第8話『第三段階:アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画:美満の場合①』

__ア国 三角県みかどけん 内心市ないしんし ア国政府中枢 国家主席の謁見室にて__


 広く、天井の高い、白一色の部屋。

 四角い部屋の中の壁際をぐるっと、等身大の男女の裸体の彫像たちが、チェスの駒のように並んでいる。

 彫像も、壁も、床も、天井も、家財も、全てが白一色。

 部屋の中央にはとてつもなく長く奥行きのある長方形のテーブル。

 その短辺のところに、一端にはこじんまりとしてシンプルな、もう一端には仰々しい彫刻の入った大きな椅子が置かれている。

 今、前者の座面には、前に座ったものの温かみがほのかに残り、後者には、黒いローブに身を包む、相変わらず病的な肌の白さの、国家主席カタカナ・カンジーが座る。


 ここで、何が行われているのか。


 面談である。


 全検査IQは『100』に満たないものの、アノマリーズ特別措置によって三角県に追加合格となった、『尋常でなき者たちアノマリーズ』が、国家主席カタカナ・カンジーと一対一で面談をするのだ。


 そして、次に謁見室に入ってきたのは……


 安部美満だ。


 その姿に、怯みや、弱々しさは感じられない。

 手には、『国民よ、賢くあれ。そして、強くあれ』の標語のポスターを携えている。

 白一色で、複数の男女の彫像に囲まれた空間が珍しいのか、しばらく部屋の中を見渡す。

 すると彫像の一体、目の前にいる国家主席をそっくりそのままかたどった彫像に目がとまり、じっと見つめる。

 

 国家主席は美満が彫像に釘付けになっているのを見て、

「気になるかね?」

 と、妙に穏やかな声で話しかける。


「はい、あまりに美しかったので」

 美満の視線はまだ、彫像を捉えて離さない。


「その像は、ついさっき、そなたが来る前にここへいた者が彫った物だ」

「そうですか……」

 その淡白な返答は、関心の低さからではなく、忘我からきたものと思われる。


 美満は彫像を見つめ続けて、しばしの沈黙の後、徐に、何の躊躇いもなく、そばの椅子に腰掛けた。


「安部美満、だな。そなたはなぜ私がこうも芸術を愛するか、わかるかね?」

「わかりません」

 立場をわきまえない、馬鹿正直な返事。


「そうか。そもそも……我々がこうも『優れた存在』であろうとするのは、他でもない、他国に負けないためである。が、ただ視野狭窄になって己を磨くことだけに躍起になればいいかといえば、そうではない。他国……いや『敵国』と呼ぼう。敵を下すには、敵を知らなければならない。そうしたい時に私は、敵の芸術を研究するのだよ」

「すみません。おっしゃることがよく……」

 まだ、わからない。


「まぁ聞くが良い。芸術のような『創造物』には、それを創った者のエッセンスが集約されている。つまるところ、創造物を、芸術を研究し、そのエッセンスを見極めることで、敵の思想、強みと弱み、ひいては行動パターンを知るのだ」

「すみません、私、頭が悪いもので、閣下のおっしゃることは難しく感じます……」

 やはり、わからない。


「そうか、そういうこともあろう。ではこういうのはどうかな? そなたがつくった標語のポスター。『国民よ、賢くあれ。そして、強くあれ』。改めて、見せてもらえるか?」

「……」

 美満は、無言で、くるまったポスターを両手で広げ、デザインの描かれた面を国家主席に見せる。


「それは多いにこの国のために役立った。感謝している。モノトーン調のデザインだが、白が使われているのはここ、『賢』という文字だけだ。これが何を意味するか。そなたが何を考え、どのような思いでそうデザインしたのか、私には手に取るようにわかる」

「『思い』ですか。ないことはないですが、私はこう言った作品をつくる時、あまり深く考えずに、感覚のみを頼りにします」

 美満は、国家主席に忖度しない。

 ポスターを持つ両手のうちの片方を離すと、元通りにくるまって筒状になった。

 

「うむ。だが表には出ない、深層心理からの叫びもあるぞ?」

「はぁ、深層心理、ですか……」

 美満は、その言葉の意味するところが、わからない。


「そなたは確かに才能を持っているが、いわゆる高IQ者たちアベレイジ・オア・アバブではない。過去にそなたは、知能の発達のことで辛い思いをした経験は?」

「……あります」

 美満は、見透かされている。


「どんなことがあった?」

「学校で……『木偶でくの坊』『知恵遅れ』『チンパンジー』『ガ◯ジ』などと呼ばれることが、毎日のように……」

 美満の体が、震える。


「そうかそうか、辛かっただろう」

「は、はい……」

 美満の目には、涙。

 悲しみではなく、怒りや憎しみに満ちた涙。


「だが、それら心無い言葉の数々が指している『知能』というのは、あくまで数多あまたある能力を平均化したものにすぎない。視点を絞れば、光るものがあったわけだ。だからそなたはこうして今、ここにいるのだ。わかるかね?」

「はい」

 はっきりとした返事。


「つまりはだ、知能の平均値がいくらか人より高いだけの連中が、才能あるそなたを深く知りもせず、過小評価し、不当に貶めていたわけだ。悔しいだろう?」

「はい!」

 美満の返事の字面は変わらないが、明らかに、徐々にエネルギーを帯びていく。


「ああ、そうだろう。そしてズバリだ、その手に持つ紙に書かれた、真っ白な『賢』の文字。目立っているなあ、白は、膨張色だから。そなたは深層心理でこう思っている、もっと『賢く生まれたかった』と。だから、その『賢』の文字を強調したのだ」

「はい!!」

 美満の手に握られているポスターは、くしゃっと凹み始めている。


「そんな時、人は躍起になって賢くなろうとする。だが、いくら訓練を重ねようと、書物を読み漁ろうと、生まれ持った知能を底上げするのには限界がある。そこでだ、そなたは何で勝負をする? どうやってそなたを虐げてきた者どもを見返す? 強みは何だ?」

 美満は、立ち上がってこう答えた。

「芸術です」


「そう、それでいいのだ。そなたには、そなたらしく、作品を残し続けて欲しい。そなたの作品にはとてつもないエネルギーを感じるのだ。恐れ、怒り、憎しみ、そして……苦しみ。それらは生きる原動力になりうる。私はそれらを大事にする人間だ。だから、そなたの作品をこの部屋に飾りたいと思う。次の面接までに、ひとつ頼めるか?」

 美満の返事が、食い気味に、早口に変わり、

「はい!!! ですが、どんなものをご所望でしょう?」


「なんでもいいのだ。エネルギーを感じられるものであれば」

「白を基調とするべき、でしょうか?」

「そんなことは気にしなくて良い。この白い部屋を、まっさらなキャンバスだと思って、そなたの色に染め上げてくれれば良いのだ」

「はい、仰せのままに!」


 こうして、美満は国家主席お抱えの芸術家となった。



>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦>≦



__その夜、安部家宅にて__


 美満の部屋から、激しい物音がする。

 音に気づいた母以千代が、部屋に向かうと……


「美満、どうしたのよこんなに散らかして……ってそれ、小学校の卒業アルバム、ビリビリに破けているじゃないの!」


 美満は、母の声など気にもせず、下手な字が書かれた紙や、子供達の写真が貼られた紙を破り続ける。


 そう。


 美満は、大事にとってあった、学生時代の教科書やノート、勉強道具、学校の文集やアルバムなどを、全てズタズタに八つ裂きにして、破壊してしまった。


〈第九話『第三段階:アベレイジ・オア・アバブ倍増化計画:零士の場合に続く』〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る