第7話 天秤

 第8作戦会議室、という部屋に、わたしは連れて行かれた。カノンは別件があると言って、ここにはいない。



 長机とイスが置かれた、簡素な部屋で、生徒会室みたいな雰囲気がある。違いといえば、司令室にもあった、よく分からん旗が立てられているぐらいだ。



 カワシマさんがアタッシュケースを机に置いて、こう言った。


「あらためて双葉特務少尉、ご任命、おめでとうございます」


 もちろん全然うれしくない。わけの分からない世界にきて、わけの分からない連中とあって、わけの分からないことをしろ、と言われているのだ。


「あの、カワシマさん」


「なんでしょうか?」


「特務少尉って、いったい、なんなんですか?」


 カワシマさんは、言葉を選ぶように天井に目をやった。


「総司令もおっしゃっていたように、特別の任務を任された方々です」


「特別の任務って?」


「……簡潔に申せば、特別の兵器を扱える方々といいますか、術が使えるといいますか」


「よく分かりませんよ。なんですか、兵器とか術って」


「言ってしまえば、魔法が使えるのですよ」


 あいにく、わたしにそんな趣味はない。

 小さい時から、魔法少女モノのアニメなんて、針先ほど興味なかったしね。


「魔法なんて、非現実的なこと、わたし信じませんよ」


「しかし、ここでは現実で起きているのです。昨日もご覧になられたでしょう」


「なにを?」


「相沢特務中尉のピアノです」


「それがどうした、と?」


「劣勢だった歩兵連隊を助けたのです。それだけで、どれだけの命が救われたことか」


 ……仮にそうだとしても、何かが引っかかる。


 味方を助けた、イコール、敵を倒した……すなわち、殺したことになるのでは?


「敵はどうなったのですか?」


 疑問を投げつけたわたしに、カワシマさんは意表をつかれたような顔をした。


「当然ながら、壊滅しました」


「死んだ、ってこと?」


「左様でございます」 


 なにを当たり前のことを言っているんだ、この小娘は。


 カワシマさんはそんな口調だった。


「わたし、人殺しなんて出来ません」


「お気持ちは分かります。しかし、この国では今、戦時中なのです。デアチルドの反乱は、この国、この世界を脅かします。王家に伝わる神器が奪われれば、どうなることか。あるいは……」


 わたしはファンタジー映画の設定でも聞くかのように、カワシマさんの説明を受け流していた。


 ノック音がした。


 ドアが開くと、顔はウサギっぽく、そこから下は制服姿、というキモい生き物が立っていた。




「お待ちしておりました、メッフィー少佐」


 カワシマさんは立ち上がると、その生き物に敬礼した。


「貴官が、双葉特務少尉ですか」


 生き物はわたしの前に立ち、敬礼しながらこう言った。


「私がメッフィー少佐であります。貴官らの指揮を任されました。以後、よろしく」


 わたしはどう反応して良いか分からなかった。


 なぜ、直立二足歩行する変な生き物が、目の前にいるのか……?


「どこまで話しましたか」


 メッフィーという生き物は、カワシマさんに聞いた。


「特務少尉をやる意義について、であります」


「それで、なんと?」


「困惑したご様子です」



 カワシマさんはわたしのことをチラっと見ては、またメッフィーを見た。


 メッフィーは肘を机に起き、毛むくじゃらの両指を組んだ。



「双葉特務少尉、貴官は元の世界に戻りたく無いのですか?」


「そりゃ戻りたいですよ。でも、戦いたくはありません」


「戦う、といっても、貴官が銃をもって、直接殺し合うわけではない」


「それでも、遠隔的に人を殺すことになるんでしょ?」



 ふーむ、と、ため息をついたメッフィーは、出された飲み物を口にした。


 何が入っているのかは、分からない。



「たしかにその通りなのだが、貴官はギターを奏でていれば良いのです」


「だから、それが敵とはいえ、人を殺すことになるわけじゃん!」


「我々にとっては、敵はもう人ではありません。単なる<敵>にすぎない」


 そもそも人の風貌をしていない奴に言われてもな……メッフィーは腕を組み、遠くを見つめ出した。



 やがて、細めだった目が開いて、こう切り出した。


「千川カナメくんは知っていますね」


「はい……」


「彼、もう死にそうなんですよ」


 それを聞いて、わたしは机を叩きつけた。


「なんで、あなたがそんなこと分かるんですかっ!?」


 そうわたしが叫ぶと、メッフィーは人差し指を上げた。


 すると、モニターのようなものが現れ、映像が映し出された。


「これが今の千川くんです。この姿を見ても、お分かりでしょう」


 モニターには、人工呼吸器や様々な管がつけられた千川くんの姿が映し出されていた。


 わたしは思わず、手で口をふさいだ。


「なんで……なんで、千川くんがここに映っているんですか?」


「私が、魔法を使えるからですよ」


 メッフィーはモニターを消した。そして再び指を組んで、わたしを見つめた。


「あと3日、もちますかね」


 メッフィーのその言葉から、沈黙が場を支配した。わたしは机の下に視線をやって、履いているブーツを眺めた。


 気づかなかったが、ピカピカにクリーニングされていた。高級ホテルのサービスであるという、シューシャインというやつか?




 そんなどうでもいいことを打ち消すように、メッフィーが口を開いた。




「でも、ひとつ助ける方法があるんですよ」


「……なんですか?」


「貴官が戦うことです。再三になりますが」


「……」


 わたしが黙っていると、メッフィーは立ち上がった。


「昨日の今日ですからね、悩むのは当然です。もっとお話したいのですが、私は次の用件がありまして、そろそろ行かねばなりません」


 良い返事を期待してます。


 そう言って、メッフィーは部屋から出ていった。


 すると、サイレンが鳴った。甲子園で鳴るようなものより、強烈な音だった。



「F52地点です……参りましょう……双葉特務少尉!」


 電話で確認したらしいカワシマさんが、そう言った。

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