第12話 事実

【帰還から一年後 王都ロザリオ 城内】


 早朝、バリス王は城の裏庭にて付き人を連れ、これまでに連続して起きた事件をどのように国民に説明するべきなのかと悩んでいた。

 早朝はとても清々しいものであるはずなのに、今は気持ち悪さが上回り、どうも心が落ち着かないまま、バリス王は歩みを進めた。


「……どうするべきなのだ……」


 呟きは止まらない。

 国を巻き込んで起こった異変はゆっくりと自分の首を絞めていく。


「王よ」

 後ろから宰相のマークスがいつの間にか近づいていたらしく、付き人が声をかけてくるまで、バリス王は気づかなかった。


 振り返り、少しクマの酷い顔をした男を視界に捉えた。

 マークスの顔色はこの短期間で青白くなっており、おそらくストレスのせいだろうと誰もが分かる程であった。

「……状況はどうなっている?」

「はい、まず、王都は混乱しています……我々への不信感が募っているようです。

幸いなことにまだ事件の話は各地方都市には広まっていません。

今、手を打たねばなりません……そこで提案があります……! どうかお聞き届けください」

 バリス王は呆れていた。

 これまで宰相が提案した内容はどれも最悪な結果になっているというのに、まだ懲りていないのかと思ったからだ。どうせ今回もうまくはいかないだろうという諦めが王の中で日に日に強くなっていた。

