第5話『第二段階:ビロウ・アベレイジ間伐①』

【注意】誤解忌避のため、最初に断っておきますが、加賀倉は、『優生思想』の崇拝者ではありません。IQ120の人が社会を作る、などというのは、あくまで俗的な考えであり、明確な根拠はありません。今作で強調したいのは、仮に、そういった前提(IQ120最適知能指数説、とでも言いましょうか、が採用される空想世界)で、構成要員皆がIQ120以上の巨大集団が現れてしまったら、世の中はどうなってしまうのか、IQが低い、とされる人々は彼らに支配されてしまうのか、という、根も葉もないお話です。その点をご留意の上、お楽しみくださいませ。



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 ア国東部の三角県みかどけんが、その土地の外周全体を壁に囲まれてから程ない頃。


 人口の倍増化の成功とは裏腹に、ア国中を漂うのは、どす黒い空気だった。


 ある日、テレビの国営放送で、政府からの緊急会見が、生中継で放送されることとなった。


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__ア国 くの字県 真中町まなかまち 安部家の自宅__


 夜。


 カーテンの隙間から、部屋の明かりを不気味に反射している窓の、外は暗い。


 零士れいじ以千代いちよ美満みま頼高よりたかの四人は、ダイニングのテーブルで、真っ白な殺風景のみが映るテレビの画面を、固唾を飲んで見守っている。


 画面に、国家主席、カタカナ・カンジーの全身が映る。


 真っ白な背景に、余白をふんだんに残して、ポツリと佇む一人の男。


 漆黒のローブに身を包む彼の表情は、顔にフードがかかっているせいで、確認できない。


 彼の体全体で、唯一露わになっている肌色、つまりそのしわしわの顔の下半分に、血の巡りの悪い青紫色の唇。


 横一線だったその唇が、その両端をキィっと吊り上げ、三日月型に変貌する。


「これより……我は『非常事大権ひじょうじたいけん』を行使する」


 カンジー国家主席は、静かにそう言った。


 ついにイ国と開戦、と言うことだろうか?


 皆が、そう思った。


 が……


 カンジー国家主席はこのように言葉を続けた。 


「これより『知能濃縮法』を発布、そして、これをただちに施行する!」


 無言で、お互いの、眉間みけんに皺の寄った顔を見合わせる。


「……と言っても、伝わるまい。『知能濃縮』とは何か、気になるだろう。世の中、知らない方が幸せなことも多いが……この放送を見ている者は、紛れもなく、我が民だ。だから、手の内を明かしてしまうとしよう——」


 カンジー国家主席の、ローブの袖から、白く痩せた手が覗く。


 その白い手は、ア国全体を包み込むように、大きく、広げられる。


 そして、黒い影が、白い地面を、不気味なほどにゆっくりと、徘徊し始めた。


「——最初に、誤っておかねばならないことがある……。隣国イ国との対立だが、あれは……全くの出鱈目でたらめだ——」

 

 四人の背筋に、戦慄が走る。


「——我は、我が民に誤った情報を流し、いつイ国との戦争が起こってもおかしくない緊張状態を演出した。それは、なぜか……。『非常事大権』を得るためだ。では、非常事大権が、なぜ必要なのか、それは……。『知能濃縮法』を確実に通すためだ。我が民からの反発があっては、我の計画は進められぬからな……。計画とはすなわち、『知能濃縮』!! 正確に言えば、もうその第一段階は、既に済んではいる、がな……。ここからは、知能濃縮の第二段階、『ビロウ・アベレイジ間伐かんばつ』、に入るところだが……その前に、知能濃縮について、我が民にはよぉく知ってもらう必要がある。何せ、知能濃縮は、我の私利私欲のためなどではなく、このア国の未来のための、繁栄のための、計画なのだからな——」

 

「ねぇ、あなた……カンジー国家主席は、さっきから何のことを言っているの?」

 と、以千代は震える声で零士に尋ねるが……

「わ、わからない……でも、非常に恐ろしいことが始まりそうなのは、いや、は、始まっているのは、確か、だろうね……」

 と、零士も激しく動揺している。


「——『人口倍増化政策』。我が民よ、良くぞ、我の呼びかけに応じてくれた。心より感謝申し上げる——」

 カンジー国家主席は、深く、丁寧に、体全体を使ってお辞儀をする。

「——我がア国の人口は、つい先日、見事、倍増化を達成した。この時を……この時を、我は心待ちにしていた。そして、人口倍増化に並行し……『思考力テスト』を、よくぞ受けてくれた。テストを何度も、何度も、受けてもらったのには、もちろん理由がある。思考力テストは、我が民の思考力を単に図るための、単に意識向上のためだけの、テストではではなかったのだ。あれは……我が民の、より正確な知能を測るためのものだった。なぜそんなことをしたか……。フフッ……。フフフッ……。フハハハハハハハ!!!!——」


「私、怖いよ……」

 美満は恐れ慄く。

「ねぇちゃん、大丈夫」

 頼高はそう言って、遥かに年上の姉の手を、優しく握る。


「——教えて差し上げよう! ア国が、他十一の国を圧倒する知能を備えた集団になるためだ!——」


 カンジー国家主席の語りが、そして歩みの調子が、突如として、加速する。


「——我が民よ、自身の思考力テストの結果はよぉく覚えているだろうか?? これまでの平均IQスコアが、『100未満』の集団は、ア国の未来に不要な存在として、これを間引く!! するとだ、『IQ100以上』の集団のみが残る、わかるなぁ? そして人口は半分になる、というわけだ。今後、人口倍増化と間引きのプロセスを繰り返す、ア国民全員のIQが、120に到達するまでな!! さすれば、他国を叩くなど、虫けらを潰すほど造作もなくなるわ!! フフッ、フフフフ……。だが心配するな、IQ100未満の集団に属する諸君。すぐには間引かない。まずは、くの字県西部の鉱山・農業地帯、沿岸部に移動してもらう!! 拒否権は無い!! それらの場所は、強制労働施設となり、ア国の未来を担う、IQ100以上の集団のために、低脳な民が、奴隷となるのだ!! そしてIQ100以上の集団は、三角みかど県の高度発達都市に移住し、他国を圧倒するための、知識、技能、体力、思考術、必要な全ての資質を、身につけてもらう!! 有能な者たちは、全てのリソースを、自分を磨くために使うことができるのだ、どうだ、素晴らしいとは思わないかね!!?? 今、全国に我がしもべが向かっておるわ……今すぐ移動の準備をするがいい!! そして我がしもべから、家を出るよう合図があったら、素直に従うのだ。それができない者は、ア国に不要な存在として、『間引く』のみだ!! さぁ、知能濃縮第二段階、『ビロウ・アベレイジ間伐』の開始だ!!!!」



 安部家のIQスコアは、それぞれ、以下のようだった。


 美満  IQ99

 零士  IQ100

 頼高  IQ111

 以千代 IQ126


 安部家には、引き裂かれる未来が待っていた。


〈第6話『第二段階:ビロウ・アベレイジ間伐②』へ続く〉

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