第10話 記憶

【帰還から一年後 王都ロザリオ 城内】


 バリス王は勇者一行の失踪の報告を受け、秘密裏に用意させた偽物を吟味していた。

 城の地下にある一室に偽物たちは立たされており、王は彼らの顔を眺めて顔を顰めている。

「ふむ、確かによく似ているが……これで国民を騙せるのか?」

「大丈夫でしょう、存在があればよいのですから」

 王の隣には宰相のマークスがおり、偽物たちの顔をつまんで微笑んでいた。


 マークスは勇者一行の偽物たちをそれぞれの邸宅へと移動させ、生活させた。

 その偽物たちはうまく機能したものの、その一か月後、偽物たちが全員殺害される事件が起こってしまった。


 そして、その事件の翌日の深夜に「それ」はやってきた。

 王都中央区画にて、そこに住まう者達が一瞬にして惨殺され、血の海になっていたのである。

 これを国民は「厄災の始まりだ」と騒ぎ始めた。


 そして何より中央区画に接するエリアに住む国民の数人から「勇者が殺していた」、「彼らが……血まみれでここを通っていったんだ……」などという話が広まっていき、国は説明を迫られたのである。



「一体誰がこんな……ありえん……奴らは見つからなかったんだぞ……」


 マークスは自分の執務室にて頭を抱えた。

 連続して事件が起きてしまい、もう国民に隠し通す事ができない事態に陥ってしまっているからである。

「勇者一行が国民を殺害というのも違和感が拭えない……何が起きているんだ……? 

今回殺害されたのは中央区画……精霊と共に生きる者達だが、もしや奴らが消えたのは精霊と関係が……?」


 マークスはある一人を思い出した。

 それは勇者一行の仲間の一人である聖騎士エルメである。

 エルメは精霊と話せることが分かっているのである。


「つまり……エルメが精霊と結託して……他の奴らも仲間に……?」

 それはまだ考察の域を出ない可能性だったが、マークスはこれに希望を見出していた。


「これを使えば、我々は被害者になれる……」




【ザイン失踪後 魔物の町ユリアス】


 ダグラスは王に案内され、玉座の奥にある部屋に入室した。

 その部屋は三十にも結界が魔法によって張られており、王の許可なく入室する事ができないようになっていた。

 ダグラスの遥か頭上にまで本が見えており、入口からずっと視界に入ってくる本棚は王の知識の源と言えるだろう。


 魔族の王はポツンと離れて置かれた椅子二脚と縦長の机に近づき、奥の席に先に座っていた。

 ダグラスもそれに倣って、手前の椅子に座る事にした。


(紙の匂いがする……古いものが多いのだろうか)


 ダグラスは王を見やると、口を開いた。

「王よ、何故俺をここへ?」

「ここは、私とお前しかいない。

誰も入ることができない場所だ。

お前は知らなければならない。世界を」

「世界……? 

世界の事なら知っています。俺だって」

「いや、知らない。

何も……という方が正しいか」

「知らされていない?」

「そうだ、お前たち人間は、いや、あの国の人間はみな知らない事がある」

「一体何が言いたいんです? 

あなたたち魔族の事もよく知っていますし、世界の事だって全部知っています!」

「我々の事をよく知っているというのはその情報が、教育が正しければそうだろうな」

「……え?」

「教えてやる。お前には知る権利があるからな」


 王はゆっくりと顔を隠しているものを外し、その素顔をダグラスへと見せた。

「え」

「私は君の味方だ、ダグラス」


(おまえは……)


「ア、アドライン……?」


 その姿はまさしく剣士「アドライン・ウェザー」であり、見慣れた髪や目をダグラスへ向けている。

 ダグラスの動揺は汗に、手に、表情に強く現れたものの、声はいたって冷静に発していた。

「なぜ、なんで……君が魔族の、王なんだ?」

「私はお前を助けるためにここにいるんだ、ダグラス」

「た、助ける?」

「落ち着いてこの話を聞いてほしい。

すぐに理解しなくてもいい。

お前はこの話を聞けばすべてだろうからな」


(……思い出す?)


 アドラインはゆっくりと立ち上がり、机から半歩ほど離れて魔法を展開させた。

 魔法はキラキラとした粉のように広がり、上から下へと落ちると文字や風景、地図などを浮かび上がらせた。

「……まずはこの世界について振り返るとしよう」

 浮かび上がったキラキラとした魔法はまた姿を変え、何もない平野が描かれた。


 アドラインは少しダグラスの方に振り返り、そして、こう問いかけた。






「……知っているか?」


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