第11話 アオイの上のアジタート
メッフィーがホテルの部屋にやって来た。
マスコットキャラクター版ではなく、制服を着た二足歩行版である。
「お二人に案内したいところがあります。双葉特務少尉はギターを持参で」
連れていかれたのは、地下深い、ホールだった。
結婚式も大宴会もできるような広くて天上の高いところで、いくつもの楽器や機材が置かれていた。
その真ん中で、気が狂ったとしか思えない音をサックスで放つ女子がいた。
「あああああ、ムカつくムカつくムカつくっ!!!」
女子は肩で息をしながら、そう叫んだ。
そして、睨みつけるように、わたし達を見た。
「なんなんです、あなた達は?」
「貴官の同僚ですよ」
メッフィーが言った。
「は? なにそれ? わたしまだ高1で、会社勤めなんかしてないんですけど!」
「会社ではなくとも、我が軍には入っている。しかも、いきなり士官としてですよ」
「あーーー、もう言っている意味がまったく分からない!」
再び、女子はサックスを拭き散らした。
サックスの音ってこんなだったっけ? 奇声を発する異常者にしか見えないのだが……
「ところでお二人は、好きなジャズメンは誰ですか?」
メッフィーが振り返って聞いた。
「わたしは、そうですね、やはりピアノ系が好きだから、セロニアス・モンクとかアーマッド・ジャマルあたりかしら」
「ピアノといえば、ビル・エヴァンスが1番有名だと思いますが、それは違うのですか?」
「わたしの中では、エヴァンスはジャズではありません、もはやクラシック演奏者でしょう。素敵な音ですけどね」
などと2人は意味不明な会話をしており、ついていけなかったわたしは、ただ黙っていた。
だが、カノンがこう聞いた。
「ノゾミちゃんは?」
「えっと……その……」
わたしはレコード店でチラ見した、強烈な眼光を向けるジャズジャケットを、必死に思い出した。
「あ、えっとその、マ……マイルス・デイビスとか……」
「そうなの」
この時ほど、ロックばかり聞いていたのを、ひどく後悔したことはない。
もちろん、マイルス・デイビスなんて、1枚も聞いてないしさ……
サックスを吹き終えたらしい女子が、水を飲んで、こちらに寄って来た。
「あなた達も、よくわからないメロディ、弾いちゃったんですか?」
「ええ、そうよ。だからここにいるの」
「楽器は何を弾くんですか?」
「わたしはピアノ、このノゾミちゃんは、ギター」
ふーん、と女子はわたし達を交互に眺めた。
「あのメロディ、また弾きたいわね」
あのお菓子、また食べたいわね、みたいなニュアンスでカノンが言うと、女子はこう答えた。
「はっ? なに言ってるんですか? メロディなんて、砂糖菓子かガムみたいなもんですよ。最初は甘いけど、すぐ味がなくなる」
それはちょっと分かる、とわたしは思った。
売れ線の曲とか、そんなもんばっかりだしな……おかげで、ヒットチャートの話が出来なくて、友達が少なくなるんですけど……
「ところで、あなたのお名前は?」
「……
「そう、素敵なお名前ね」
カノンにそう言われたアオイという少女は、軽く赤面し、楽器置き場の方へ戻っていった。
「変わった娘ね」
走り回る仔犬を眺めるように、カノンは微笑んだ。
いや……あなたも十分変わっていると思うが……まあ、わたしもか……
「いずれにせよ、こちらで思う存分、演奏してください。必要なモノは、いくらでも用意しますので」
それでは、とメッフィーはホールから出ていった。
楽器はなんでもあった。
ギターはアコギも含め、5、6本。木目が美しいレスポールやグレッチもある……それに、ドラムセット、ベース、グランドピアノ、シンセサイザー……それらの音を拾うように、マイクもセッティングされている。
なんだここ、楽器店かライブ会場か?
「あああああああああああああああああああああっ!」
アオイはまた奇声を発した。
でも決してサックスを、投げ捨てようとはしない。
「ちょっと、そこの……ノゾミさんでしたっけ? ギター弾いてみてくださいよ」
アオイはわたしが背負うギターケースを指差した。
ギターか……まだ、気が重いな……
「早くしてくれませんか? なんのために、ここにいるんです?」
いちいち癪に障る言い方するな、こいつ……
「わかったよ」
久々に見るギターは、キレイにクリーニングされていた。
カワシマさんではなく、他の誰かがやったのだろう。
「ディストーションってエフェクターあるじゃないですか。あとファズとか。そんな
アオイはエフェクターボードを指差しながら言った。
わたしは言うとおりに接続し、アンプにシールドを差し込んだ。
「じゃ、なんか適当に弾いてください」
……この場で、なにを弾いたら良いものか……?
とりあえず、ラモーンズとかバカでも弾ける最高なパンクでいっか……
「カッコいいわね!」
演奏後、そう言ってくれたのはカノンだったが、アオイは違った。
「なんですか、これ? ドヘタじゃないですか! ギター弾き始めの中学生でも、もっと上手く弾けますよっ!?」
……じゃあテメエの、あの気が狂ったようなサックスはなんなんだよ……?
「でも、逆にこれで良いんです」
「は?」
「わたしが演りたい世界と繋がりますからね……じゃあ、今度は一緒に弾きましょう!」
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