第五話 舞台裏の光芒
幕が下り、照明がほのかに落ちると、観客たちの笑いや歓声も静かに収まった。通常、漫才師たちはこの時に舞台裏へと退く。
しかし、この日は異なった。まち子とイケ子は、舞台の片隅で昔のネタ帳らしきノートを手にして、涙を流していた。私たちは偶然彼女たちの近くにいたため、そのやり取りがはっきりと見え、小さなつぶやきも耳に入ってきた。
イケ子「まち子さん、これ、埋もれた名作って……もしかして、うちらのも含まれてるん?」
まち子「ええ、そうやねん。あの頃はまだ若かったなぁ。夜な夜な、アイデアを出し合って、心を込めて書き上げた漫才のネタや。今こそ、これらのネタを世に出すチャンスが来てるんやで」
ネタ帳のページをめくるたびに、バイトを終えて疲れた身体を奮い立たせ、夜通しでアイデアを練り、神様に祈りを捧げながら、ようやく形にしたネタが蘇ってくる。
それらは、たった五分のステージのために生み出されたものだ。まだ一度も光を浴びることなく、静かにその時を待っていた。
私はイケまち二銃士のつぶやきを耳にし、その情熱に心を動かされた。彼女たちの言葉から溢れる熱意が、まるで波のように私にも伝わってきて、胸が温かくなった。
イケ子「それにしたかて……。こないにおもろいネタを忘れとったなんて、信じられんことや。もったいないわ」
まち子「実はな、もうこのコンビを解散しようかと思うとったんや……。生活がかかってるからな。せやけど、今からでも遅くあれへん。このネタで、また新しい笑いを届けようや。どうや、イケ子さん」
私は、そのやり取りを耳にして、息をのんだ。ふたりの目には、芸人としての情熱がきらめく涙が宿っていた。そこには、喜びや悲しみ、さまざまな感情が交錯しているようだった。思わず胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
彼女たちはお互いの目を見つめ合い、新たな決意を固めたように見えた。そして、次の瞬間、新しい漫才の準備のためか、楽屋裏へと姿を消した。
舞台の幕が閉じ、彼女たちの姿が見えなくなると、私の心にもひとつの章が終わりを告げた。心の中で、彼女たちの新たな一歩を温かく祈り、祝福する。
今回はまさみの好意で招待され、観ることができた漫才は、滑稽で奇想天外なものだった。でも、私は感動で目頭が熱くなり、彼女に向かって心からの感謝を伝えた。
「ああ、おもろかった。最後は泣けたわ。次は有料でもまた来ような」
まさみも同じように涙を流しながら、うなずいてくれた。
なんば風月の舞台を後にし、私たちは心地よい風に誘われるように、法善寺横丁へと足を運んでいた。
私たちが東門をくぐると、ほろ酔い加減のおっちゃんが「月の法善寺横丁」の懐かしい曲を「ああ、男もいない若い女ふたりの思い出にじむ……」と替え歌にして、たおやかな温かい大阪弁で口ずさんでいた。
私は、その愉快な鼻歌に誘われて、思いがけず青空を見上げた。今日、法善寺横丁から望めるお月さまはまん丸となり、お不動さんが微笑んでいるかのように見えて、とてもほのぼのとしていた。
そして、私たちはこの上ないふわとろのオムライスを前にして、その日の舞台が放った明と暗の光芒に心を揺さぶられながら、笑顔で会話を交わし、忘れがたいひとときを噛み締めた。
✼••┈┈┈•• おわり••┈┈┈••✼
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「法善寺横丁の舞台裏」パロディーの風に乗って 神崎 小太郎 @yoshi1449
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