オンセン!〜音楽で戦争は止められるか?〜

真木早希

第1話 天上のメロディ

「好きだ」


 と、千川カナメくんに言われた。


 自慢じゃないがわたしは、この17年生きてきて、「告白」なんてロマンチックなこと、受けたことがない。


 それは、わたしがチビだからだとか、親戚の葬式で意味なく笑ってしまうクセがあるとか、読めもしないハイデガーの本を学校に持ってくるとか、ゴボウやニンジンやシイタケやピーマンやブロッコリーがキライだから、というわけではない……たぶん。


「べつに、今すぐ返事が欲しいっていうわけじゃないんだ」


 カナメくんはそう言って、スクールバッグを肩にかけ直した。


「いつでもいいよ。ま、明日だと、うれしいけどね」


 じゃあまた、と彼は手を振り、わたしに背を向けて帰っていった。


 その時、わたしはどんな顔をしていただろう?


 西洋絵画に出てくる美少女みたいに、りんとしていたかもしれない。

 あるいは、ぐへへへへ、とうつむいては、熟女モノのエロ本を拾ったおじさんみたいに、ニヤけていたかもしれない。


 まあ、いずれにせよ!


 わたしは、わたしもちょっと気になっていた男子から告白されたのである……!


 家に帰ったわたしは、ギターを手に取ってアンプにつなぎ、ボリュームをマックスにして、力の限りかき鳴らした。

 1分20秒もしないうちにお母さんがやってきて、ものすごく怒られたのだが、そんなの関係ない! 

 

 だって、だってさ……!


 そうだ!


 明日、このギターを持っていって、いつもの川辺にカナメくんを呼ぼう!


 そして…………!




 翌日。


 朝のホームルームが始まるなり、先生がこう言った。


「えー……千川くんだがね……昨晩、交通事故にあってしまったらしい……今も緊急治療中とのことだ。動揺するな、というのは無理な話かもしれないが、ここは彼の回復を祈っておいて欲しい……」


 …………この先生は、いったいなにを言っているのだろう? たしか古文の教師で、わたしたちのクラスの担任だったはずだが、呪文でも唱えているの?


 そんなことしか、言葉が思い浮かばなかった。

 

 ホームルームが終わるなり、わたしはギターケースを背負い、バッグを肩にかけると、廊下に出て教室の扉を閉めた。クラスメートの視線も、「おい、おいっ、双葉! 双葉!」という声も、今のわたしには、なんにも入ってこなかった。


 ……どうしようか?

 

 どうしようもない……

 

 ……とりあえず、川辺へ行こう……


 わたしは学校の門を出た。

 もうここには来ないかもしれない、という感じがした。


 土手の斜面に座ったわたしは、ドブ臭い川と、その向こう岸に見えるマンションやラブホを眺めていた。

 ギターを取り出したものの、膝に置いただけで、弾く気がしない。代わりに、昨日のことを思い出す。


 ……あの時、カナメくんにすぐ返事を出しておけば?

 このあたりで一緒に座って、なんかおしゃべりでもしていたかもしれない。

 夕焼け空の下、ずっと、ずっと……

 そうすれば、カナメくんは……カナメくんは……事故なんか、遭わなかったかもしれない……!

 きっとそうだよ、だから、わたしが…………


 涙をぬぐったわたしは、ギターを弾きはじめていた。自然と、無意識に。今は、こんなことをやるぐらいしか、絶望感を解消できない気がした。


 ギターを弾く時はいつも、コードでジャンジャンとかき鳴らすクセがある。単音ごとに、メロディを奏でることは少ない。


 だけども今は、なぜだか左指が動く。おもしろいほどに。

 頭で鳴るメロディを、わたしは泣き叫ぶように奏でまくった。


 …………やがて。


 雲の上に浮かんでいるようなメロディが、この川辺に鳴り響いた。

 わたしは目をつむって、その旋律に身をまかせた。


 ――ああ、バッハもモーツァルトも、こんなメロディは浮かばなかっただろうな……でも、わたしはそれを奏でているんだ……ねえ、神さま、いるかどうか知らないけれど、あなたもこのメロディを聞いているんでしょう? だったらさ、カナメくんを、どうか、どうか――




 …………煙のニオイがした…………


 と同時に、強烈な爆発音。

 それが、わたしの耳、いや、全身を襲った。さっきの天上のメロディは、いとも簡単に吹き飛んでしまった。


 目を開くと、高原が広がっていた。あちこちで煙が立ち込めている。

 うしろから、また爆音。

 鼓膜がつぶれそうだ。

 音響が最悪なライブハウスでも、こんな音はしないぞ。


 わたしは、ふるえるハムスターみたいに身を縮めた。


 すると、誰かがわたしの手首をつかんだ。

 目をやると、金色の長い髪をした女がいる。わたしに向かって、なにか話しているようだ。けれども、爆音のせいで、何を言っているかは分からない。わたしをどこかへ連れてゆくようだ。


 しばらく、歩かされた。

 やがて、よく自衛隊の救護活動なんかで使われる軍事テントみたいな中に、女はわたしを連れ込んだ。


「あんなところにいると、死んじゃうわよ?」


 金髪の女は、髪を整えながら言った。

 顔をよく見ると、この下品な煙のニオイと、爆音が鳴り響く地には、絶対にふさわしくない美少女が、そこにいた。


「いずれにせよ」


 ため息をしつつも、金髪の女は言った。


「あなたもあのメロディを弾いてしまったのね、ノゾミちゃん」


 なんでわたしの名前を知っているんだ、この女は……?

 と、聞く余裕はなかった。美少女は、笑顔でこう続けた。


「まあ仕方ないわ。ともかく、がんばって生き残りましょ!」

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