3.ファウスト公爵家惨殺事件
悪魔に殺された遺体は教会で一度清めてから埋葬される決まりらしい。取り決め通り遺体を教会に引き渡し、署に戻ったハンスはマルコに詰め寄った。
「あの……マルコさん。ファウスト家にはいったい何があったんですか?」
ファウスト公爵家について、マルコが言いそびれたことが気になっていた。ミカエラが抱く悪魔への並々ならぬ憎悪も、かつて起きたという事件と関係があるに違いない。今のハンスは知らないことが多すぎた。
「ああ、こっちじゃ散々話題になってたが、他んとこじゃそこまで詳しく事情は語られないよな。ありゃあ半年くらい前だったかな……公爵家が悪魔に襲われたのさ」
当時、屋敷には公爵夫妻と長男のリヒト、それに使用人が複数名いた。通報を受けて駆けつけた警官達は目を疑う光景を目の当たりにした。
食卓の皿に盛りつけられた、人間だったモノ。千切られた四肢や、中から抉り出された臓器や眼球、脳などが皿に並べられていた。バラバラにされた遺体の有様は酷く、正確な人数すら把握できない状態だった。
そんな中、長女のミカエラだけは無事だった。彼女は事件発生当時ちょうど外出しており、一人被害を免れたのだ。後に、リヒトの無事も確認された。家人しか知らない屋敷の地下収納に隠れていたところをミカエラが発見したという。しかしリヒトは惨劇を目の当たりにしたショックからか、事件の記憶を失っていた。結局、誰が屋敷を襲撃したのか、屋敷で何が起こったのかは判らず仕舞いとなった。
事件から数日後、領内では一つの噂が囁かれるようになった。ファウスト公爵が屋敷の地下で密かに飼っていた悪魔が逃げ出し、公爵らに危害を加えたのではないか――
元より、先代公爵は領民からあまり慕われてはいなかった。彼は変わり者で、統治もそこそこに屋敷に籠り悪魔の研究に没頭する姿は領民から気味悪がられていた。彼が死んで悲しむ者は殆どいなかった。もしも悪魔に襲われたのならば自業自得だ、と嘲笑されたほどだ。
更にはまだ幼いリヒトではなく娘のミカエラが爵位を継いだことを受け、事件はミカエラの仕業だ、と宣う心無い者もいた。父親に悪魔憑きの実験体にされて心を壊した娘が両親を殺害した、などと根も葉もない噂まで流れた。元来大人しい性格のミカエラは心を閉ざしていった。そのため、新しく使用人を雇うことはせず、今は事件のあった屋敷で姉弟二人で暮らしているという。
「公爵家を襲ったのは本当に悪魔だったんですか?」
「まあ、悪魔の仕業で間違いないだろうよ。人間を引き千切ったり中身を素手で抉り出すなんて芸当、人間には到底できっこないしな」
遺体の有様を想像したハンスは身震いする。人の手で行われたとは思えない殺人は悪魔の仕業だと聞いたばかりだ。余程の怪力でない限り、確かに人力では不可能だろう。
「それなら、公爵家を襲った悪魔憑きはどうなったんですか?」
マルコは
「教会の連中も尻尾すら掴めていない。事件は未解決のままだ」
「そんな……じゃあ、彼女が悪魔事件の現場に度々現れるのは、自分で家族の仇を探すつもりでは……」
彼女の心境を思い胸を突かれる。領民は好き勝手にものを言うだけ。頼みの綱の教会もあてにならず、立場もある。誰も頼れないのであれば、自力でどうにかするしかない。
「さあな。本当のところは当人しか解らんよ。ただ、あのお嬢さんもただの可哀想な娘って訳じゃなさそうだ。事件の後、あの屋敷に招かれた人間は皆行方不明になってるって話だ。うっかり気を許すのはやめておけよ」
昼間の事件の犯人と思わしき悪魔を始末した、とイェーガーから一報が入ったのはその日の夜のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます