第5話 魔法使い

【同時刻 南 港町アバルディ】


 王都からまっすぐ南に下がった場所にある、ここ港町アバルディは唯一海があり、海産物が豊富に取れることで有名である。


 そして、もう一つ有名な事は『勇者』と共に魔族と戦った英雄で「魔法に特に長けているもの」、別名『魔法使い』と呼ばれた、とある男の出身地であるという話である。


 その男はアバルディのとある貴族の息子で、三人兄弟の末の子であった。

 彼は三男坊という事もあるのか、自身の立場を気にせずに自由奔放に育った。

 そして成人後は「魔法が好き」という理由だけで魔法省にまで入省した。

 魔法省では古代魔法の研究者として働いていたが、ある日宰相の目に留まり、詳細を聞いた彼は楽しそうだと快諾、ついに『勇者』の仲間として旅に出たのだ。

 その旅から帰還後は王都に建てられた邸宅で暮らしている。


 現在、アバルディではアバルディの英雄として称える男の銅像を建てる計画が進行している。



 ・  ・  ・



「……なんだ、これは……」


 その男の視界には鮮やかな透き通った青が一面に広がっていた。

 つまり、アバルディの浜辺で海を見ながら呆然と立ち尽くしているのである。

 その男の格好は全体的に土で服が汚れまくっていて、手も傷だらけだった。

「なぜ俺はこんなところにいるんだ?」


(先程までのに、どうして……しかも俺はここを知っている……)


 そうして混乱しているその男「ザイン・デーク」は自分が置かれている状況を把握しなければいけないと辺りを見渡した。

 ザインがゆっくりと後ろを振り向いた先には懐かしい故郷の姿が存在していた。

 アバルディは昔から観光客も多く、それ故に港町としての外観を損なわないようにしている。

 これはアバルディの人間ならだれでも知っている事だ。


 しかし、おかしい所があった。

 何故か見晴らしのいいはずの道の途中にザインと同じ格好らしき銅像が見えたのである。

「ん? あんなところに銅像なんてあったか?……まて、あれ、あれは……俺、か?」

 酷く狼狽えた様子でその真新しい銅像まで走るザインの周りには誰もいない。

 浜辺から階段を上がり、その道に出たザインは深く息を吸いながら、遂に銅像の前にたどり着いた。

「……はぁ……走るのすら疲れるな……砂に足が取られる……しかしこれはなんだ? 

えーと……下に何か書かれている……?」



 《魔法使い ザイン・デークの勇敢な心を称えて》



「俺の名前、だな……やっぱりこれは俺なのか……まったく、もう少し美形にしてくれてもいいんじゃないか? 

いや、それより、まだだというのに、こんな大層なものを作ってくれているなんてな……有難いが……ん? 

まだなんか書かれて……」

 その文字は小さく右下に刻まれていたので、ザインはすぐには気づかなかった。



 《勇者一行の帰還を祝して》



「帰還……? 

そんな馬鹿な……まだ俺は、は帰還していないのに!!」


 ザインは理解が追い付かなかった。

 何故か銅像では既に帰還していることになっているらしい。

「いつ、いつ帰還なんてしたんだ? 

俺が記憶をなくしているのか? 

いいや、合っているはずだ……この恰好が物語っているからな……もしかして……俺が、ではなく、世界が、なのか?」


 ザインはある結論にたどり着いた。


(……これが本当に合っているのかどうかを確かめるためには、まず……)


「……調べないといけないな……俺が「もう一人」存在している可能性があるから、すぐ聞き込みはできないだろうが……きっと方法はいくらでもあるさ……」

 そう言うと、手を自らの胸に押し当てて、魔法を発動させた。

 これは無詠唱魔法である。

 光が一瞬、彼を包んだかと思うと、すぐに突風が起こり、その光をかき消していった。


 その後、遠くの通りからバタバタと彼の横に二人の地元民が走ってやってきた。

 その二人は男児のようである。

「みてよ! ザイン様の銅像ができてる!」

「ほんとじゃん! かっけぇーなぁ…俺もこうなりたいや」

 二人は横に立っているザインに一切気が付いていなかった。

 ザインはその二人の会話を聞き、うすく微笑みながら、そのまま少し先にある道の角へと姿を消した。

 こうして『魔法使い』ザインの調査は始まったのである。

 アバルディの美しい海に背を向けて……。

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