第7話『第三段階:アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画』
知能濃縮の第二段階である、ビロウ・アベレイジ間伐により、ついに分断されたア国。
人々の移住は速やかに完了し、国家主席カタカナ・カンジーは早くも知能濃縮の第三段階への移行を宣言した。
「さぁ、次は第三段階、アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画だ! 見事
国家主席の予想は的中した。不気味なことに、東の
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__ア国
一時は
「「「「あはははは!」」」」
四人の笑い声。
家族水入らずの会話のはずだが、母以千代は突如、涙声になり、
「何度も言うようだけど、美満とまた会えて、本当に……良かったわ」
と、愛する娘が無事戻った喜びを反芻する。
美満はそんな母を見て、
「お母さん泣かないでってば。私ももらい泣きしちゃうじゃない」
と、目元を擦って見せるが、決して涙は見せない。あの日のノケモノ
「ははは。もう、お母さんもねぇちゃんも、泣き虫だなぁ」
と言うが、そういう彼自身も目が潤んでいる。
湿っぽい空気の、安部家。
零士は、さすが父親と言うべきだろうか、頼高の涙腺の緩みもしっかりと見抜いており、
「おいおい、そういう頼高もその目の光り具合はなんだ? 皆んなしてやめてくれって! でも、以千代の言う通りじゃないかな、いやぁ、本当によかったよ。また家族四人で頑張ろう!」
「「「うん」」」
零士以外の三人の返事、には、先ほどの笑い声ほどはエネルギーが感じられないような気がしなくもない。
返事を受け、零士は何か妙な空気を察したのか、間髪を容れず、
「そ、そうだ、漠然と『頑張ろう』と言ったって仕方ないんだ、父さんは何を頑張ろうかなぁ? うーん……」
と、独り言のように呟いて、腕組みしながら考えこむ。
頼高はそんな父に、こう助言する。
「それならお父さん、
内心上層大学。ちょうど大学進学のタイミングで知能濃縮法による移動を余儀なくされた頼高は、くの字県で入学予定だった大学と同程度の学力レベルの公立大学であるそこに、通っていたのだった。
「ほぉ、それはいい案だ! ありがとう、今度行ってみるよ。あ、それとあれだ、美満に絵を習ってもいいかもな!」
と、零士は貪欲な姿勢を見せるが……
美満は零士の言葉が軽々しく聞こえたのか、
「お父さん、芸術の世界はそんなに甘くないよぉ?」
とグサリ。
美満のプロ意識を下手に刺激してはならぬと、零士は慌てて、
「ああ、わかってるわかってる。でもものは試し、って言うだろう? ほら、そこにかけてある美満の手がけた標語のポスターにもあるじゃないか、『国民よ、賢くあれ。そして、強くあれ』ってね。そのための努力は惜しまないよ」
と、すかさず言い訳を挟み込む。
標語のポスターというのは、美満がかつて、国からの案件で作成を引き受けた作品である。
——国民よ、賢くあれ。そして、強くあれ。
知能濃縮法の施行の日以前からあるこの標語は、零士へのプレッシャーになっていた。というのも、
ここで以千代が、勉強熱心な零士に釣られて、こんなことを切り出した。
「あなた、向上心が高くて感心するわ。そんなあなたを見習うわけじゃないけど、私実は……来年、国家総合職試験に挑戦しようと思うの」
国家総合職試験。それは、IQ126を誇る以千代に、相応しい挑戦だった。
零士は、一瞬目を丸くしたが、妻の追随を嬉しく思い、
「へえ、いいじゃないか! つまりは中央省庁の将来的な幹部候補を目指すってわけだよな……。以千代は頭脳明晰だからなぁ、きっといけるさ。条件とかはどうなっているんだい?」
と、興味を示す。
「それがね、前まではキャリア至上主義だったんだけど、知能濃縮法以降は実力重視の選考で、学歴・経歴・年齢不問らしいの。ずっとしがない専業主婦だった私には、いい機会かなと思ったの」
そう。
暗黒の規律ともいうべき知能濃縮法は、家に籠って宝を持ち腐れてしまっていた以千代に、千載一遇のチャンスをもたらしたのである。
それを聞いた零士は、妻に爽やかに微笑みかけ、
「それはよかった、全力で応援するよ」
と、一言添えた。
「頑張るわ、ありがとう」
以千代は夫の応援に素直に感謝する。
「私も応援してるわ。お母さんはもちろん、お父さんのこともね」
その声の主は美満であるが、彼女の視線は、父を捉えてはおらず、以千代だけに向けられている。
頼高は、この、家族の会話を、複雑な気持ちで聞いていた。彼はIQ111という絶妙なラインにいるので、次の間伐で犠牲になりそうな人たちには同情しつつ、一方で自身はより『知』を磨いて上を目指したいという欲もある。その姿勢は家庭の内外で変わることはなく、安部家にも存在する明らかな家族間格差に、形容し難い歯痒さを感じていたのである。
〈第8話『第三段階:アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画:美満の場合』に続く〉
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