第4話 スイート・オブ・ラプソディー

「こちらの3階になります」


 カワシマさんが、わたしたちを部屋まで導いた。

 建物同様、内装もザ・クラッシックだ。淡々と階段をのぼるカノンが、絵になるな……


「こちらの、お部屋です」


 階段からすぐ近くに、その部屋はあった。金色に光るカギで、カワシマさんがドアを開ける。


 ああ、ホテルか……最後に泊まったのは、去年の修学旅行以来だな……全然仲良くない女子と同じ班にされたんだっけか……家族で行ったのは、小学生のころだったか……ペット同伴化のリゾートで、ペルが楽しそうに海で遊んでたな……


「ノゾミちゃん、はやく!」


 部屋に入ると、長い廊下の先で、カノンが手招きしていた。

 

 その部屋には、またもやグランドピアノがあった。しかも、テントの中にあったのと似たようなやつ。


 その近くには、やわらかそうなソファが向かい合わせで2つ、クッションが敷かれた安楽イスがやはり向かい合って2つ、その真ん中にあるガラス面のテーブル。どれも猫足型である。

 テーブルの上には、結婚式に使われそうなロウソク立てがあった。


 上を見上げればシャンデリア……なんだ、ここ? スイートってやつ?


 「お好きなところに、お座りください、双葉特務少尉」


 そうカワシマさんは言ったが、わたしは部屋の隅にぽつんと立ったまま、動けなかった。小学校の時、遠足のグループわけでひとりぼっちになったのを思い出す……


 カノンは、またピアノを弾きだした。さっき、車内で見ていた楽譜の曲だろうか……?


 ……いや、違う! これは私も聞いたことがあるぞ……!


 あれ、あれだ、あれ……!


「1985!」


 叫びながら、わたしはピアノを指差した。


「あら」

 と、カノンはピアノを弾きながらこちらを向いた。

「よく知ってるわね、ポール・マッカートニー、好きなの?」

「それなりに……」

「『1985年には、みんな死んじゃってるだろうね』、と歌われる鬱曲なんだけども、このイントロのコード進行なんて、ホント天才よね! たまに頭のなかをリフレインして、弾きたくなるのよ」

「そう……」


 しゃべっている間に、曲は終わっていた。


 代わりにカノンは、やさしく牧歌的な曲を弾きはじめていた。これはあれだ、ビートルズ時代のやつだ。なんか、真っ白いジャケットに入っているやつ……


「ノゾミちゃんも弾く?」

「いや、いい!」


 わたしは両手を突きつけて拒否した。


 口にはしなかったが、ピアノを弾くのにはトラウマがあるものでね……聞くのは克服したけども。


「そうなの……あ、ギターで一緒にやるのは?」


 まあ、それはいいかな……と思ったが、そういえば、わたしのギターは?


 わたしがこの世で4番目に大事にしているフェンダー・ジャガー!


「ギターなら」

 と、壁に立つカワシマさんが言った。

「隣室で大切に保管させていただいております。お持ちしましょうか?」

 わたしはうなずいた。


 カワシマさんは、奥にあるドアを開いて中に入った。え、隣室って、となりの違う部屋じゃないの?


「こちらでよろしいでしょうか?」


 ライブハウスのバックステージパスが2枚だけ貼られたギターソフトケースを、カワシマさんは赤ちゃんを横にするよう、ソファに置いた。

 中を開くと、赤く輝くジャガーが姿をあらわした。


「多少汚れがありましたので、勝手ながら、軽くクリーニングさせていただきました」


 愛想の良い楽器店のスタッフみたいな顔で、カワシマさんは微笑んだ。


 違いと言えば、エプロン姿ではなく、謎の紋章のついた服を着ているのと、ポリスかヤーしか持っていない、黒光りするチャカチャカするモノを腰に掲げていることぐらいだ。 


 わたしはストラップを肩にかけ、ギターを構えた。ちょっと前まで弾いていたはずなのに、10年も触ってない感じがした。

 コードを適当に弾く。カラッとした音が、部屋に響いた。

 これは、間違いなく、わたしのジャガーだ……!


「おお、かっこいいわね! ノゾミちゃん!」

 両手を合わせてカノンが言った。

「なんか、一緒に弾きましょうよ!」


 ……弾いても良いけど、アンプなしじゃ、カノンのピアノに埋もれてしまうよ……と、思っていたら、部屋のチャイムが鳴った。

 荷車にアンプが運ばれてきたのだ。


「どちらに、置きましょうか? あ、エフェクター類が入ったケースもご用意しております」


 カワシマさんが、アンプをさすりながら聞いた。うしろには、軍服姿の男が2人いる。

 じゃあこのあたりで……とわたしは、カノンとアイコンタクトができる位置に、コンボ型のアンプとエフェクターケースを置いてもらった……ってか、ここ、ホテルでしょ? スイートだろうけど、こんな音出して良いわけ?


「大丈夫よ」

 察したかのように、カノンは低音から高音まで鍵盤を強く弾きながした。

「だって、わたしたちだけの、ホテルだから……それで、なにが弾きたいかしら?」

「簡単のなら……」


 すると、カノンは天井を見つめ、人差し指を口びるに当てた。


「『レボリューション』は?」


 知ってはいるが、コードが分からない……と下を向いていると、カノンは部屋にあった紙を取り、ペンを走らせた。


「はい、コードだけだけど、簡単だから」


 たしかに、比較的簡単な構成だった。まあ、やってみるか……


 わたしは、エフェクターケースを開けた。定番から高級なものまで、なんでもあった。


 ひずみ系のモノを組み合わせ、シールドをアンプに挿した。そして、弦をひとなで。


 すると、とんでもない爆音が出た。


 でも2人は、なんともない顔をしている……


「じゃ、適当に弾いてちょうだい。わたしが合わせるから!」


 紙を見ながら、わたしはギターを弾いた。


 カノンが低音を強めに弾きながら、メロディとコードを交互に弾いてゆく。曲が終わるとカノンは、「もう一回やってみましょう!」と言った。

 

 2回目。

 カノンは歌い出した。わたしが聞き取れる範囲の歌詞は、こんな感じである。

 


 ――君が望むのは革命?


 変えたいのは体制?


 へー、そうなんだー


 でもいっそ 君の頭を変えた方が良いよ――

 

 流暢な英語発音と、澄んだ声で、美少女はそう歌った。


 ……というか、ジョン・レノンというやつは、矛盾の極みだな……皮肉屋すぎて、友達いなかったんだろうな……


「もう1回やりましょう!」


 ジェットコースターに乗るのをせがむ子供みたく、カノンは曲が終わるたびに何回もそう言った。


 結局、わたしたちは22回も『レヴォリューション』のセッションをしていた。

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