66話ー② イデオウイルス
「おい......止めろ。敵はヴァラルだ。」
その瞬間、僕とルシア以外の全員が、凄まじい圧力に押さえつけられた。
席に座る彼らは、まるで無形の鎖に縛られたように身動きが取れなくなっている。
彼はこの世で唯一の半概念生命――半分が概念存在、半分が生命という、奇跡的な存在だ。
「んだよ......クソが!!」
「あのオッサン......マジヤバいっしょ!?」
「これが、概念。存在......」
その場の緊張感を払拭するように、おじさんが僕の方に視線を向けて一言。
「おじさん。もういいよ。場を収めてくれて助かった。」
「うっす。また何かあったら任せろや。」
その軽い返事が、場の緊張を少しだけ緩めた......とはいえ、彼の存在は圧倒的だ。
アンチヴァラルという組織において、彼を迎え入れたことの意味は計り知れない。
計画や戦略の多くが、この一人によって大幅に効率化されたのだ。
本来必要だったいくつかの手順や計画さえ、スキップできるほどに.......
僕は場を仕切り直すため、声を上げる。
「さて、みんなが集まったことだし、今一度この組織について説明しよう。ルシア、お願い。」
ルシアが手元の資料を操作し、全員の前に情報を投影する。
そこに映し出されたのは、天上神界周辺宇宙での魔物および害敵の発生率を示す膨大なデータだ。
「この資料を見て欲しいわ。これは天上神界周辺宇宙で、ここ千年間の魔物及び害敵の発生率のデータよ。有名なデータだし、ここにいるみんなは怪獣さん以外、一度は見たことがあると思うわ。」
「流石のあたしでも分かるっしょ。なんせ冒険者だしな!」
「で?雑魚の女、まさかこんなデータの説明のために呼びつけたわけじゃねぇよな?」
アルクが苛立ちを露わにする。
事実このデータ自体は一般公開されており、誰でも閲覧できる。
それどころか、ここ最近での天上神界の報道番組でもよく取り沙汰されているのだ。
しかし、ルシアは動じずに言葉を続けた。
「もちろん違うわ。この組織の結成前に、そこにいるキリさんに詳しく調べてもらったの。その結果、いくつかの重要な事実が判明したわ。しかも、かなり不味い事実よ。千年間も特別な対策なしに放置してしまったことが悔やまれるほどね。」
「ほな~、ワイから話させてもらうで。この千年で魔物が3倍に増えたんやけどな、そのほとんどが狂化ウイルスに感染しとることが分かったんや。さらに調べたら、この狂化ウイルスには新型と改造旧型があるらしいわ。」
「新?おにぃと私倒したベヒモス、新型?」
「僕とエリーが倒したのは改造旧型の方だね。」
キリが説明を引き継ぐ。
「改造旧型は強化の幅がめっちゃ広くてな、見た目で狂化されとるのがすぐ分かんねん。やけど、新型のほうは捕獲して解剖せな狂化しとるかどうか分からん。それも、狂化について知識がある専門家に限られるっちゅう条件付きや。ワイが調べたところ、この千年間で増えた魔物のほとんどが新型狂化ウイルスに感染しとったで?」
「おぉ?んじゃ俺らが前に倒したスタンピードは、全部改造旧型の魔物ってことか?」
「そういうこっちゃな。でもあれも怪しいで?なんであのタイミングであの場所に、わざわざ改造旧型を送り込んできたんや?絶対なんか意図があるはずや。なぁ、ルークはん?」
僕は頷きながら、キリの言葉を噛み締める。
「確かに不信だね......何か別の目的があってカモフラージュに使った可能性もある。その点についても調査をお願いできるかな?」
「せやと思うて、もう始めとるで。」
「助かるよ。引き続き何か分かったら僕とルシア、それからアルクに報告して。」
正直、新型の狂化ウイルスは感染源が未だ掴めていない。
改造旧型については、大気感染が主な感染経路であるため、大気のない環境下では感染のリスクがゼロになる。
そのため、惑星の環境や監視システムを強化すれば、現時点でもある程度の対策は可能だ。
しかし新型狂化ウイルスに関しては、千年間の魔物発生率の推移を分析する限り、どうやら感染経路が異なるようだ。
何より天上神界で改造旧型の目撃情報が多いことにも、どこか違和感を覚える。
正直なところ、嫌な予感しかしない。
何か、見逃している。重要な要素を――。
そんな思考を巡らせていると、ルシアが口を開いた。
「問題はここからよ。最近、新しい魔物の状態異常が見つかったの。発見件数自体はまだ数件だけど......さらに新型の狂化ウイルスが発見されたわ。命名イデオウイルス。恐ろしいことに、概念存在らしき特徴が確認されているの......」
僕たちは一瞬、沈黙する。
話は、さらに深刻な方向へと進んでいった。
「未だ僕たちは概念存在の接触はない。でもおじさんを研究したことで、イデオウイルスはおじさんの特性と極めて近い。概念存在の特性を何らかの技術で生命に付与した可能性が濃厚だ。発見された個体は全て十神柱が対処しなければ安定した撃滅が不可能な強さだったらしい。加えて既存の魔法や武器では、対象への有効性が大きく低下するとか......アルクならこの意味わかるね?」
