第6話 参謀兼内務兼国防兼外務兼軍需兼大蔵兼務の総司令長官

 目を覚ますと、カワシマさんがいた。


「おはようございます、双葉特務少尉。あと2分、お目覚めにならなかったら、無理にでも起こすところでした」


 笑いながらカワシマさんは、「ご朝食はいかがいたしましょう?」と聞いた。


「なんでもいいです……」


 と、わたしは目をこすりながら答えた。


 バスルームへ行くと、洗面台が2つもあった。ああここは……どこだ? そうだ、このホテルで1番広いスイートだったけな……というか、頭が痛いんだが。この先、わたしが酒なんて飲むことないんだろうな。


 昨晩、食事をとった部屋へ入ると、すでに朝食が用意されていた。

 スクランブルエッグにウィンナー、それとトースト2枚に、オレンジジュースと牛乳。うちのお母さんが作るのと変わんないじゃん。違いといえば、お値段と、牛乳があることぐらいか。


「お味はいかがですか?」

「おいしいですよ」


 本当は普通だったが、いちおう、そう答えた。


 そういえば、カノンがいない。あんなにガバガバと酒飲んでいたくせに、早起きだな、と思っていると、カワシマさんがこう言った。


「相沢特務中尉なら、お先に参謀省の方へ行かれました」

「参謀省?」

「はい。これから我々も向かうところです」


 例の車に乗って、わたしはその参謀省とやらへ連れていかれた。


 昨日は暗くて見えなかったが、街並みは本当にヨーロッパみたいだった。……まあ、ヨーロッパって行ったことないんですけどね。


 巨大な柱が4つも立つ門の前で、車は停まった。

 門番らしき男が、鉄柵の外と内側に2人ずついる。

 カワシマさんがその門番に何やら話すと、門が開いた。

 

 権力を絵にしたようなその赤い建物の入り口は、大きいのが真ん中に1つ、それよりひと回り小さいのが左右に2つあった。


 大門の前で、制服姿の男女が3人立っている。我々を待っていたようだ。

 

 わたし達が車を降りると、3人はまず、わたしに敬礼をした。

 わたしはバイトに出勤したときみたいに、適当に頭を上げ下げした。カワシマさんを見ると、身長測定検査みたいにピンと背筋を張って敬礼している。


「総監は、まだお戻りではありませんが、お部屋で待機されるようご指示がありました」

「承知しました」

「それでは双葉特務少尉、お部屋までご案内いたします」


 と、カワシマさんは、わたしを先導した。

 まるで社会見学に引率されている気分だ。


 総司令官室、と偉そうに書かれた扉を開くと、ザ・大臣室という空間が広がっていた。

 赤絨毯が敷きつめられており、窓の直下には大きな黒光りの机、ガラス戸の棚、片隅によく分からん旗、そしてソファが合わせて4つ……そこにカノンが座っていた。


「おはよう、ノゾミちゃん。ご機嫌いかが?」

 もう最悪なんですけど、と愚痴りたかったが、部屋の空気がそれを制した。

「本当は総司令がいないと、入っちゃいけない部屋なのよ、ここは。でも、今日は特別みたい」

 と、カノンは微笑んで部屋を眺めた。

「お茶でも飲む?」

 相変わらずお茶が好きだな。尿結石になるぞ。また紅茶か?いやそれよりも……

「あの、聞きたいんだけど」

「なに?」

「総司令長……ってなんなの?」

「うーん、なんと言ったら良いのかしら? カワシマ准尉の方が、詳しいんじゃない?」


 わたしはカワシマさんの顔を見た。


「簡潔に申し上げますと、総司令長官は、参謀かつ内務かつ国防かつ外務かつ軍需かつ大蔵の、それぞれの省庁の長を兼ねた、この国における実務上の最高権力者、となります。したがって、連合総司令長官、というのが正式な名称となります」


 ……え、それって完全に独裁じゃ……


 そんな疑問が喉まで来た時、部屋の扉が再び開いた。ノックはなかった。

 カノンとカワシマさんは立ち上がり、入ってきた男に敬礼をした。

 口髭をたくした男は机の前に立つと、わたしに向かってこう言った。


「ロングゲート王国へようこそ。私が、オスト総連合司令長官である」


 総司令という男は、他の者とは明らかに違う服装をしていた。ものすごいバッジというか紋章の数……歩きずらいのでは?


「ここに来て、いろいろ困惑していると思う」


 ああ、してるね。数学の微積をやっていた方がまだマシだよ。だって、答えが絶対にあるから。


「だが、仕方のないことなんだ。すべてが終わるまで、我慢して奮闘して貰いたい」


 総司令の声はしゃがれ気味だった。戦場でよっぽど叫びまくったのだろうか。


「この戦いについて話すと、絶対に負けられないもので、勝たねば我が国、いや、世界の崩壊すら視野に入る。しかし、我々にはチャンスがある。それを握っているのが、君たちなのだ。王子の意思を継いだ、術を使える者としてね」


 などと、意味不明なことを言ったこのおじさんは、胸ポケットからタバコを取り出し、マッチで火をつけた。

 ……おいおい、今どき、こんな執務室でタバコ吸うのかよ!? 昭和なの? ここは?


 カノンとカワシマさんを見ると、2人とも直立不動で、総司令というおじさんの方を向いている。

 カノンなんか、優等生顔そのものである。昨日、ピアノを狂ったように弾きまくり、スパークリングワインを飲んではしゃいでいたのが嘘のようだ。

 

 部屋の中は文字通り、煙と沈黙に包まれた……というか戦い? 昨日見たやつか? 世界の崩壊?

 ハッ、バカバカしい。そんなのは、アニメやゲームだけの話にしてよ。


「ひとつ……質問して良いですか?」


 わざとらしく咳払いをしながら、わたしは聞いた。


「わたしは、元の世界に戻れるのですか?」


 と言うと、総司令はわたしの腕を掴みタバコを押しつけ根性焼きを入れた、なんてことはなかったが、淡々と机にある灰皿にタバコを押しつけた。


有り体ありていに言えば」


 まだ完全に消えていないらしいタバコの煙が、灰皿からゆらゆらのぼってゆく。


「神のみぞ知る、といったところだ」


 つまり、分からないんですね。なんでそんなことを、偉そうにいうかな、このジジイ。


「じゃあ、どうすれば良いんですか!?」

「戦うしか無い」

「誰と?」

「敵……デアチルド軍とだ」


 総長は腕時計に目をやった。


「時間が迫っているので、早急に済ませよう。現時刻をもって、双葉ノゾミを特務少尉として指名する。また、国王様は現在ご病身であり、任命も私が代理として行う。以上」

 

 そう言うと、総長は机の反対側に向い、引き出しから賞状らしき大きな紙を取り出した。

 総司令はその紙を、カワシマさんに差し出した。彼女は両手でそれを持ち、アタッシュケースにしまった。……なんだここ、日本の役所仕事と変わらないじゃん……


「それでは貴官の健闘を祈る」


 総長はわたしに敬礼して、部屋を出た。カノンもカワシマさんも、敬礼している。


「それでは、我々も参りましょう」


 近寄ったカワシマさんが、ささやくように言った。

 ……参るって、どこに?

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