とても読みやすい文章でありながら、登場人物それぞれの視点になって考えさせられる奥深い物語です。クレマン医師の台詞は、読者である私たちや現代社会に訴えかけるものがあり、そこには深みと希望が広がっています。今も尚抉られるような思いを抱えている中、クレマン医師は憎悪と苦しみに満ちた過ちを繰り返さない選択をしました。
アロガンが最後の一言を発しなかった、出来なくなったことは、クレマン医師の長年の痛切な思いや彼なりの復讐が、未来の子どもたちの希望に繋がったと思います。クレマン医師のような思慮深さや人間性、生き方には学ぶことが多く心に響きました。流れる文章と重厚感に溢れる物語……おすすめです! 複雑でありながら考えさせられる物語をありがとうございます。一人一人の健康と心の平穏を祈っています。
民族を大量虐殺された医師クレマンと、民族浄化を主導した元国家主席アロガンの物語です。
6千字に満たない作品ながら、深く考えさせられます。
感心するのは、シリアスなテーマと残酷な世界観であるにもかかわらず、読後感が重たくないこと。希望ある未来を望んでいる作者様の心のあらわれだと思います。
作品の中でクレマンの、
「医者である前に人間なのか、人間である前に医者であるべきなのか。あなたはどうですか。政治家である前に人間でしたか?」
というセリフがあります。
私たちは大なり小なり、腹の立つ相手というものがいるものです。
特に、精神を病むぐらいに嫌なことをされた相手には強い憎しみを持ちます。
もしこれがクレマンのように、家族を含めた民族ごと殺されたなら、その憎しみはとてつもなく強いものです。
クレマンはアロガンに復讐をしました。
私は彼の考えや心の動きを意外なものに思ったし、読者の中には生ぬるいと思う人もいるかもしれません。歯には歯を、のように痛めつける復讐をするべきだと。
けれど、やられたからやり返す。民族が受けた恨みを無差別攻撃で晴らす。
今まで多くの人がしてきた復讐は、世界中に悲しみや憎しみを広げる行為にほかならない。
誰かが負の連鎖をとめなければいけない。だからといって、自分の中にある憎悪を抑えるのは苦しいですよね。
クレマンは個人的感情ではなく、民族を背負って行動しました。
人間には理性があり、広い視点に立って未来を考える力がある。
アロガンは人々に憎しみや断絶の種をまきましたが、クレマンはアロガンや孫、そして読者の心に光の種をまいたように思います。
かつてアロガンが国家主席として、ナバク人を撲滅させるべく行った軍事作戦により、心臓外科医クレマンの家族は惨殺された。
今はレジャー施設など、きれいに整えられた土地の下には何万人もの死体が埋まっており、まさにそこで、アロガンの孫は爆発事故に巻き込まれ、クレマンの元に運ばれた。アロガンはクレマンの前に膝をついて懇願する。
「孫を助けてくれ!」
クレマンはアロガンの孫の手術をしなければならない。が、復讐として、それを拒否することだってできる。果たしてクレマンはどうするのか?
無駄のない、考え抜かれた構成で読む者に息もつかせぬ展開を突きつける、まさに傑作の名にふさわしい作品がここに誕生した。