第5話 アンチ女子会
くたくたになったわたしは、ソファにもたれて、豪華にほどこされた内装を眺めていた。
カノンはまだピアノの前にいる。
ああ、この娘はちょっとおかしいんだな、と思うと同時に、ピアニストになる人とかこんな感じでいつまでも練習してるんだろうな、と思った。カノンがピアニストを目指しているのかは知らないけど。
「お疲れでしょう、双葉特務少尉」
と、カワシマさんが革張りのメニュー冊子を差し出した。
「お料理です。お好きなものを、お選びください」
ルームサービスというやつか。もちろんわたしは、頼んだことはない。目が飛び出るほど高い、というイメージぐらいしかないですね、庶民的には。
よく分からない名前の料理がならんでいる。とりあえず目についた、オムライスを頼んだ。
すると、カワシマさんが、「えっ」と声をあげた。
「オムライス……でよろしいのですか?」
ああ、そうだが。
「……ソースに、デミグラスとケチャップが選べますが」
わたしはケチャップを頼んだ。
カワシマさんは、「……かしこまりました……」となぜか小声でつぶやいた。
「お飲み物は、いかがいたしましょう?」
「オレンジジュースで良いです」
すると彼女は、珍獣を見るような目で、わたしを見つめた。
「……かしこまりました」
え、オムライスにオレンジジュースの組み合わせは、ここではタブーなのか?
そう思っていると、カノンの笑い声が聞こえた。
「なんか、デパートのレストランのお子様ランチみたいね、かわいい」
そうカノンが言った瞬間、カワシマさんも吹き出した。
おいおいおいおい、人が何食べようが、勝手だろう……とイラつき出した時、大切なことを思い出した。
「あ、オムライスのご飯の方は、グリーンピース抜きでお願いします」
そう言うと、2人はさらに笑い出した。
……これは、イジメに近いんじゃないですかね……
すると、わたしが不機嫌な顔をしているのを見たカノンがこう言った。
「ごめん、ごめん、ノゾミちゃん。あ、わたしはいつもので」
「かしこまりました。また、双葉特務少尉、笑い声をあげてしまい、大変失礼いたしました」
カワシマさんは腰を90度曲げ、頭を下げた。その後、わたしたちが頼んだ食事などを、室内の電話で注文した。
「お食事は、このお部屋、あるいは別室にいたしますか?」
「どちらでも」
「では、せっかくなので、お隣のお部屋にしましょう」
おとなりのお部屋、とはさっきまでわたしのギターが置かれていたところだろう。
その部屋には、木目のテーブルと、異様に背が長いイスが6脚置かれていた。くわえて、高そうなスピーカーが2つ、レコードラック、プレイヤー、アンプがある。
「今日は、ノゾミちゃんが来ちゃった日だから」
と、カノンは上座のイスを両手につかんだ。
「こちらにお座りくださいな」
そう言って、イスを引いた。仕方なしに、わたしはそこに座った。そのすぐ右側にカノン、左側にカワシマさんが座った。
女しかいないが、女子会とは程遠い雰囲気が、場を包んだ。
……ってかこんな部屋、ヤー公かマフィアぐらいしか使わんだろ……
「なにか流しましょうよ」
カノンがスピーカーを指差すと、カワシマさんは立ち上がり、レコードラックを眺めた。
どうせまたクラシックとかなんだろ……と思っていたら、驚くべきことに、昭和歌謡チックな曲が流れた。
どう考えても、この部屋、いや、この世界には合わないだろ……
当時のアイドルソングっぽいのが流れ出した。
「わたし、アイドルになりたかったのよ!」
突然、カノンは興奮気味に言った。
いや、あなただったら、今この瞬間にでもなれるんじゃないですかね……?
と、口にしようとしたが、やめた。でも、カノンには芸能なんて絶対似合わない。出会って1日も経っていないが、それぐらいは分かる。せいぜい、美人ピアニスト、として出るべきだ。
曲のサビらしきところで、「じゅーうななさぃい〜」という歌詞が歌われた。
それに合わせて、カノンもユニゾンで歌った。さっきまで、「革命? あはは、お前の頭おかしいよ」と歌っていたとは思えない。
「そういえば、ノゾミちゃんって、何歳?」
曲の終わりと同時に、カノンが聞いた。
「17だけど」
「え、そうなの? わたしと同じじゃない! 信じられない」
なにが信じられないのだろう?わたしがチビでオムライスにオレンジジュースを頼むからか?
「じゃあ、今は高校2年生?」
「そうだよ」
「学校はどこ?」
「
「え、すごい! 頭良いのね!」
「特には……制服もないし、つまんないよ」
「制服なければ、いつもお洋服選べて良いじゃない」
それが面倒くさくて、結局、しまむらで買うような、どうでもいい服しか着ないのだよ、カノンさん……
なんてようやく女子っぽい会話が弾んできたところに、食事は運ばれて来た。
やはり紋章を身につけた男の人2人が、食事を丁寧に並べていった。
「わたしのお家にはお洋服がいっぱいあるのだけど、制服だとなかなか着る機会がないの。だって、幼稚園から今に至るまで、制服なのよ?」
聞けば、カノンは山の手にある、有名なお嬢様学校に通っているらしい。つまり、わたしの学校から割と近い。どこかですれ違っていたかもしれない。
「ま、でも、ノゾミちゃんも、明日になれば制服姿になるから」
「……どういうこと?」
ふっふっふと、例の笑みをしながら、カノンはシャンパンらしき氷で冷やされたビンを手にした……え、シャンパン?
「あ、ここ日本じゃないし、そもそも違う世界だし、わたし達、もう17歳だし、ドイツでは16歳から軽い飲酒はできるし」
「この国ではどうなんですか?」
と、わたしはカワシマさんの方を向いた。
「16歳から可能です。親権者の同意同席があれば、14歳からでも、ビールやワインなどは大丈夫です」
「と、いうことで」
カノンはビンを持ちながら立ち上がった。
「ノゾミちゃんの降臨を記念して!」
慣れた手つきで、カノンはコルクを抜いた。
ポンッ、としか形容できない音が、1960年代に流行ったであろう軽快な曲とまじった。ひどく間抜けな光景である。
カノンは、わたしの前にあるシャンパングラスにお酒をそそいだ。ちょっとでいい、と言ったが、カノンはグラスから泡が吹き出るほど入れた。
「それじゃ、あらためて。ノゾミちゃん、これからがんばろうね! 乾杯!」
なにを? と言いたかったが、2人の飲む仕草があまりに上品だったので、わたしは黙ってグラスを持つしかなかった。
「ノゾミちゃん、飲まないの?」
カノンはすでに、2杯目をそそいでいる。
「いや……飲んだことないし、なんていうか……」
「なに? 背徳感? そんなの無いから安心しなさいよ。さっき『レヴォリューション』弾いてて、分かったでしょう?」
それは知らないけど、黄金に光るこのお酒がどんな味なのかは気になっていた。わたしはグラスの口に当てて、ちびっと舐めてみた。
……なんだこれ? 酸っぱいというか、苦いというか、どこがおいしいの? 三ツ矢サイダーがもうれつに欲しいんですけど……
しかし。
ひとつ、確実に分かったことがある。
わたしはシャンパンをひと舐めしただけで、記憶をなくす人間らしい。
覚えているのは、食事の終わりにカノンがこんなことを言っていたぐらいだ。
「あっ! 大事なことを言い忘れていたけど、これ、シャンパンではないのよ。シャンパンというのは、フランスのシャンパーニュ地方で作られたものだけを言うの。でも、この世界にはシャンパーニュ地方どころか、フランスもない。だから、これは単なるスパークリングワインなのよ」
そうですか……
部屋では、探しものがなんちゃらとか歌う曲が流れていた……気がする。
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