5.新たな事件
通報を受けたハンスが駆けつけると、既にファウスト姉弟は現場に到着していた。
「ご苦労様です」
ハンスの姿を認めたミカエラが頭を下げる。すぐに再会を果たせた喜びに胸が弾むも、人が死んでいるのだ、と気持ちを改める。
遺体の様子は二日前の事件と大差なかった。首はひしゃげ、臓腑が引き摺り出され、人の仕業とは到底思えないほど損壊されている。ハンスは口元を押さえながら込み上げる吐き気をどうにか堪える。
「これも悪魔の仕業、ですか」
「そうですね。ただ……」
「ただ?」
「前回の悪魔は既に退治されています。別の悪魔が全く同じ手口で殺すことはありません。欲望に忠実な彼らは他者の真似ができるほど賢くありませんから。となると――」
「真似できる知恵を持った悪魔、つまりは悪魔憑きの仕業かもってことですよね?」
不意に差し込まれた第三者の声。声がした方角へ視線を向けると、見知らぬ人物がこちらへやって来るところだった。
「どもどもー、教会から派遣されましたズィヒェルちゃんでーす」
オレンジ寄りの赤髪を二つに結った派手な外見の少女だ。イェーガーとお揃いのロングコートの下には肌の露出が多いハーフパンツを履き、生足を曝け出している。歳の頃は十代後半ほどとミカエラとさほど変わらなく見えるが、落ち着きのなさからミカエラよりも幼い印象を受けた。イェーガーもさることながら、教会の退魔師は風変わりな者しかいないのだろうか。そのイェーガーの姿は見当たらない。
「ズィヒェルちゃんこんにちは。今日はイェーガーさんは?」
「ヴォルフ先輩は別件に駆り出されてるっす。まあ見ててくれっす、ズィヒェルちゃんが華麗に退治してみますんで」
リヒトの問いに胸を張るズィヒェル。随分な自信家だ。そんなズィヒェルに、ハンスは慌てて待ったをかける。
「待ってください、悪魔憑きって悪魔に取り憑かれた人間のことですよね。それを退治するっていうのは、その……教会として、道徳的に大丈夫なんでしょうか」
「何すか、人殺しじゃないかって言いたいんすか? キミ、見ない顔っすけど素人くんっすか?」
眦を吊り上げたズィヒェルが詰め寄ってくる。勢いに気圧されたハンスがたじろいでいると。
「ズィヒェルちゃん、その辺にしてあげなよ。その人新人さんなんだって。悪魔のことも詳しくないって言ってたよ」
リヒトの助け舟。微笑む少年の背後に後光が差して見えた。
「リヒトくんがそう言うなら仕方ないっすね……いいっすか、悪魔憑きは欲から生じた悪魔が同じ欲を持つ人間に取り憑いたもの。ここまでは解るっすね?」
突如として始まったズィヒェルの講釈。ハンスは戸惑いながらも頷く。つい先日の記憶を引っ張り出すと確かにイェーガーがそんなことを言っていた。
「大抵は自分を生み出した人間に取り憑くものっす。同じ欲を持つ人間なんてそうそういないっすからね。そして時間をかけて乗っ取っていく。その前に悪魔を祓うのがうちらの仕事っす。うちらが持つ武器は悪魔にしか効かないっすから、憑かれた人間ごとぶった斬っても悪魔が死ぬだけで人間は無事っす。まあ、魂を殺されて完全に乗っ取られた人間は手の施しようがないっすけど……その時は教会で手厚く弔うので、くれぐれも人殺しとは言わないように」
「は、はい」
ズィヒェルの圧に押されるハンスの視界の隅。現場に集まった野次馬の中、不審な動きの男の姿が映った。そちらに視線をやると、目が合った男はそそくさと現場を立ち去る。
(あれは……)
不審な男に気づいたのはハンスだけのようだ。ズィヒェルは続ける。
「ただ、悪魔憑きだとしたらちょーっと厄介っすね。痕跡を残すようなヘマはしないだろうし、地道に探すしかない。そこで、キミ達警察には被害者が怨みを買ってないか調べてほしいっす。怨恨から悪魔憑き事件に進展する場合もあるので」
「わかりました」
頷きながら、ハンスは先ほどの男のことが気にかかっていた。不健康そうな身なりの男が凝視していた先には、ミカエラがいた。
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