第6話『第二段階:ビロウ・アベレイジ間伐②』

【注意】誤解忌避のため、最初に断っておきますが、加賀倉は、『優生思想』の崇拝者ではありません。IQ120の人が社会を作る、などというのは、あくまで俗的な考えであり、明確な根拠はありません。今作で強調したいのは、仮に、そういった前提(IQ120最適知能指数説、とでも言いましょうか、が採用される空想世界)で、構成要員皆がIQ120以上の巨大集団が現れてしまったら、世の中はどうなってしまうのか、IQが低い、とされる人々は彼らに支配されてしまうのか、という、根も葉もないお話です。その点をご留意の上、お楽しみくださいませ。



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 邪悪なる国家主席カタカナ・カンジーの一声で、『知能濃縮法』が施行された。


 安部家全員のIQスコアはそれぞれ、長女美満みまがIQ99、父零士れいじがIQ100、長男頼高よりたかがIQ111、母以千代いちよがIQ126。


 よって、IQ100に満たない美満のみが、西の県内の強制労働所へ、一方で零士、頼高、以千代の三人は高度発達都市である東の三角県みかどけんへ移住することとなる。


 安部一家はもはや分断されたと思われたが……


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__ア国 くの字県 ノケモノどう__


 安部美満は今、安部家のあった真中町まなかまちから西へ五キロメートルほど離れた地点にいる。くの字県の西端、強制労働所のある|『山折線町やまおりせんまち』を目指して、雑に舗装された国道、通称『ノケモノどう』を、絶望に包まれながら歩いていると……


「おい! そこの女!」

 と、背後からア国軍兵士のドスの効いた声が。


 美満は、ビクッ、とする元気もなく、ただ立ち止まり、無表情に、ゆっくりと振り返る。

「なんでしょうか」

 

 美満の目にねじ込まれたのは、不必要に大きなアサルトライフルを背に担いだ、全身完全防備の黒ずくめ。目元の部分のみ、肌色が見える。

 

 兵士はその両手に、夥しい数の名前が並んだ紙(おそらくは強制労動所への移送者名簿らしきもの)と、美満の顔写真が貼られ、ごちゃごちゃとした数値の羅列が特徴的なシート(十中八九思考力テストの履歴)を携えており、それらと美満の顔を順繰りに見て照合する。


 安部美満を安部美満と同一視したようで、書類一式を荒れた道に放り捨て……

「安部美満だな?」

 と言って、美満の腕をがしっと掴む。

 

 抵抗の兆しのない美満は、

「そうですが……」

 と声にならない声をか弱く発する。


 兵士は一切感情のこもらない、ロボットのような無機質な声で……

「来い、お前は幸運にも国家主席に選ばれた。アノマリーズ特別措置で、三角県に移送する」

 そう言うと、美満の腕をぐいと引き、労動所へと向かう落伍者ビロウ・アベレイジの歩みとは逆向きの、東へと連れて行こうとする。


「どういうことですか、私はもう終わった存在……」

 美満は音のない涙を流しながらボソリ。


 兵士は、状況を飲み込めない美満に苛立ち、

「わからんのか、追加合格だと言ってるだろ! 平均以下の知能はこれだから!」

 と、さげすみの吉報を浴びせる。


——アノマリーズ特別措置。

 思考力テストが弾き出した、全検査知能指数を構成する複数項目のうち、そのほとんどが平均値を下回っているものの、特定の項目が突出した者が稀に存在する。これを知能濃縮法施行下のア国では、尋常でなき者たちアノマリーズと呼ぶ。またこのアノマリーズを、国に役立つ人間として、気ままにビロウ・アベレイジ間伐の対象から外す場合がある。


 美満は、兵士からの蔑みに対し、

「すみません、私馬鹿なので、法律とか難しいこと、わからなくって」

 と、自らへの蔑みで返す。


 兵士は美満の無気力かつ自虐的態度に呆れて、

「なら馬鹿にでもわかるように説明してやろう。お前の場合、ほとんどの検査項目が平均値以下の散々な結果だが、『空間認識能力』と『空間記憶力』の指標が突出していて、『150』を超えている。これはなんらかの形で、国の役に立つだろう。まぁそれも国家主席がおっしゃっているだけだ、本当に役立つ存在なのかどうかは、三角県に行ってから証明するんだな」

 と、懇切丁寧に説明してやる。


 自分の置かれた状況を理解した美満は、ほのかに口角を上げ……

「そうですか。よかった……フフフ」

 と呟き、眼前の、断頭台へ向かう烏合の衆の流れを、細く開いた冷笑的な目で見送るのだった。


〈第7話『第三段階:アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画』へ続く〉

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