修学旅行にいってきました
天助小学校の修学旅行は、二泊三日。場所は、京都と奈良である。一日目はクラス別でバスツアー、二日目は班での自由行動、三日目に奈良の大仏とシカを見て、お土産を購入して帰ってくる。
「ただいまあ!」
『おかえり』
「もふもふさんが食べたがっていた八つ橋、買ってきたよお」
文月は大きなリュックサックのサイドポケットから、生八つ橋の箱を取り出した。あんの入っていない、ニッキ味の皮だけのものだ。
『そうそう、これこれ』
「これはママのぶん、これが環菜のぶん、お漬物はパパのリクエスト。あと、今度おじいちゃん家に持って行くぶん」
次から次へとお土産を学習机の上に並べていく。もふもふさんは前足を机の上に置いて、その様子を眺めていた。
『文月のぶんは?』
「うん?」
『わたしのぶん、がなかったから』
リュックサックのメイン部分には着替えやらパンフレットやらがぎゅうぎゅうに押し込まれている。お土産を入れられるスペースはない。もし入っていたとしても潰れてしまっているだろう。
「もふもふさんはそのままだと食べられないじゃない。結局わたしの胃袋に収まるなら同じかなって」
白くてもふもふな不思議のオオカミであるもふもふさんは、このままの状態では食事ができない。しなくてもいいのだが、食事をしたいときには文月と代わることになり、その身体は文月のものなので、食べたものは当然、文月の胃袋に入る。
『確かに?』
「というのはあるけれども、お土産がいろいろとありすぎて選べなくてえ……」
お土産コーナーで家族のぶんをカゴに入れてから、さて次は自分のぶんと悩んでいるうちにあれこれと目移りしている様子が想像できた。文月は優柔不断な性格である。家族旅行ならともかく、小学生の修学旅行なので、次の場所へ移動するまでの制限時間があるから、諦めたのだろう。
『文月は木刀を買うタイプじゃないすもんね』
「買っていた人はいたよ?」
『さすが小学生』
「欲しかった?」
『いや、いらない』
「だよねえ」
文月は修学旅行のしおりと各種パンフレットをリュックサックから引き抜いて、ベッドの上に放り投げる。生八つ橋の皮以外のお土産をビニール袋にひとまとめにして、あとは着替えを残すのみのリュックサックとともに持ち上げると、自分の部屋を出た。洗濯機の前にリュックサックを置き、リビングのテーブルにお土産の入ったビニール袋を置く。一旦置いてから、漬物だけは冷蔵庫にしまって、部屋に戻ってきた。
『修学旅行といえば、消灯後の秘密の話』
「そうなの?」
部屋割りは男女別、クラスで大部屋が一つずつ。布団を敷く位置は自由なので、仲良しグループで固まる。
『文月は話の輪に入らずにさっさと寝るタイプと見受けられる』
「うん。響子ちゃんたちはお話ししていたけれども、わたしは寝ちゃったなあ」
『やっぱり……』
「あっ!」
響子ちゃんたち、で思い出したらしい。部屋を飛び出し、リュックサックから父親のお下がりのデジカメを救出した。
「危なかったあ。このままだと服といっしょに洗われちゃうところだったあ」
ベッドに腰掛ける。もふもふさんがベッドに飛び乗り、隣で腹ばいの姿勢になった。
『デジカメなら、洗濯機に入れる時にママが気付くでしょう』
「そうかも。……まあまあ、写真をたくさん撮ってきたから、見て見て」
文月がデジカメを操作して、撮影した写真を画面上で見せていく。もふもふさんは首を持ち上げて、画面をのぞき込む。二日目に撮影された写真が多い。自由行動の班は四人組で、文月の班は児玉ひかりとの一件で運動会後に仲良くなった佐久間響子と、体育委員の藤森誠、そしてクラス委員長の桐生貴虎という構成だった。
『貴虎とのツーショットは?』
「ないよ?」
『断られた?』
「そういうわけじゃないけど……」
言葉を濁される。文月は積極的にはいかないだろうから、貴虎から言ってほしいものだ。プールに誘うよりは二人の写真を撮るほうがハードルは低いだろうに、子ども心はわからない。
『結構写っているこの丸刈りの名前は?』
貴虎の写真よりも、ミニバスケットボールクラブの少年が写り込んでいる写真が目立つ。風景を撮ろうとしているのに、頭だけひょっこりと入ってきていたり、ピースサインをしていたり。
「ああ、藤森くん?」
『この前の100メートル走のときも来ていたような』
「そうなんだ」
『応援席にいただけだから、会話はしていないすよ』
文月は出発直前にもふもふさんと代わっていたので、当事者であるにもかかわらず、結果しか知らない。響子が仲を取り持ってくれて、ひかりとは良好な関係を築けている。
「藤森くん、わたしのことが好きなんだって」
『へえ?』
「修学旅行の解散式のあとに『付き合ってほしい』って言われた」
『……貴虎はなんて?』
「なんで桐生くんが出てくるの?」
もふもふさんはとっさに貴虎の名前を挙げてしまった。文月としては、誠から告白されたと相談しているので、貴虎の名前が出てくることに違和感がある。
『そうか。そうだな。おかしかった。……それで、文月はなんて答えた?』
「返事は週明けでいいから、って言われて、答えていない」
イエスもノーも言わずに戸惑っている文月を見て、相手が譲歩したのだろう。勢いで告白したはいいものの、ふと我に返ってしまったのかもしれない。だいたいの人間は、意識していない異性からいきなり思いを伝えられれば困ってしまう。
『よし。えらい』
「えらい?」
『100メートル走のときは、断るに断れなかったじゃないすか。保留してくれたのならやりようがある』
貴虎にもこの勇気を持ってほしいものだ。もちろん文月から言ってもいいのだが、文月は文月で実の妹が太鼓判を押す“鈍感さん”である。
「彼氏かあ……」
『文月?』
「週明け、なんて言えばいいのかなあ。場所と時間も大事だよね」
『まさかとは思うが、オーケーしようとしていないだろうな』
「うーん」
『やめとけやめとけ。考えるだけ時間の無駄。はっきりと断ってくれ』
「……もふもふさん、藤森くんのことを知らないのによく言えるね」
『ミニバスケットボールクラブに入っているんだっけか。バスケなら、オレも得意なんで、――相手の得意な競技で圧勝するか。ひかりのときみたいに』
ふしぎのオオカミちゃん! 秋乃晃 @EM_Akino
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