第6話 剣士

 

【同時刻 中央 王都ロザリオ】


 王都ロザリオはいまだ平穏を保ち、国民は勇者一行がいなくなったという事に誰も気が付いていなかった。


 実は、ロザリオはそれぞれ大まかに区画が分かれている。

 ロザリオの北には王城があり、南には平民・商人、西には貴族、東には兵士・騎士、そしてそれらの区画の中央には精霊を奉る神殿があり、聖職者と精霊に従う者が暮らしている区画がある。


 一年前まで、東区画には勇者と共に魔族と戦った英雄がいた。

 その英雄の名は「アドライン・ウェザー」と言った。

 どんな時でもアドラインは素顔を見せず、しかし、剣であればどんな兵士や騎士よりも強かった事は明白だった。

 その強さについての報告は宰相の耳にも入り、アドラインは遂に勇者と共に旅に出たのである。

 アドラインについての情報はただそれだけだった。

 しかし、周りの人間からは絶対的な信頼があったし、宰相たちも東区画所属である彼のことを不審だとは一切思わなかったのだ。



 ・  ・  ・



【山中 国外の森】


 勇者一行は現在、暗い森の中を進んでいた。


 魔族がいるのは我々が今いる山を越えた先であるらしいという情報を頼りに、ゆっくりと進んでいたのである。

 ここに来るまで既に二年と五か月ほどかかっているらしいということに彼らは気が付いていないようだった。


 ダグラスは隣にいる仲間の顔を見て、手を挙げて微笑んだ。

「……なぁ、もう足が疲れたよ。今日はここまでにしよう」

「そうだな……結構足つかれたわー!」

 魔法使いザインがそう言うと、仲間たちも足を止めた。

「煩いよ、ザイン、はやく小枝集めろ」

 急に座り込んで「足が痛いヨー!!」と泣きべそをかいているザインを掴んで、アドラインは「小枝集めろ、は・や・く」と急かしている。

 それをダグラスは笑いながら無視して、さっそく焚火の準備を始めていた。

 焚火が出来上がるまで傭兵はニコニコと食事の準備をし、聖騎士は精霊に祈りを捧げていた。

 全員がやっと腰を地面に下ろしたのは、粥のようなものと魚を頬張っていた頃だった。

「……うまかった!」

「そうだな、ザイン」

 ダグラスはザインにそう言って微笑み、皿を片付け始めた。

 他全員が食事を終えると、みな立ち上がって寝る準備をし始めていた。

 ダグラスは布を地面に敷き、その上に寝っ転がると、焚火の方を見ながら口を開いた。

「ザイン、ここから魔族の地まで、あとどのくらいだろうか?」

「あとちょっとだ、山を越えたらすぐらしいからな」

 丸太に座っているアドラインがその会話を聞いて、同じ身長ほどのダグラスを見つめた。

「……どうしたんだ、アド?」

「いや、もう目的地まで目と鼻の先かと思うと不思議でね」

「確かに、なんだが早く感じるなー」

「えぇ、そうですわね」

 魔法使いのザインと聖騎士がさみしいといった風に呟く。

「あっそ」

「冷たいな~! もっと寂しいって顔しろよ~!」

 近づいてダル絡みしてくるザインにイラついた傭兵はザインの身体を横に突き飛ばした。






「お」






 しかし、なぜか傭兵に突き飛ばされたザインの声は途切れてしまった。


「……ザイン?」


「あれ、いねぇな……また魔法か?」


「……さぁ」

「……すぐに消えると言っても、詠唱に少し時間がかかるはずだよ……だから……」

 ダグラスの言葉にみなが頷いた。

「……今すぐ精霊に探してもらいます、たぶん攫われているとしてもまだ遠くには行っていないはずですから」

 聖騎士は膝を地面につけて精霊に祈りを捧げ始めた。実際には精霊と会話しているのだが、他の者には聞こえないので、合図として祈りの姿勢を取ることにしていた。

「俺たちも探そう」


 アドラインがダグラスの声に頷き、暗い森の中へと走っていく。

 アドラインは見晴らしのいい場所に出ると急に立ち止まり、すぐに上を見上げた。

 夜空には煌びやかな光があり、空が、星が、雲が、なにもかも動いていた。

 アドラインが夜空を見ていた時間は一分ほどであったが、すでに空が白んでいる。

(もう…………)



「……急がなければ……」

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