第8話 F線上のノゾミ・前編
車に乗せられてから30分もしないうちに、爆音の鈍い音が聞こえてきた。
「どこへ向かっているんですか?」
「6区と7区の間にある、丘が多い高台です」
どこだそこ?
「本来は、我が国の首都メルテライスの区分をご説明する予定でしたが、緊急事態のため、後回しとします。ともかく、このF地点は絶対防衛ラインのひとつなのです」
わたしは窓の外を見た。
たしかに丘が多い。人も家もほぼ見ない。
「到着しました、双葉特務少尉」
車は、巨大な岩の前で止まった。
降りると、また例の煙、それと変なニオイ……歩いていると、白い布やビニールで包まれたものが、いくつも横たわっている。
……これって、災害や戦争のニュースでよく見る光景じゃ……
「足場が急になっていますので、お怪我なさりますよう」
そんなカワシマさんは、早足で巨大岩の中間地点まで登っていった。
大きなシェルター型のテントが、その岩に隠れるよう3つあった。
そのうちの1つの入口で、カワシマさんは止まった。
マシンガンを持った2人の門番が、入り口を開け、わたし達は中に入った。
「カワシマ准尉です。双葉特務少尉をお連れしました」
エラそうなおっさん達が何人も座るテーブルの真ん中には、眼光が鋭い軍人がいた。
軍人は立ち上がると、わたしを見つめ、こう言った。
「独立混成11旅団長のベルウッド少将である。現状説明はカワシマ准尉から受けておるか?」
わたしは首を横に振った。
「簡潔に言えば、デアチルド軍の奇襲であり、猛攻である。昨日のE地点の戦闘は前哨戦と見るべきだ。敵の数は、大型連隊あるいは旅団級と想定される」
言っている意味が分からなかった。軍隊のこととか、一般人はふつう知らないから。
「私の予想では、ここでの戦闘は激化し、固着状態が続くと見ている。先ほど、総司令からお受けした命によれば、このF地点が突破されれば、我が国の絶対防衛戦がひとつ無くなる。それだけは避けねばならない。早急な壊滅が求められる。ゆえに、手段を選ぶ余裕はない」
ベルウッドとかいう軍人は、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
え、なに、ここは偉い人はタバコ吸わないといけないの?
「ついては、双葉特務少尉、貴官の活躍が、その鍵となるのだ」
煙を大きく吹かしたベルウッドはそう言った。
わたしは煙を振り払って、質問した。
「わたし、人を殺したくないのですが」
「人ではない、敵だ」
「でも、同じ人間でしょう?」
「馬鹿者! 敵は敵なのだ。毒虫が家に入って来たら、殺さねばならぬ。それと同じだ」
ベルウッドはタバコを灰皿に押し付けると、すぐに2本目を吸い出した。
「カワシマ准尉、双葉に現状を肉眼で確認させ、特務戦闘テントへ連れてゆけ」
「かしこまりました」
敬礼したカワシマさんは、双眼鏡を手にし、わたしを外に連れ出した。
「双葉特務少尉、この双眼鏡でご覧ください」
調整を終えたカワシマさんが、わたしに双眼鏡を手渡した。
のぞき込むと、大から小までの大砲らしき長い筒が、こちらを向いていた。戦車まである。隠れているのか、人影は確認できない。
「ここまでとは……」
自分用の双眼鏡をのぞきこむカワシマさんが言った。
同時に、爆音がした。左側の丘へ向かって、砲弾が打ち込まれたようだ。
「急ぎましょう、双葉特務少尉」
巨大岩の右端にあるテントの中に、カノンはいなかった。
例のグランドピアノが、ぽつんと置かれているだけ。
それと、わたしのギターもなぜかある。ホテルに置きっぱにしたはずなのに。
確認すると、すでに巨大なアンプに繋がれていた。
そういえば、外には、アリーナライブで使われるような、超おっきいスピーカーが設置されていたな……
カノンのピアノにはマイクが設置されているし、そこからあのスピーカーに流すのだろうか……?
「カノンは?」
「今、こちらに向かっているようです」
テントの中には、マシンガンを手にした軍人が5名もいた。
外では地面が揺れるほどの爆音、それに、パンパンパンと銃を撃っているであろう連射音が、絶え間なく響いている。
にも関わらず、このテントの中は、森の中みたいに静かだった。
でも、みんなの視線は、わたしに集中しているようだ……無言の圧力が押しかかる……苦しい……
その時、変な生き物が浮遊しながら入ってきた。
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