第10話 花ざかりの病室
それから5日間、わたしはホテルの部屋で待機させられた。
食べ物なんて口にする気なんてならず、何かを聞いたり読んだりする気もない。
当然、ギターなんて見たくもなかった。
だからわたしは、ベッドやソファでぼぉっと横になることしかなかった。
というか、それしか、したくなかった。
定期的に吐き気を催すので、トイレに行くぐらいが運動だ。
6日目の昼、カノンが部屋に戻ってきた。
「頭はなんともなかったわ。でも、傷はそれなりにあって、いくつも縫ぬったわよ」
包帯がぐるぐると頭に巻かれたカノンは、いつもの笑顔をわたしに向けた。
「脚はまあ、こんな感じだけども」
ソファに腰掛けたカノンは、長い脚をゆっくり伸ばした。
やはり、包帯が巻かれている。
「……骨折とかではないの?」
「
「そう……」
「幸い、両手と腕はなんともなかったわ。まあ、爪は何枚か割れてしまったけど、よくあることだから」
紅茶が運ばれてきた。
持ってきたのは、カワシマさんではない。
制服を着た、若い男の軍人だった。
――あの戦場、正確には、わたしがギターを奏でたあとの記憶が曖昧だ。
覚えているのは、ベルウッド少将という旅団長がやって来て、手を叩きながらこう言っていたこと。
「見事としか言いようがない。敵は全滅との事だ。1万近くの毒虫を、貴官のみで一瞬にして駆除したのである。近く、勲章が授与されるであろう」
……あと、メッフィーがこんなこと言ってたな。
「ご苦労さまです。貴官の指揮役として、鼻が高いですよ。そしてやはり念というのは時空を超えるのですね、千川くんも蘇生したようです。よかったですね」
「ノゾミちゃん、ちょっと痩せた?」
「知らない……」
「ちゃんとご飯食べないと、ダメよ」
あんな状況からたった数日で、人は食事なんてできるものだろうか?
死体を見たのだよ、わたしは!
死体といっても、普通のもんじゃない。
文字通り、ぐちゃぐちゃの肉塊になっていたのも、いたじゃないか!
……そしてわたしは、敵兵を1万人、一気に消したらしい……
その代わり、千川くんは助かったのだ……とメッフィーが言っていた気がするが……
「カノンは……なんで、こんな事やってるの?」
「こんな事、って?」
「戦争に参加して、ピアノ弾いて攻撃して……」
「まあ……いろいろあるのだけども」
カノンはティーカップを手にして、口唇を当てた。
「簡単に言えば、復讐のため、かしら」
「復讐?」
「ええ、わたしの家族を殺した犯人に、罰を与えるの」
……一瞬、カノンが何を言っているのか理解できなかった。
「どういうこと……?」
「そのままの意味よ。わたしね、去年、家族を一気に殺されてしまったの。両親と、小学生の弟……そして、その犯人は未だ捕まっていない。無能な警察は、犯人がどこの誰だか、名前も顔も分からないっていう状況だったのよ」
「……」
「それで、気休めに、と施設の人に用意してもらったピアノを弾いていたら、例のメロディが弾けたのよ。そしたらこっちに来てた、というわけ。あとはノゾミちゃんと同じよ」
ティーポットから紅茶を淹れたカノンは、カップから上る湯気を見つめていた……
「……メッフィー特務大佐から聞いているかもしれないけれど、わたし達が戦果を上げれば上げるほど、わたし達の望みは近くなるのよ」
「それで、犯人は捕まったの?」
「残念ながらまだ……でも、名前や顔は特定できたらしいわ。あっちの交番にいけば、張り紙があるでしょうね」
だから、わたしはもっと頑張らないといけないの!
そう言って、カノンは両手を閉じたり開いたりした。
「でもさ……戦争に参加して、敵を倒すことって、つらくないの……?」
「全然。動機があればなんでもできるし、慣れよ、慣れ!」
翌日、カノンの検査の付き添いと、カワシマさんの様子を見にゆくため、病院へ行った。
「カワシマ准尉、意識がはっきりしたみたいよ」
カノンは足を引きずりながら、長い廊下を歩いていた。
この病院は軍関係者しかいないのか、制服を着た者しかすれ違わない。
たまに白衣を着た病院関係者らしき人々。
そのたびに関係者は、わたし達に敬礼する。
「双葉特務少尉のおかげで命を救われました」
そんなことを口にする者までいた。
「ここよ」
病室の扉の前に立ったカノンは、ノックをした。
中に入ると、個室だった。白で満ちた世界……
窓際のベッドにカワシマさんはいた。彼女は包帯で巻かれた顔を、わたし達に向けた。
「お二人とも、ご心配をおかけしました……」
「あ、起き上がらなくて大丈夫よ。そのままでいいわ」
「そうですか……」
あの戦地では大量の血を出していたが、カワシマさんはわりと元気そうだった。
しかし、顔にはかなりの包帯やテープが貼られており、傷はどうなのか心配ではある……
それからわたし達は、他愛もない話をした。
昔からの女友達、みたいな雰囲気が奇妙でもあり、懐かしくもあった。
「そうそう、カワシマ准尉、お見舞いのお花よ」
カノンはテーブルに置きっぱなしにしていた、花束を両手に持った。
「ひとつは、グラジオラス。花言葉は、勝利」
剣のように縦長な花だった。色は薄いピンク色だ。
「そしてもうひとつは、ガーベラ。花言葉は……」
もったいぶるようにカノンは間を開けて、わたしを指差した。
「それはね、この
「は?」
と、わたしは、カノンの顔を見た。
カワシマさんは一瞬、疑問に思った目を向けたが、やがて、ああ、なるほど、と言った。
「意味が分かりました、相沢特務少尉!」
「でしょう?」
「ガーベラの花言葉は……」
カワシマさんは微笑むように目を細めた。
そして、カノンがささやくよう、こう言った。
「希望……すなわち、ノゾミよ」
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