10.真犯人
「ミカエラさん、何を仰っているんです? もしかして寝惚けていらっしゃるんですか?」
引き攣った笑みを浮かべたハンスの声は、動揺から震えていた。
「だいいち、自分は警官ですよ。犯罪を取り締まる側です。そんな自分がどうして人を殺したって言うんです」
「だからこそ、です。貴方は自分の立場を利用して犯行に及んだ。違いますか?」
糾弾するミカエラの口調は静かだが、迂闊に口を挟めない並々ならぬ迫力があった。
「二件の犯行は、それ以前に起きた悪魔事件と全く同じ手口でした。ちょうど、貴方が初めて遭遇した悪魔事件と。悪魔が手口を真似ることはありませんから、当然別件である一件目の事件を模倣したことになります。けれど、遠巻きに現場を眺めていた野次馬が被害者を全く同じように殺害することは不可能です。貴方のように、直接遺体を目の当たりにしていない限りは」
唇を噛んだハンスが押し黙っても、ミカエラの追及は止まらない。
「一件目の現場に居合わせたベテランのマルコさんや退魔師のイェーガーさん、そして私とリヒトは何度も悪魔事件の臨終をしている。悪魔の殺害方法は多種多様だと知っている。この段階で悪魔による殺害方法を一種類しか見ていないのは、新人の貴方だけです」
ミカエラの怜悧な瞳がハンスを射抜く。たじろぎながらもハンスは反論を試みる。
「自分が犯人だと仰るなら、悪魔に身を変えたアングストは何だったんです?」
「言ったでしょう。貴方は悪魔をも利用したと。貴方は自分の立場をうまく使って罪をなすりつけられそうな人物を吟味していたんです。そしてズィヒェルさんを誤った犯人へと誘導したところで、貴方に宿る悪魔をアングストという男に憑かせて証拠となる悪魔を始末させた。本当に、反吐が出る」
「誤解ですよ、ミカエラさん」
憎々しく吐き捨てるミカエラに、ハンスは思わずそう言っていた。
「では、貴方は罪を認めるのですね」
失言に気づくも、刺すようなミカエラの視線はどんな誤魔化しも許さない。ハンスは観念して頷いた。
「全て貴女のためだというのに、肝心の貴女に誤解されては堪りませんから」
「私のため、ですか」
「ええ。人間のクズのズィストがこの地にいたのでは貴女の心は休まらないでしょう。アングストをズィスト殺しの現場で見かけたのは偶然でしたが、あの男も何の役にも立たないくせに貴女の目に留まろうとした。それが許せなかった。だから、あの男も貴女の前から消えるように仕向けた。そう、言うならば害虫駆除ですよ。自分の行いは決してただの人殺しなどではない、社会貢献なんです」
「では、何故ハンナ・シュナイダーを殺したのです?」
「あの女、ミカエラさんの悪口を言っていやがった。だから貴女を傷つける人間はどうなるか、身をもって思い知らせてやっただけなんです。だから、ねえ! 貴女を脅かすものはもう何もありません。どんな手段を使ってでも、自分が貴女を守ります。だから――」
「もういいよ」
徐々に口調に熱が籠り昂るハンスだったが、静かな声で遮られた。これまで黙っていたリヒトだった。
「ねえ姉様、飽きたでしょ。そんな奴の言い訳なんか聞くの。腹が立ってるでしょう? もういいよ、ぼくに全部委ねてよ。解るよ、だって姉様はぼくで、ぼくは姉様だものね」
違う。今喋っているのはリヒトではない。ハンスの直感は告げていた。あれは
リヒトの姿が陽炎の如く揺らめく。燃えている。小さな体躯に燐火を纏わせ佇む姿は恐ろしくもどこか幻想的ですらあった。
「そうね、リヒト。悪魔憑きは生かしておけない」
ミカエラが冷淡に告げた刹那。青い炎がハンスの眼前に迫る――
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