「……もう、よい」

「……は?」

「いらぬ、もうよいのだ……すべてを話す時が来た、ということかもしれん」

「なにを……」

「……お前も、実は分かっているのだろう? もう、全て隠し通せないのだと」

「それは、しかし、ここまで来てしまったのです……国民に真実を打ち明けた所で混乱を招くだけでしょう……」

「分かっている……だが、これほどまでに可笑しい事が連続して起こっているのだ……まるで超越した存在に罪を認めろと言われているようではないか……?」

「はい……実は私もそう思ったのです。

中央区画での事件で、勇者一行の目撃情報が上がっていますが、一人、そのような存在と密接に関わっている人間がおります」

「……まさか、エルメが犯人だと言うのか……?」

「はい、あの方は誰よりも精霊と繋がりがあり、会話ができると言われています。

あの方が精霊と共に、仲間たちを誑かせば、中央区画の人間全員を殺害できるでしょう……」

「正気か……!?」

「王よ……もうこれ以外私には思いつきません……」




「ほう……? よく口が回るな」




 「それ」は人間に魔法をもたらした存在。

 いつの間にか「それ」は二人の側に立っていた。


「……!?」

「……何者……」

 少し透けた身体に、長い髪が風に揺れている。

 性別不詳の存在は二人の表情を見て、無機質に笑い出した。そう、まるで人間を参考に作られた人形のように。

「知っているだろう。我々はお前たちに魔法をもたらしたのだから」

「精霊……」

 マークスは目を見開いて、呆然としていた。

 それもそのはず、誰も見る事ができない、いや、見えないはずの存在がそこにいるのだから、脳が情報を受け付けないのだ。

「そなたが精霊か……何をしに来たのだ」

「ふん、四代目の人間の王か……人の言葉を借りるなら、みすぼらしい、と言うのだろう? 人間は歳を取るのが早いんだな。

初代王ヤツもあっけない死に様だったが……人間は死後も残していく物が多いらしい。

あの人間のせいで狂ってしまったというのに」

「何を言っている……?」

 バリス王の呟きに、精霊は真顔で答える。

「それはこちらのセリフだ。お前たち人間は罪を自覚していないのか?」

「罪……罪というのは、もしや魔族を追放し、国民への洗脳を行った事か?」

「……それは始まりに過ぎないだろう?」

「……『勇者』か」

「そうだ、初代王ヤツがここを創った時、我々は未来を見た。

いつかは分からないが、『勇者』という存在が我々の子供たちを殺し、一帯を血の海にする、とな。見た未来が本当になる確率は低い。

我らの子を殺せる人間などいないと、そう思っていた。しかし、現れたのだ」

「勇者……ダグラス……」

「そうだ、奴は誰よりも我らの子、「魔族」に対する殺意が強かった。

だから、手を打った。

生きているが、もう使い物にならんだろう。

奴以外にも、あぁ……確か、エルメという人間もいたな。

あの子は人で言う所の「信心深く、疑わない」から扱いやすかった」

「エ、エルメは……生きているのか?」

 バリス王の声は震えていた。

 精霊は淡々とした声で言う。

「……殺した。

あの子は最後になって抵抗したからな。

元々はあの子に勇者たちを殺させて、ここへ戻るように誘導するつもりだった。

うまくいかなかったから、処分したんだ。

失敗作だよ。

うまくいけば、ここにいる人間全員楽に殺せたのに。人間は複雑で面倒だ」

「……精霊には分かるまい……」

「そのようだね、不思議な生き物だよ……初代王ヤツなんて、いつの間にか我々の思惑に気づいて、破滅の為に選んだ者を中央区画に隔離させていたし……。

おかげであの時はなかなか動けなかったが、今は隔離なんてしていないから助かったよ。

四代目、お前のおかげで、人間を一掃できそうだ。ありがとう」


 途端に重い音が水滴の落ちるような音と共に響く。

 赤い液体が徐々に円になって広がっていく。

 バリス王の腹に、精霊の腕が突き刺さっていた。

 手を引き抜いた後、精霊は微笑んで「ありがとう」とまた繰り返す。


「……王、バリス王!!」


 目の前で後ろに倒れるバリス王を掴んで、抱きかかえるマークスは泣きながら、王の名を呼び続けていた。


「……まったく、あっけない」


 精霊は手を血に濡らしながら、マークスには無関心といった様子で振り返って歩きだした。

 そうして次の標的を探しながら城内へと姿を消した精霊の姿は、この世界の終わりを示し始めていた。




【北西  野原】


「ここは……野原だ、アドライン、アドライン!」


 ダグラスはアドラインによって広大な野原に飛ばされていた。


「どうして急にここに?」


 ダグラスの周囲には何もない。

 しかし、草をかき分けてくる足音が遠くからしていた。

 ゆっくりと歩いているだろう人物のその足音はダグラスの背後で止まった。

 声をかけてこない相手に我慢ならなくなって、ダグラスは声をかけながら振り返った。


「誰だ? なんの用……」


「……元気そうだな、ダグラス」

「……」

 ダグラスは相手の姿を見た瞬間に黙って、駆け寄った。抱き着いて、存在を確かめるように相手の顔をペタペタと触り出した。

「おい、ペタペタと俺の顔触るなよ!」

「……ザイン、ザインがいる……」

「……そうだよ、俺だよ。もういいか?」

「あ。ごめん、つい……久しぶりだったからさ」

「まったく……俺の髪までぐちゃぐちゃじゃないか!」

「ごめんって」

「……ま、元気そうでなによりだ。アドラインから話は聞いたか?」

「……あぁ。聞いたよ。知り合いなのか?」

「そう、まぁ、ちょっとな。

それより時間がない。

ダグラス、よく聞くんだ」

「時間がない?」

「あぁ、そうだ。とにかく聞いてくれ」

「分かった」

「……あの日の事を話さないといけない」

「……あの日?」

「まだ、うまく思い出していないかもしれないが、俺たちがこの野原に辿り着いた日の事だ……あの日に俺たちの旅が、終わった」

「……終わった……?」

「あの日は野原に入ってから少し先まで進んで、夜になった。

夜、焚火をして少し話をしている時に、突然、エルメが俺たちの背後から襲ってきたんだ。

俺は重症、お前はぶっ飛ばされて行方不明、クロードは先に襲われていたらしく死亡していた。

俺の意識がなくなる前、エルメは「やめて……お願いします……もうやめて」と何度も呟きながら自身の腕を抑えていたが、そこに何者かが現れて、「残念だ」と言いながら腕をエルメの身体に貫通させていた。

そいつが俺たちを襲い、エルメに剣を振るわせた犯人だと思った」

「……エルメ」

「その後、アドラインにたまたま出会ってな、助けてもらった。

事の顛末を話したら、その犯人は「精霊」だと分かったんだ。

アドラインに真実を教えてもらった俺は、色々と手を回して現在に至る、だ」

「大変だったんだな……」

「……お前はまだ苦難の道にいるぞ、ダグラス。俺なんかと比べ物にならないレベルだ」

「……どういう意味だ?」

「……本当のお前は、山の中の小屋で平和な日常を過ごしている。

名は「モル」だ。

肉体は精霊によって閉じ込められていて、精神や記憶はここにいるお前に宿っている。

お前は俺が魔法によって本体から引きずりだした存在だ」

「……そう、そうか。

やっと、鍵がハマったみたいだよ。

なんで俺は山中にいる以前の記憶がないのか……不思議だったんだ。

俺の使命は記憶をすべて取り戻す事だったんだな……」

「あぁ、そうだ。

本体がいる山中から魔法をかけたんだ。

大規模なものだったから、大変だったんだぜ? 

ダグラスが記憶をすべて取り戻す事を目的にした空間魔法だ。

その後、アドラインにパーティーの一人として加わってもらって、魔法で作った複製体の俺にはお前に異変を知らせるのと、クロードには急がせる役を演じてもらった」

「……クロードとエルメはどうやったんだ?」

「……魔法で作った俺のイメージの二人だった。きっとこんな未来もあったかもしれないと予想した二人の姿だったんだ」

「……あるさ、来世で、きっとまた旅ができるはずだ」

「そうだな。

……ダグラス、この魔法は時間制限がある。

終わりが近づくにつれ、空の加速が早くなる。見ろ、もうすぐ終わりがやって来て、空の異常がなくなる。

異常がなくなれば、現実とのご対面だ! 

お前は魔法が消える前に、急いで本体に会いにいかないといけないんだ。

さぁ、急げよ? やることは分かってるだろ?」


「ザイン……また会えるよな?」


「……あぁ、もちろん、会える。

俺たちは「勇者一行」と謳われるパーティーだぞ?」


「あぁ、じゃあな……ザイン!!」


 ダグラスは走ってザインから離れていく。

 見えなくなるまでその勇者の後ろ姿をまじまじと見つめながら、ザインは隣にやってきたアドラインに言葉をかける。

「ありがとな。色々と」

「……何とか間に合ったな」

「ほんと、ギリギリだったよ……見てくれ、イケメンな俺の身体が薄れていってる……」

「……」

「まったく、面倒かけさせやがって……勇者の癖に勘だけは鋭いんだからさ……ああいうのは脳筋でいいってのに、俺たちの勇者様は困ったもんだよ」

「……ザイン」

「アドライン、あとは……頼んでもいいか?」

「もちろんだ」

「よかった、アイツ、危なっかしいからさ……」

「こちらこそありがとう。また、君と友達になりたいものだ」




「……ハハ、待ってろよ? すぐ行くからな………」




 ザインの声が消えていく。

 朝日がやって来て、空の異常が同時に消え失せる。

 ザインの存在すらなかったみたいに、身体まで光に溶けて、アドラインの視界にすら見えなくなった。

 アドラインの穏やかな声のみが朝日によって輝く野原の中に響いていく。



「魔法使いザイン・デーク……彼は偉大な魔法使いだった。俺はそれを知っている」

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