葉によって遮られてしまった。

「……そうだ。大体……お前が勇者になる前から現在までだな」

 少し考え込んでからダグラスは口を開いた。

「……最初はよく覚えているんだが……」

「そうか、では記憶を整理してみるが……まず、ダグラス、お前も知っての通り『勇者』探しは宰相によって行われた。

宰相は国内の主要都市の各地に勇者募集の張り紙を勅命として出し、募集期限は一か月とした。

お前もその内の一人だが、各地の若者がその張り紙を見て、躍起になって王都へと出向き始め、最終日には百人以上の候補者が専用の宿泊施設に集っている。


宰相は王都に来た順に受付を行うように兵士に命じた。お前もやったはずだ。

それぞれ番号を与えられた候補者たちは用意された様々なテストを受ける事になった。

その結果から『勇者』となりうる者を選別するのだそうだ。

テストの内容は表向きには肉体と精神、そして愛国心を確認するものだったが、実は候補者が「魔族に対してどれほどの殺意を持っているか」という事を確認するものだったらしい。


……いまだに信じがたいな。

お前が『勇者』それに選ばれたというのが。


それからさらに一か月後、ついに『勇者おまえ』が選ばれた。

少し筋肉質な肉体に、長き戦闘においても持続する折れない精神力を持った当時十八歳のお前は、のちに選出された仲間たちと共に、魔族を退治する旅に出かける事になった。

お前たちが出立までに準備を行った期間は二か月と短く、バリス王への謁見と出立の宣言、国民たちへのお披露目など、多くの行事がその二か月に詰め込まれて行われたと聞いている。

そして、武器や食料、細かな備品などは国が用意した為、お前たちはすぐに王都から出立することになったが……どうだ? 

お前の記憶は相違ないか?」

「あぁ、合っているよ。改めて説明されると恥ずかしいが……」


「では、旅は?」


「……旅? そりゃ覚えてるさ! 

一番新しい記憶だし……馬鹿みたいに子供っぽく暴れ回るザイン、それを見て嫌そうなクロード、優しく微笑んで二人を見つめているエルメがいて……。

俺たちはいつも怪我をすれば薬草を摘んで傷口にすり込むよな? 

ザインが嫌いなやつでさ。


そうだ、それで焚火の準備はいつもザインの役目で、クロードは料理が上手かったんだ……エルメはザイン達が寝ついてから、よく俺の知らない話を教えてくれたんだったな……そうだ、よく、よく覚えてるよ……。

アドライン、お前は……パーティーに、いなかった……」

 アドラインの目に映るダグラスは泣いていた。

 その理由は悲しみではなく、彼が決意をしたから、過去と向き合う覚悟をしたからだとアドラインは感じていた。


(……これが本来の彼なのかもしれないな)


「これが本当の記憶なら、お前がいた俺たちの旅は……偽りなのか?」

「……あぁ、その説明は後で「アイツ」にしてもらう事になるだろうさ」

「アイツ……?」

「お前は……もうあの日の事も思い出したみたいだからな。

もう、いいだろう。

私はここまでだ、ダグラス。

忘れるな、私はお前の味方だ」

「アドライン、何を……!?」



 刹那、部屋が光に包まれていた。



 次にダグラスが目を開けた時には、高速で動いている夕焼けの空が見える広大な野原の中だった。


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