理性ある人間としての復讐の仕方

民族を大量虐殺された医師クレマンと、民族浄化を主導した元国家主席アロガンの物語です。
6千字に満たない作品ながら、深く考えさせられます。
感心するのは、シリアスなテーマと残酷な世界観であるにもかかわらず、読後感が重たくないこと。希望ある未来を望んでいる作者様の心のあらわれだと思います。

作品の中でクレマンの、
「医者である前に人間なのか、人間である前に医者であるべきなのか。あなたはどうですか。政治家である前に人間でしたか?」
というセリフがあります。

私たちは大なり小なり、腹の立つ相手というものがいるものです。
特に、精神を病むぐらいに嫌なことをされた相手には強い憎しみを持ちます。
もしこれがクレマンのように、家族を含めた民族ごと殺されたなら、その憎しみはとてつもなく強いものです。

クレマンはアロガンに復讐をしました。
私は彼の考えや心の動きを意外なものに思ったし、読者の中には生ぬるいと思う人もいるかもしれません。歯には歯を、のように痛めつける復讐をするべきだと。
けれど、やられたからやり返す。民族が受けた恨みを無差別攻撃で晴らす。
今まで多くの人がしてきた復讐は、世界中に悲しみや憎しみを広げる行為にほかならない。
誰かが負の連鎖をとめなければいけない。だからといって、自分の中にある憎悪を抑えるのは苦しいですよね。

クレマンは個人的感情ではなく、民族を背負って行動しました。
人間には理性があり、広い視点に立って未来を考える力がある。
アロガンは人々に憎しみや断絶の種をまきましたが、クレマンはアロガンや孫、そして読者の心に光の種をまいたように思います。





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