「当然だ雑魚。だがな!いくら俺様の軍略でな、雑魚兵士の寄せ集めじゃそんなもん勝てねぇ。」
「その辺はネオンの武器や装備開発、研究結果に掛かってる。あとハル君の訓練......全部の負担がアルクに行くことはないよ。もちろん現場三人の負担が一番大きくなるのは事実だけどね......」
ネオンとハル君なら、今の条件を問題なくクリアできると思うが......何せ相手は長年世界が倒せなかった巨悪だ。
対策がいくらあっても十分すぎるということはない。
ヴァラルの動きが激化すればするほど、最前線で戦うアルクと脳筋夫婦の負担が大きくなるのは明らかだ。
特にアルクの軍略は不可欠であり、その能力を最大限に発揮させる環境を整えるのは、僕たちの責務だ。
「冒険者とか天上神界一人一人の強化はボクに任せてよー。既にいくつか施策があるもん!」
「キヒ、問題なしぃぃ。ネオンも対概念用自動補助戦闘タイトスーツの試作品、完成してるぅぅ。あとは微調整と安定供給だけぇぇ。」
ネオンの発言には安堵するものの......試作品がどれほど実戦に耐えうるか、まだ未知数だ。
彼女の技術力を信じる一方で、最悪の場合のプランも用意しておく必要がある。
「物流や生産ラインは問題ない。ハル君とエリーの財力とコネがあれば解決する。とにかく早く完成させてほしい。カリウスの強化と天上神界に設置する迎撃兵器と並んで、最優先に研究開発を進めてくれ。」
「キヒッ!了ぉぉ。」
ネオンはいつもの調子で返事をするが、今回ばかりはその背後に見え隠れする執念深さが頼もしい。
ヴァラルが活発に動き出した今現在、備えはいくらあっても足りない。
ネオンを僕らが徹底的に管理するという条件下で、神界の防衛機構強化についての権限を得ることができたのは幸いだった。
最終的な決定を下すのは、四代目全神王という形式を取っているが......
そのプロセスは正直ほとんどフリーパスだと思う。
「正直、僕らの仕事は山積みだ。天上神界全体の強化、水面下での情報収集と技術開発。要請のある周辺惑星文明への救援......神界の経済貢献にイメージ操作、そしてこれら全てを成功させて来るべき日までに、組織の影響力を大きくしなければいけない。アンチヴァラルはやり直しも失敗も許されない。みんな心してくれ。」
「ケッ。雑魚の作る組織だ。クソみてぇなもんだと思ってたが、まさかここまでたぁな。」
「おにぃ、おねぇ......ここ、ブラック企業?」
「ひ、否定はできないわね.......」
ブラック企業......どこの惑星文明の表現かは分からないが、妙に的を射ている。
それでも僕らの働きに、天上神界の命運がかかっていると思えば安い。
ヴァラルは恐らく50年以内に大規模な戦争を仕掛けてくるはずだ......
最悪の場合を想定して......一年以内で準備を整えるのがベストだろう。
「想定より最悪の事態を引き起こす」というミリティア様の助言を考慮するなら、その予測が甘い可能性だって高い。早ければ早いほどいいのだ。
「ここにアンチヴァラルの結成を宣言させてもらう。目的はただ一つ、神界の守護とヴァラルの撃滅。各員持てる力の全てを持ってこの世から......巨悪を打ち払おう。」
10人の異端神が集い、ここにアンチヴァラルが結成される。
彼らの集結が、天上神界の未来を照らす希望となることを信じて。
――しかしすでに希望を掲げるその影には、わずかな暗雲が潜んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうもこんにちは!G.なぎさです!
今回も最後までお読みいただきありがとうございます!
彼らは立ち上がり、「アンチヴァラル」が結成されました。
新たに現れた「イデオウイルス」――その脅威が彼らに何をもたらすのか。
次回、アンチヴァラルの初陣が動き出す。希望の先に待つものとは――。
もし面白い、続きが気になる!と思っていただけたなら、
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【【お知らせ】】
番外編が終わりました!何とか年内に更新できてよかったぁ.......
ここから中盤執筆のため、本格的に『輝冠摂理の神生譚』の更新がなくなります!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
大地にしっかり根を張るような物語を、書いていきたいと思います!
どうぞ今後ともよろしくお願いします!!
ちなみに、他作品はちょこちょこ更新する予定です!!
輝冠摂理の神生譚~どうやら天才らしいので、嫁と神々の王を目指す!~ G.なぎさ @nagisakgp
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